第7話~西の問題児「破壊娘」2~

現場に向かうヘリは街の光の絨毯を越え街灯が殆ど無い1本の山道の上空を飛んでいた.


凪彩はヘリでの移動中タブレットで現場付近のマップとこの辺りで過去に妖の事件が無いか調べていた。


「Z(ずぇーっと)カントリークラブと妖の出たキャンプ場・・近くの1本道は抜け道の県道があるだけで周りは山・・近くで起きた妖事件は・・無いか」


「羽澄さん、後数分で現場上空に到着しますが、降りられる場所の許可がまだ出ていないので上空で少し待機になります」


ヘルメットから聞こえた操縦者の声に


凪彩は「分かりました」とだけ言うとタブレットをしまいシートベルトを外すと手すりを掴み窓から地上を見下ろした。


ヘリが現場上空150m程でホバリングを始めると県道を挟みゴルフ場の灯りとキャンプ場の開けた場所に灯りが見え、その場所で灯りとは違う光が何度か光っていた。


「あそこに大阪府警の陰陽師がいるの?」


凪彩は陰陽師の使う術の光を確認すると


「な、何だ、あれは、ゴルフ場の脇で何か動いている・・」


操縦士の声に凪彩はシートの手すりを掴むと操縦席に体を乗り出し操縦士が指さす方向を見ると、山の向こうから木々を倒した道を作りながら黒い塊の様な物がゴルフ場に沿って200m程離れたキャンプ場の方へゆっくり向かっていた。


「近くに寄れますか?」


操縦士は3つの装置を動かしヘリは黒い塊に向かいゆっくりと高度を下げて行った。


ヘリが近づきライトの光がそれを捕らえるとそこには立てば10mはあろう頭の無い泥人形が体から泥を飛ばしながら地面を這っていて、前が見えないのか両手で探る様に木々を倒しながら進んでいた。


「普通の鬼程度より妖力が強い・・地神かその類?」


凪彩はこの距離でも妖視ようしで見える泥人形が放つ攻撃的な赤い妖力に脅威を感じると。


「このままだとキャンプ場が危ない・・ヘリをキャンプ場に向けて下さい」


言われた操縦士はヘリを旋回させキャンプ場上空に移動させた。


「まだ着陸場所の許可が出ていないですがどうしますか?」


「許可を待っていたらあの泥人形の妖がキャンプ場に・・・このまま降ります」


凪彩は一瞬考え意を決するとヘリからの降下を選択した。


「ホイストの準備をするので・・」


降りると聞いた後部の隊員がヘリのドアを開け降下準備を始めると


「時間が無いのでこのまま飛び降ります」


凪彩はヘルメットを取ると自分のいる側のドアを開けた、風が吹き込み凪彩の髪をかき上げると凪彩は手すりを掴みヘルメットを抱えながら指で飛ばされない様に眼鏡を押さえた。


「ここは地上から150mだぞ、パラシュートがあっても危険だ・・」


「ま、待て、勝手にドアを・・」


操縦士と隊員の声は吹き込む風の音とヘリの騒音にかき消され凪彩には聞こえていなかった。


凪彩は抱えたヘルメットを隊員に押し渡し無理やり席に座らすと、眼鏡をベルトポーチにしまい体を反転させると慌てる隊員を他所にそのままドアから「ひょいっ」と飛び降りた。


