西の問題児「破壊娘」

第6話~西の問題児「破壊娘」1~

2XXX年の夏の京都、この地方は関東とは違い日照時間は平年並みにあった。


故にタンクトップ姿で最高の笑顔を見せながらコロナ層を割れた腹筋の様に刻み、鍛えた体から迸る汗の様にフレア放出をしているお日様が暑さを物語っていた。



京都府警の妖対策捜査課は景観を損なうと言う理由で建物は新設されず、現在使われている施設にも空きが無いと言う理由で京都市ではあるが観光地からは遠く離れた北部にある周囲を畑に囲まれ園庭だけが異常に広い廃園となった幼稚園が使われていた。



元幼稚園の園舎は1階建てで職員室(妖対策捜査課)、保育室(会議室)、遊戯室(物置)、保健室(医療室)、園長室(この話の少女の部屋)と男女別々のトイレにプール用のシャワー室。


園庭は600平米(ダブルのテニスコート約2面分)、プール(10m×4m×0.5m)と田舎ならではのサイズで幼稚園は以前から続く少子化と職員減少に伴い数年前に閉園になっていた。


京都府警 刑事部 妖対策捜査第一課 課長 埼雲寺さいうんじ 正義せいぎ(35歳)は10台の机が2グループ(5台1セット)置かれた誰もいない元職員室で1人悩んでいた。



彩雲寺は170cmの鍛えた体の割には小顔の丸坊主に開いているのか分からない細い線の目に紺色のスーツを着て自分の席に腰かけ目の前にある久しく誰も座っていない3組の書類が積まれた机を見ていた。


「あいつらが戻るまでワシがやらねば誰がやる・・後2週間もすれば1人は戻れるはずだ・・」


埼雲寺は立ち上がると一番小さな書類の山の席に移動すると積まれた書類を持ち上げ自分の席の上に書類を降ろすとガラガラガラと扉の開く音が聞こえた。


「おはようございます」


「お、おはよう・・って今何時だと思っているんだ」


埼雲寺は腕時計を確認しながら部屋に入って来た自分以外で唯一の健常者に質問をした。


「あ、そうか、こんばんはでしたね、埼雲寺さん」


身長155cmに紺のスカート、白い半袖シャツと赤いスカーフ、ありふれたセーラー服を着た肩にかからない程度の黒髪にプラスティックの黒縁に大きめのレンズの眼鏡を掛け、こんな夏にと思うくらい濃い目の黒のストッキングを履いた足でスリッパに履き替えズレた眼鏡を指で押しながら少女が笑顔で答えると