凪彩は手と足を使い体制を整えると髪とスカートを靡かせ急降下して行く。


「地雷帝、起きている?」


「・・起きていなかったらこの状況をどうするつもりだったのだ?」


凪彩の問いに楽しそうに宿る妖が答えると


「起きていなかったら?このまま地面に激突して・・それより良く見えないから誘導して」


視界をほぼ眼鏡に依存している凪彩は飛び降りる前に見えた灯りがボヤーっとしか見えなくて困っていた。


「今までもそうであったが凪彩は無知、無茶、無謀の3無と言う言葉を知らないのか?まぁ凪彩だから期待するだけ・・」


「地雷帝、このままだと私はハンバーグの種になってしまうが・・」


目が悪い凪彩でも徐々に近づいて来る地面を見ながら言うと。


「それも悪くない選択肢だ」


「それなら契約不履行で美味しく食わす訳にはいかないが・・」


「そうであったな、では契約に基づき力を貸そう・・」


凪彩は宿る意地悪な妖の了解を得ると


羽澄流奥義はすみりゅうおうぎ 妖降術ようこうじゅつ 出ろ!地雷帝じらいてい!」


凪彩の体から風を切る音と共にパチパチと静電気が鳴り始めると広げた両手を握りその拳が光出し線香花火の様に電気が放電を始め、両手を前に振ると両拳から電気の縄が飛び出し地上の木に縛り付けると今度は両手を広げ振り上げ指から出る電気の縄で電気のネットを作ると体を預けた。



先に現場のキャンプ場に着いていた2人の大阪府警の陰陽師は餓鬼退治を始め、餓鬼の数が減ったところで1人が避難誘導に回り、それが終わると合流して残っている餓鬼を退治していた。


「避難は終わったか?」


「向かいのゴルフ場に行く様に指示したから大丈夫だと思う」


「よし、このまま後退しながら俺達もゴルフ場の方に・・」


2人が後退を始めると横にあったテントが持ち上がり、まるで水面から小魚の群れを丸飲みするクジラの様に口の大きな太った餓鬼がテントを丸飲みしながら現れ、口をモゾモゾしながら無機物を吐き出すと「不味い」とばかりに奇声を上げ2人は見た事も無い餓鬼に行動を止めてしまった。


太った餓鬼は周りを見渡し2人の陰陽師を見つけると今度は「御馳走発見」とにぃーっと笑顔を浮かべると体から泥の触手を生やし2人をあっと言う間に拘束すると大きな口を開け嬉しそうな奇声を上げ口から異臭のする液体を垂れ流しながらゆっくりと2人に近づき大きな口を更に開け2人を同時に食べようとしていた。



勢いそのままに落下した凪彩の体はハンモックの様な電気ネットに巻かれながら地面ギリギリで停止した。


「無茶にも程が・・」


電気ネットから降りた凪彩は使った電気を回収しポーチから眼鏡を取出すとレンズに有るか分からない埃を吹き装着すると「降りられたからOK」と顔の横で見えない妖にOKサインをした。


「それより・・何か臭くない?フンフン・・ん?」


凪彩が鼻を鳴らし匂いの方に向くと狩着姿の男と太ったスーツの男が口を大きく開けた餓鬼に今にも食べられ様とする光景が視界に入り、スーツの男が降って来たセーラー服の少女に思わず「た、助けてくれ」と叫んだ。


「あ~もしかして大阪府警の妖対策捜査課の方ですか?私、京都府警から応援で来ました羽澄はすみ凪彩なぎさです・・」


凪彩は2人の服装を確認し埼雲寺に言われた通りにお辞儀をしながら丁寧な挨拶を始めるとスーツの男は命の危機にもがきながら大声で叫んだ。


「わ、分かった、挨拶は後でいいから、た、助けてくれー」


この場に埼雲寺がいれば間違い無く「凪彩君、この状況ならどう見ても挨拶は後だよね・・早く助けないと食べられちゃうよ」と突っ込みを入れていただろう。


凪彩はお辞儀でズレた眼鏡を押すと餓鬼を睨みながら


羽澄流はすみりゅう 破潰脚術はかいきゃくじゅつ 地柱槍ちちゅうそう


と低い声で言うと凪彩は片足を軽く上げ地面をトントンと踏むと2人と餓鬼の間の地面から地柱の槍が数本現れ触手を裂き餓鬼の大きな顎に突き刺さり開いた口を塞ぐと、体からパチパチ音をさせながら凪彩がツカツカと速足で餓鬼に近づくと右膝を軽く上げ餓鬼の足にローキックを入れるとそのまま直角に足を上げ餓鬼の顎を蹴り上げ餓鬼の頭を上に向かせると軸足で跳躍し体を前回転させその勢いで上げた足(かかと)を餓鬼の顔面に叩き込むとそのまま餓鬼の体を2つに切り裂いた。


「羽澄流 破潰脚術 雷刃脚らいはきゃく


凪彩は右手左膝を着き横に上げた左手でバランスを取り着地すると直ぐに立ち上がり切り裂いた餓鬼の体の前に来ると


「ちゃんと・・挨拶しないと・・埼雲寺さんに・・物凄く・・怒られる・・ご飯抜きとか・・なったら・・どうする・・つもりよ・・」


凪彩が不機嫌な暗黒オーラを放ちまだ動く餓鬼の体を何度も踏みつけながらブツブツ呟いていると解放された2人は顔を見合わせ「今は声を掛けない方がいいのかな?」と無言で体に残った餓鬼の触手を払い凪彩を見ない様に背を向けるとキャンプ場に残る餓鬼を片付け始めた。



「いやぁー助かったよ、俺は大阪府警 妖対策捜査第1課 主任のうちき 洋次ようじ こっちのは富山とやま 光治みつはる


「あの状況で挨拶とか、ありえんだろう・・」


袿は痩せ型で身長は埼雲寺と同じ170cm陰陽師の服装で、一方、ボソッとクレームを入れたのが富山で身長165cm少しふくよかな体格にスーツ姿


「京都府警 妖対策捜査第1課 所属 羽澄神社 羽澄 凪彩です」


「羽澄神社?羽澄神社って大阪の?」


「はい、大阪の羽澄神社です」


凪彩はちゃんと挨拶を済ますと袿は顎に手を当てながら


「それなら西日本妖対策部統括の羽澄拳けんさんの娘さんか?」


「あー・・・はい・・そうです」


凪彩が角刈りにサングラスで決めた紺色のスーツ姿の父親を思い出し斜め下を向き嫌そうに答えると。


「大阪でお偉いさんの娘なら何で俺らと同じ大阪府警じゃないんですか?」


「えーと・・それは・・」と凪彩が頭を指で掻き困っていると


「お前はゴルフ場に避難させた人の被害状況を見てこい」


「お、おい蹴るなって、見てくりゃいいんでしょ見て来れば」


ふくよかなスーツ男が凪彩の事情も知らず聞いた質問に袿が富山の足を蹴飛ばしながら指示を出すと凪彩は「ゴルフ場!?」と首を傾げ顎に指をあてながら何かを忘れている様な気がしてきた。


「す、すまん、デリカシーの無い奴で・・」


「い、いえ・・慣れていますから・・それより何か忘れている様な・・」


その直後だった「ギャー出たー」と言う叫び声が聞こえ凪彩と袿が声の方へ向くとキャンプ場からゴルフ場に向かった富山が猛ダッシュで戻って来ると前を向いたまま後ろを指さし。


「い、入り口に、に、に、に、に、に、に、あ、あ、あ、あちゃまの無い・・」


富山が慌てて噛んでいると富山の走って来た森の木が押し倒され凪彩がヘリで見た頭の無い泥人形の大きな妖が姿を現した。


「山神か?」


「そうだ、思い出した、あの山神らしい妖がこちらに向かっているので早く知らせないとそう思いヘリから飛んで来たんですよ」


凪彩が思い出し嬉しそうに妖を指さしながら言うと


「そう言う事はもっと早く言わないと~俺食われちゃうよ~」


富山が油汗を掻きながらTVCM(名刺関係の)の様に突っ込むと山神が何かを見つけたのか四つん這いのまま物凄い勢いで3人に突っ込んできた。


袿の「避けろ」の言葉に3人が回避すると山神は止まり両手で何かをすくい上げ膝立すると、そこには凪彩が2つに切り裂き何度も蹴りを入れ今はピクリとも動かない大口の餓鬼が乗っていた。