「学校は16時には終わっているはずだが・・」


「出席日数が足りないって先生が・・」


「た、足りない・・そうか・・それならしょうがないな・・」


埼雲寺が説教を諦めると少女は床にカバンを置き埼雲寺の席から2番目に近い一番大きな書類の山が積まれた席に座り顔を横に傾け書類の山の高さを指で計りながら。


「昨日より増えてないですか?」


「今日、届いた被害届だよ・・」


「被害届?・・何々・・変電所のブレーカーが落ちた件、その変電所を利用していた地域の一斉停電・・何て酷い事をこれじゃ・・」


少女は頭を戻すと眼鏡を押し両手で一番上にある書類を取ると表紙を見ながら事件記事の感想の様に言い埼雲寺は席に座り頭に汗を掻きながら


「昨日の京都西部で起きた妖事件での事だよ、分かっている凪彩なぎさ君」


「昨日の妖事件?・・誰が行ったんでしたっけ?」


書類を片手に頭をポリポリ書く凪彩に埼雲寺は手を組み両肘を机に置き何処かの司令官の様に顎を乗せると低い声で


「昨日現在ここには私と凪彩君の2名しかいない、昨日その時間私はここで事務処理をしていた・・という事は」


「という事は・・埼雲寺さんが・・」


なるほどと人差し指を立てた凪彩に埼雲寺は頭から湯気を上げながら


「凪彩君に命じたと思うんだが」


「・・・そうでした」


凪彩は久しく座られていない机を順に見ながらテヘペロすると


「そうでした・・じゃなくて、他の人は全員入院していて凪彩君しかここにはいないの」


「妖が電気を食べて大きくなろうとしていたので電気を食べられない様にと確かにブレーカーを落としました」


凪彩が急に昨日の事件の話に戻すと埼雲寺は姿勢を変えずに


「ブレーカーを落としたらどうなるか考えなかったのかな?」


「カップラーメンが硬くて食べられない・・・・でも妖は退治できたからOK?」


凪彩は天井を見上げ半目でジワーっと涙を浮かべながら、手でOKサインを作り埼雲寺に見せて言うと


「ほぉーOKなのか凪彩君?それでその妖をどうやって倒したのか教えて欲しいのだが・・まさかとは思うが例の武器を使ったんじゃなかろうな?・・」


「えーとそれは・・私の方が強かったから・・勝てたのかな?」


凪彩がOKサインからVサインに切り替え見せると


「ほぉー・・報告書によると施設の壁に直径3mの穴がいくつか開いていたそうだが・・」


凪彩は両手を膝の上に乗せ天井からゆっくり埼雲寺を見るとそのまま俯き


「・・・・・」


「君に黙秘権はあるが、あれの使用の許可は出していない、対妖事件用電子令状の返信確認はしているよね?」


「昨日の妖は私の打撃系では相性が・・ひじょ~~に悪かったので」


「悪かったので?」


「妖の方が吸った電力の分妖力が強くてこのままだと・・それでそれを上回るパワーが無いと駄目だと思い・・少し変電所から電力を借りました」


「確かに攻撃力は凄まじい威力だが・・あれはまだ飛ぶ方向に難がある・・と言うよりどうやったらその方向に飛ぶのか私は知りたい・・」


「私も知りたいです・・でも、教えてくれたのは埼雲寺さんですよ・・とあるビリビリ娘の何ちゃらってアニメの主人公がやっていた攻撃方法」


凪彩は半目で埼雲寺に顔を向けると


「あの主人公は能力者の中でも・・・あれは音速を超えてだな・・・〇〇〇が解けてだな・・・凪彩君はまだまだその域には・・・」


埼雲寺は体制そのままで細い目で天井を見上げると長々とアニメの設定の話を始めた。


「音速とか無理だし、空気抵抗で何処に飛んで行くのか自分でも分からない・・」


「・・凪彩君がレベル15《フィフティーン》になれば使いこなせると思う、だから使用の許可無く使ってはならない」


「れ、レベル15?」


「あぁー気にするな、こっちの話だから・・それより放電の制御の方は進んでいるのかな?」


埼雲寺は組んだ手を放し凪彩に振ると


「以前よりは良いと思いますが、まだ不安定な時があります」


「そうか、それなら昨日の件は不問とするが書類は期日までに上げてくれ」


埼雲寺はそう言うと積まれた書類を上から順番に目を通し始め、凪彩も他より高く積み上げられた書類を順番に目を通し始めた。



時間が過ぎ午後7時を過ぎたところで部屋の中に「ぐぅぅ」という不快な音が何度も響くと。


「凪彩君、ご飯食べたら?お腹の音がうるさくて集中出来ないよ」


埼雲寺は書類にペンを走らせながら言うと


「今日の晩御飯に使うお金はいません・・昼間、購買部に出掛けて行ったきりで・・」


「いません?・・また金欠なのか・・って手当の日までまだ2週間はあるよね・・こないだ貰った手当はどうしたの・・まさか本気で返済しているのか?」


「返済していますよ」


凪彩は書類から目を離さずに言った。



事の始まりは凪彩がこの妖対策捜査第課に来た頃に遡り、初めての妖退治時に京都府庁を半壊した事から始まった。


当時の知事が妖に襲われ危機一髪の所で凪彩が全力で助けたが「この修理費は妖対策捜査課で持ってもらうからな」の知事の一言に切れた凪彩が「私がやったので私の貰った手当で払います」と啖呵を切ってしまい、知事も「そうかお前が払うんだな、言ったからには払って貰おうじゃないか」となりその後も貰った手当の90%を知事宛に送り返済に充てていたが、その後も妖退治と言う名の偶然に起こる破壊活動(本人にその意思は無い)は続き現在では手当の95%を返済に充てている。