凪彩と袿が「もしかして山神の頭?」と思っていると山神は裂かれた餓鬼を両手で粘土を捏ねる様にするとそのまま自分の首に押し込んだ。


凪彩と袿が「やっぱり山神の頭?」と思っていると押し込まれた首からブクブクと泥がせり上がり元の頭の形に戻ると泥の中から青く光る眼が現れ大きく裂けた口を開け嬉しそうに「ウォォォォォォォォ」とうねり声を上げた。


唸り声が終わり無くした頭を取り戻した山神は立ち上がり元来た方に向くと3人を無視してドスンドスンと音を立て歩き始めた。


3人は夫々の妖視で山神の妖が放つ妖力を見ていたが無くした頭が戻り攻撃色だった妖力の色も落ち着きを見せていたので妖法・・にある


「元々その場に存在し特定の場所を守護又は住居する妖にはその場所限定で住む事が出来る。ただしその場所及び他の場所にて危害が発生する場合は退治とし、危害が無い場合は元の場所に戻るか又は退治が不可能であれば再度封印などを行う」


3人は態勢をそのままに「危害が無く元の場所に戻るなら」と山神をキャンプ場入り口まで見送ると山神が急に足を止め振り返ると大きな口を開け低音な片言で


「アタマ、ダレ、ヌスンダ?オマエカ?アタマ、オマエ、コワシタ、アタマ、イタイ、イッテル」


山神の言葉に袿と富山が同時に凪彩を見ると


「わ、私の事・・だよね」


凪彩が自分を指さすと2人は無言で頷くと凪彩は1歩前に出ると胸に手をあて


「山神、盗んだのは私達では無い・・壊したのは私だけど・・山神の頭だと分からなかった・・人を食べようとしていて・・それで・・」


「・・アタマ、コワシタ、オマエ・・ユルサナイ」


凪彩は弁解をするが山神は妖力を攻撃色に変え目を赤く光らすとゆっくりと3人の方へ歩き出した。


「袿さん、管轄はそちらですがどうしますか?」


「どうしよう?」


「どうしようって袿さん」


「無暗に退治したくは無いからもう一度説得してみるか・・羽澄さん私と富山で動けなくするからやってみて下さい」


袿は顎に手をあてながら言うと凪彩は「えーもう1度やるんですか?」と言う顔を見せる。


「山神の怒りは羽澄さんに向けています」


「あんなに蹴らなくても・・」


富山がボソッ突っ込むと凪彩は眼鏡を押すと「やりすぎたの・・かな?」と反省をした。


「分かりました、やってみますが、もし失敗したら・・」


「その時は山神であっても退治しますよ」


袿が笑いながら言うと3人は向かって来る山神に態勢を整えた。


3人が別々の方向へ散ると山神は袿の言う通り凪彩を追いかけて動いていた、それを見た袿は富山に指示し山神を側面から挟む様に位置を取ると同時に呪符を取り出し呪文を唱えると呪符を山神に向かって振り投げた。


「羽澄さん封印術の効果は5分位です」


投げられた呪符が山神を囲うように地面に付くと2人が別の呪文を唱えると呪符から半透明な縄が伸び出し山神の体に巻き付き動きを止めると凪彩は山神に近づき胸に手をあてながら説得を始めた。


「山神様、羽澄凪彩は山神様の頭を盗んではいません、誤解です何卒お怒りをお鎮めになって下さい」


「・・オマエ、ナゼ、アタマ、コワシタ?」


「そ、それは・・」


凪彩は「貴方の頭が罪の無い人間に危害を加えようとしていたから」と言いたかったが「自分の行き過ぎた行動」に再度反省をしていると。


「オマエ、ユルサナイ、ダカラ・・」


山神は大きく口を開けると凪彩に向けエイリアンのインナーマウスの第2の口では無くインナーハンドの手を伸ばすと凪彩を掴み上げた。


「クッ・・」


まさかの攻撃にガードもする暇も無く捕まりギリギリと締め上げられ呼吸もままらなくなり視界に光る点が増え意識を失いかけると。


「こんな所で終わってもいいのか?契約の履行前に死なれては困るのだが・・」


微かに聞こえる妖の言葉とこの妖と契約した時の事が走馬灯の様に霞む視界に映し出されるとその時の強い意志が凪彩の視界を戻させる。


「は・・は、羽澄流 増妖術ぞうようじゅつ解放・・契約の履行までは私は死なない!うわぁぁぁぁぁぁぁ」


凪彩は身に力を入れ残り少ない息を吐きながら叫ぶと体からバチバチバチと音と放電が広がり山神の第2の手を包むと指の先から風化する様にボロボロと崩れ始め掴む力が弱ると凪彩は両手を広げ山神の手を粉々に破壊し地面に着地すると手と膝を着き大きく息をしながら戻る視界に山神を睨んだ。


「こんな所で立止まってはいられない・・」


凪彩はゆっくり立ち上がるとふらつく体に足を前後に開いて固定させると右手を握り親指を上に体の前に真っ直ぐ上げ親指を人差し指に掛けると左手をポケットに突っ込むと1枚の何も書かれていない500円玉サイズの円盤を取り出し右手の人差し指に乗せ親指で抑えた。


「許可出てないけど・・この距離なら・・・・・・・外さない」


凪彩は5m先で身動きの取れない体長10mの山神に照準を合わせると下げた足に力を入れ体に溢れる電力を一気に右手に流すと親指を弾き動かない標的に向かいそれを放った。


凪彩私流なぎさしりゅう 秘奥義 彗星雷流弾すいせいらいりゅうだん


弾かれた円盤は電力を纏い黄色に輝きバチバチと耳が痛くなる程の音を立てながら彗星の様に黄色の尾を引きながら一直線に何故か「富山」目掛けて飛び富山の頬をかすめその先の木々を薙倒し数百m先で閃光と共に破裂し凪彩は山神が作った道と同じ物を見事に作り上げた


「・・・・あ、危ないじゃないかーーーー」


富山は青ざめながら凪彩の手から放たれ顔の横を通り過ぎた黄色い彗星に耳を「キーン」とさせながら叫ぶと凪彩は腕を上げたまま変な汗を掻きズレた眼鏡のままブレる焦点の中で「何で・・なの?何で・・そっちに飛んで行くの?」と呟いた。


「ま、まずい、もたない・・富山―」


「グォォォォォォォォォ」


集中力の切れた富山に袿が叫ぶと同時に束縛術が緩み山神が叫び声を上げ半透明の縄を引き千切り束縛術を破ると腕を横に振り薙ぎ払うと動かなくなった凪彩を巨大な手で弾いた。


「また・・怒られる・・」


凪彩が目に涙を浮かべ動かないでいると地雷帝が自力で凪彩と山神の間に地壁を作るが地壁は難なく破壊され、壁の破片と共に凪彩は眼鏡を飛ばしながら宙を舞い設置してあったテントを巻き込みながら地面を転がりキャンプ場の縁にある木の根本にぶつかりテントの下敷きになってしまった。


「富山、前に出て止めるぞ、退魔砲用意」


「おう」


袿が叫び山神の前に出ると富山に合図を送ると山神に向かい袿、富山と並ぶと2人同時に呪符を出し袿が先に呪文を唱えると頭上に魔方陣を展開させると、それを確認した富山が遅れて呪文を唱えると頭上に火の玉が現れ「退魔砲炎たいまほうえん」と叫び山神を指さすと火の玉が山神目掛けて飛び出し、袿が「退魔砲増幅たいまほうぞうふく」と続けて叫び頭上の魔方陣に火の玉を通すと火の玉は数倍に大きくなり勢いを増し山神にぶつかり山神を炎で包んだ。


「グォォォォォォォォォ」


「どうだ、俺たちの退魔砲は」


炎に包まれ苦しむ山神を見ながら富山が袿に並び山神を指さしながら偉そうに言うと袿は吹き飛ばされた凪彩を思い出し助けに向かうと富山も崩れて行く山神を横目で見ながら袿の後を追った。