「もう庁舎も修復されていて知事も変わっているし・・あぁ~なるほど~それで今の知事からこのお金はどうすればいいのかって連絡があったのか・・無理に返済しなくても・・」


「いいえ、1度言った事は守ります、前知事が変わる際にでも返済しなくていいと言えば止めましたが、私はまだ言われていないので」


凪彩は腕を組み拗ねた顔で斜め上を向き言うと埼雲寺は顎を掻きながら


「凪彩君は陰陽師としての対妖能力ではここら辺りで1番なんだけどな」


「陰陽師ではありません、私は妖降士です」


「そうだそうだ妖降士だったよね、それで何て言ったっけその妖?制御が完全じゃない妖を宿しているんでしょ?」


「契約は済んでいるので・・いずれは完全に制御してみせます」


「早くそうしてくれないと家のメンバーはいくらいても足りないよ・・補充も断られたし」


「あ、あれは忠告したのにあの人達が無視して前に出たからで・・」


埼雲寺が顎から頭を掻き始めると凪彩は立ち上がり机を両手で叩くと


「状況は聞いているけど・・」


「2度も警告しました、危ないから離れて下さいと・・」


凪彩はズレたままの眼鏡顔で訴えると


「自分より遥かに強いのが民間所属の高校生の女の子って・・あいつらも理解して懲りてくれればいいんだけど・・大人のプライドが邪魔しそうだな・・管理する私の事も考えてくれるとありがたいのだが・・」


「埼雲寺さんに迷惑を掛けようなんて思っていないし、プライドで妖は退治できません」


「それはそうなんだけどね・・」



京都府警 刑事部 妖対策捜査第一課のメンバーは京都と言う土地柄(パワースポット)のせいか妖事件が他県より多かった、課長の埼雲寺と凪彩を含め10名が所属していて開設した当時2~3名で事件に当たっていたが凪彩と同行したメンバーが次々と負傷して行った・・凪彩の最低2回の警告後の「羽澄流はすみりゅう妖降術ようこうじゅつ」と「羽澄流はすみりゅう 破潰脚術はかいきゃくじゅつ」による2次被害による物で・・


羽澄流は本家の麻薙流の遥か昔に分かれた分家で現在は大阪に家を置いていて、羽澄はすみ凪彩なぎさはとある理由で大阪府警では無く現在の京都府警に所属していた、以前は京都市内にアパートを借りていたが府庁舎半壊事件以来アパートを引き払い、この部屋数と無駄広い幼稚園(妖対策捜査第一課)に駐在要員と直ぐに出動出来ると言う理由で埼雲寺が上司に話をつけ現在はここの警備員兼住人になっていて、園長室以外は少女1人が住むには広すぎる為、一番小さな部屋と言う理由で元園長室を使用している。



「・・・・・ぐぅぅ」


沈黙を破ったのは凪彩お腹の音だった。


「ふぅ~凪彩君のお腹の音で私も腹が空いて来たよ・・・弁当でいいか?」


埼雲寺は机から「うまい物はみちからやって来る!お弁当の来路旨屋ころしや」と書かれたメニューを取り出し凪彩に渡すと。


「私は幕が閉じる弁当と暗殺味噌汁(あんかけさつま芋)で頼む」


埼雲寺の注文を聞くと凪彩はメニューをじぃーっと見ながら迷っていた。


「から揚げ犯罪弁当=から揚げに犯罪サイズの大きなハンバーグ」は確実にお腹が一杯になる・・「カツアゲしけてるな弁当=とんかつに開けるまで分からない微妙なあげ物が入るが稀に大当たりの揚げ物が入るっている」凪彩は意を決すると机に置かれた黒電話に手を伸ばすと受話器を取り電話を掛けた。