袿は大技の術は持っておらず術などの効果を「増幅」「縮小」をする事を得意としていて、一方の富山は大技の攻撃技を持ち袿の様に小技は不得意であった。


テントはパイプが折れ曲がりフライシートは外れ見るも無残な姿になっていた。


袿と富山が軸であっただろう大きなパイプを持ち上げると凪彩の腕が見え2人は急いでテントの残骸を取り除いた。


「大丈夫か?羽澄さん」


全身が泥と埃まみれになって横たわる凪彩の呼吸を確かめ袿が叫びながら何度か頬を叩くと


「ん、ん~・・・・ここは?・・・・地獄?」


「俺の顔を見て地獄とか言うな」


富山の軽い突っ込みに凪彩は体中に走る痛みと意思とは別の痛みが走る折れているだろう左腕を支えながら上半身を上げると十数m先で炎に包まれる山神を見つけると。


「倒した?」


「どうだ、俺たちの力は」


「ハハハ、それより羽澄さんの怪我が・・」


「グォォォォォォォォォ」


腕を組み出た腹で踏ん反り返る富山と頭を掻きながら凪彩に気を使う袿の後ろで崩れ落ち最後の咆哮が聞こえた・・はずだった、山神は泥を体から巻き散らし炎を鎮火させると地面から足づたいに土を吸い上げるとボロボロだった体の再生を始めた。


凪彩は折れていない腕を支えに立ち上がると再生がほぼ終わった力強い山神の咆哮が漆黒の闇に響いた


「グォォォォォグォォォォォ」


袿と富山が振り返るとやる気満々の山神がゆっくり歩いて来た。


「このままだと・・グッ・・袿さん紐か何かで私の折れた腕と体を固定して下さい・・早く」


「固定するって・・富山持ってないか?」


袿に言われ富山はスーツのポケットを探るが呪符しか出てこず、それを見た凪彩が


「封印術・・封印術を使って下さい」


「封印術って言われても、折れた腕になんて使った事無いし・・」


富山が頭を掻きながら言うと袿が富山の呪符を取ると


「いいのですね?」


「大丈夫、腕を固定しないと邪魔になる・・グッ」


凪彩は山神の位置を見ながら折れた腕を体に固定すると袿は札を折れた腕に貼ると呪文を唱えた。


「クッ・・ァァァ・・」


呪符から伸びた不透明な綱が凪彩の胴を回り呪符に戻ると収縮し締め付けると凪彩は腕の痛みで苦悩の表情をさせ油汗を流しながら大きく息を吸いゆっくり吐いた。


「袿さん富山さん・・ここから先は私が引き受けます・・だから出来るだけ離れて下さい・・決して私に近づいたりしないでください」


「近づくなって言っても、こんな状態で山神と1人でやるなんて・・どうかしてるぜっ」


「本来、羽澄流 破潰脚術は両手を固定して使わないで覚えるんです・・だから片手があれば十分なんです」


「・・・・」


無言の袿に富山が「あんた逝かれてる」とばかりに両手を上げると凪彩は飛ばされた眼鏡を見つけると拾い上げ汚れを制服で拭きレンズに何回か息を吹き眼鏡を掛けるとサイドの髪を上げ整えると苦痛に耐えながらの引きつった笑顔で


「邪魔なんです・・本当に・・もう一度言いますね・・危ないですから近づかないで下さい・・お願いですから・・」


凪彩の真剣な目に山神の手の届く射程ギリギリで言うと袿が理解したのか富山の襟首を掴むと


「行くぞ富山・・怪我するぞ」


「怪我するって誰が?い、痛いって、1人じゃ無理だって・・」


凪彩は2人を見送ると山神の方に向き息を整えると目を見開き


「羽澄流奥義 妖降術 妖解放 出ろ!地雷帝 妖狩りを始めるが如何に」


「了解した・・妖狩を始める」



麻薙流とは違い凪彩の使う妖降術は妖を内に封じ必要に応じ解放し力を使用する。

同じ妖降術ですが都度の要望も有りません。理由は別の話で書きます。By肉まん



凪彩の体からパチパチ音が鳴り出すと右足を軸に左膝を上げ足を何度か左右に振ると後ろに引いて腰を落とすと右腕をだらーんと脇に降ろし山神を睨み構えた。


山神が凪彩を射程に捕らえ拳を振り上げ凪彩に向かい振り下ろした。


山神の拳を右足を下げ体を捻りかわすと下げた右手で円を書き山神の腕を脇に抱え手から電気の縄を伸ばし巻き付けると左足で地面を踏み込み


「羽澄流 破潰脚術はかいきゃくじゅつ地柱壁ちちゅうへき


地神の腕の下の地面から壁が飛び出し腕まで上がると同時に左足で跳躍しながら右足を振り上げると


「羽澄流 破潰脚術はかいきゃくじゅつ雷刃脚らいはきゃく


山神の腕を右かかとと壁に挟む様に落とすと山神の腕にひびが入りそのままバキッと折ると凪彩は電気の縄と手を解き地面に着地すると山神は折られた腕を庇う様に数歩下がり怒りの咆哮を上げた。


「グォォォォォォォ」


「羽澄流 破潰脚術 雷刃脚らいはきゃく乱」


凪彩は電気を両足に集中させるとバチバチと耳が痛くなる程の音を立て始めると電気の反発を利用して目標の足に飛ぶと飛び蹴りから始まり両足を使い、蹴り、後ろ回し蹴り、回し蹴りのコンビネーションを同じ場所に入れるとビキッとひびが入ると徐々に広がり足首を粉砕し山神の態勢を崩すと右足に全電力を集中させ腰を落とすと


「羽澄流 破潰脚術 反射脚はんしゃきゃく


山神のみぞおち目掛け飛び飛び蹴りをあてると反動を利用して地面とみぞおちの間を何度も往復すると山神の体が仰向けに浮き始め完全に体が浮いたところで地面のターンに右足で軽く地面を叩き山神の反対側に高い壁を作ると凪彩は壁に跳躍すると壁を利用して宙に浮いた山神の上空へ飛ぶと


「羽澄流 増妖術ぞうようじゅつ大解放」


足に集中しているのと同等の電力が体全体を包むと


「これで止めだ!羽澄流奥義 超破潰脚術 雷降脚らいこうきゃく


凪彩は右足の狙いを山神の胴体に定めるとバチッと音と共に急降下するとバーンと音と共に加速し稲妻の様に一瞬で山神の胴体を貫き大穴を開けた。


山神は体を逆への字に曲げながら「ドーン」と地面に落ちると体に電気を帯びながら痙攣すると動かなくなってしまった。


「す、凄いですよ、羽澄さん」


「まったく妖降士の力が私の予想を超えて、こんなに強力だとは思いませんでした」


凪彩は折れた腕を右手で抱え大きく肩で息をしていると感動した富山と感心した袿が現れると右手を出し静止させると


「ま、まだ終わっていません・・これから山神を食べるんで・・」


凪彩は痛い笑顔を見せながら言うと


「え?山神を食べるの?」


富山が半目で凪彩と山神を交互に見ると


「いえ、私が食べるのではなく飼っている妖がですが・・その・・妖力を吸収して山神を弱体化して元の場所に戻さないと」


「あぁ、なるほどそう言う事ですか・・本当に食べるのかと心配しちゃいましたよ」


袿が胸を撫で下ろすと凪彩は頭を掻きながら笑うと


「アハハ・・・・・ぐぅぅ~・・」


凪彩のお腹の音で笑いが止み静寂が訪れると


「ほ、本当に食べないよな・・」


「ですよね?」


「食べません、妖なんて食べたいと思いませんから」


富山と袿の突っ込みが終わると凪彩は動かなくなった山神の胴体に上がると胸辺りでしゃがみ右手を添えると見学すると言い始まった2人に顔だけ向けると


「妖力吸収は見ていると気持ち悪くなりますよ、それでも良ければ・・」


「あぁ、やっぱり私は止めておくよ、俺そう言うのは苦手だから」


袿は興味があったが基本グロい物は苦手だったので見学を止めたが、富山は興奮気味な鼻息をしながら見学をする事になり妖力吸収が始まって5秒もしない内に反対を向きしゃがむと「おえー」と何度も吐いて遂には失神してしまった。