「はい、旨い物は路からやって来る!お弁当の来路旨屋です、ご注文ですか?」


「はい、元逝けてる幼稚園の妖対策課ですが、から犯弁当1つ暗殺味噌汁1つ・・カツアゲしけてるな弁当1つお願いします」


店員が注文を繰り返し凪彩が確認すると電話を置いた。


「混んでいて出前は20分位かかるそうです」


「ふぁ~それじゃそれまでに出来るだけ書類を終わらせちゃおう」


埼雲寺があくびをしながら背伸びすると凪彩は机から「返済ノート」と書かれたノートを取り出すと今日の日付、弁当の種類、金額を書き込んだ。


「凪彩君、お弁当代はいいって・・」


「いえ、ここに書かれた食事代は必ず返します・・必ず」


凪彩は開かれたノートを埼雲寺に見せると見開きページが埋まりかけた文字の列を見せると。


「結構、食べたね~」


「は、はいお陰様で・・」


埼雲寺がノートを覗くと凪彩はノートを持ったまま顔を真っ赤に斜め下を向いていると埼雲寺の黒電話が鳴り出した。


「はい、妖対策1課・・はい・・県境のですね・・分かりました・・準備させます」


凪彩は電話のやり取りを聞いて真っ赤だった顔が青くなって行くのを感じた。


「大阪との県堺に妖が出た、10分後にヘリが到着する、凪彩君申し訳ないが今から・・」


「・・・住所は何処ですか?」


埼雲寺がメモ帳から切り離したメモを渡そうと凪彩を見ると、虚ろな目で凪彩は立ち上がり埼雲寺からメモを受取ると机にある地図をゆっくりと取り適当に開きメモの住所を確認し始めた。


「大阪府警からの応援要請だから大した妖じゃなかったら向こうに任せるんだぞ・・いいな・・合流したらちゃんと挨拶しなさいね」


「はい・・分かりました、そうします」



少ししてヘリの近づく音が聞こえてくると園庭で凪彩はマチの大きなベルトポーチに水筒をぶら下げタブレットを片手に虚ろな目で変な笑い顔を浮かべていると、埼雲寺はポケットから「ころリーメイド 多分チーズ味」と書かれたメイド服姿で中身の黄色いお菓子を持つアニメキャラが印刷された限定販売であろう黄色い箱を取り出すと無言で渡した。


「埼雲寺さん・・」


「中身はあげるが・・は、箱はこの場で回収させてもらう・・」


埼雲寺が咳払いしながら言うと凪彩は無言で箱を開け中身を取り出すと空になった箱を埼雲寺に渡した。


迷彩模様のヘリが園庭に到着すると今回は京都府警とは書かれておらず何故か自衛隊と書かれていた。


「遅くなりました、府警のヘリが別件で出ているので代わりにこちらのヘリで現場に・・」


後部ドアが開きヘリから隊員が大声で説明しながら降りると迷わず埼雲寺に向かいヘルメットを手渡した。


「では、こちらから・・」


「・・いや、わしじゃなくてこの娘が乗るので」


手招きする自衛隊員を他所に埼雲寺はヘルメットを凪彩に押し付けヘリの方へ肘で押すと自衛隊員は手すりを掴み片足をステップに乗せたまま目の前に来たヘルメットを抱え黄色いお菓子をモショモショ食べ大きな眼鏡が少しズレたセーラー服の少女を見て時を止めた。


「あ、すいません・・あ、妖対策捜査1課 羽澄はすみ凪彩なぎさです、よろしくお願いします」


凪彩はベルトポーチに掛けられた小さな水筒の水でお菓子を流し込み半分残した黄色いお菓子を元の包みに戻しポーチにしまうと急いでヘルメットを付け動かなくなった隊員をよそ目にヘリに乗り込み革のシートに座りシートベルトを掛けると時を戻した隊員が慌てて凪彩を追いかける様にヘリに乗り込みドアを閉めると、この場に不釣合いな格好の凪彩を見ながら早口で。


「と、搭乗者、と、搭乗良し!シートベルト良し!安全確認良し!・・か、確認よし!」


最後に何を確認したのか迷っている隊員の確認が終わるとヘリコプターは垂直に上がり空から見た綺麗な京都の街灯りの絨毯を見ながら現場に向かって行った。

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