「だから言ったのに・・」



妖力吸収が終わり攻撃色も無くなり小さくなった山神が動ける様になると、最近この道や山に備えられている地蔵などの骨董品になりそうな物の盗難が余りにも多くあり、遂には自分の化身の一部が盗まれ困った地神は実体化をしてその犯人を捜していたという話を聞き、人間サイドで犯人を捜し盗んだ物品は必ず返すと約束をすると山神は理解を示し山に戻って行った。


後日、大阪府警の対策チームが立ち上りキャンプに紛れて盗みを働いていた骨董品屋の男3人が逮捕され、オークションや販売転売などで散らばった物品を無事に回収し元の場所に戻す事ができたと袿から凪彩に連絡があった。


埼雲寺は京都府警の妖対策捜査第一課で頭を光らせながら合同報告書を眺めていた

「おはようございます、埼雲寺さん」


いつもの様に夕方帰って来た羽澄凪彩に鋭い視線をあてながら埼雲寺は低い声で


「おはよう凪彩君、合同報告書を見たんだけど・・今回は何もしてないんだ・・」


凪彩はスリッパに履き替え何時もと変わらない書類の塔が聳え立つ机に座ると人差し指を立てながら


「会って直ぐにちゃんと挨拶もしたし、袿主任、富山さんにも迷惑かけていないし・・山神だってちゃんと山に返したし・・報告書に何か変な事が書いてありました?それより私は怪我したんですよー骨折ですよ骨折」


立てた指で三角巾を何度も指さしアピールすると


「ほぉーそうなんだーふぅーん、よくやったと思うよー」


今まで出動しては何か問題を持って帰って来る部下に疑いの目で答えると


「埼雲寺さん、たまには私を信じて下さい・・もしかして信用していない?」


凪彩は立ち上がり涙を浮かべ右手でバンバン机を叩きながら抗議すると


「うん、してない」


埼雲寺が笑顔で答えると凪彩は「酷いです」と言いカバンを持つと自分の部屋に走って行ってしまった。


「まったく泣いてまで誤魔化そうなんて・・まぁ大阪府警に被害者は出なかったし・・怪我させて済まないって電話もあったしな・・」


1人残された埼雲寺は凪彩が来る前に注文していた2個の「から揚げ犯罪弁当」の1つを凪彩の机に置くと園内マイクを取り咳払いをしてからスイッチをONにすると

「あ、あぁー何でこんな所に「から犯弁当ご飯大盛」が置いてあるんだろう・・大阪府警の課長さんからのお詫びの品なんだけど・・早く食べないと冷めちゃうしー失礼だよねー」


放送が終わるとバタンと扉の閉まる音が聞こえジャージに着替えた凪彩が職員室(妖対策捜査第課)に現れると自分の席の前で立止まり埼雲寺に向き深々と頭を下げ「ごめんなさい」と言うと


「今度からは許可取ってね、富山ってのは知らないけど袿って奴は何て言うか昔から書類書くのが下手でね・・書類見れば直ぐにわかるよ・・誤魔化しているの」


埼雲寺細い目で笑うとお弁当の蓋を開けて箸を割りバリを削いでいると


「よかったじゃないか大阪府警に被害者が出なくて・・もし怪我人でも出ていたらと凪彩君が出掛けてから思わず近くの神社でお百度参りしちゃったよーそのお陰なのかなーそれよりお弁当冷めちゃうよ?」


凪彩は許可なくまた「アレ」を使用したので今回ばかりは相当怒られる覚悟はしていたが優しく怒られ逆に凹み半ベソを掻きながら席に着くと「熱くなる自分を抑えられるようにしないと」と反省しながら「から犯弁当」を味わいながら食べた。

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