第4話~閉じ込められた童と黒鬼3~
とある豪華な装飾が揃っている応接間に2人の男が革のソファーに座っていた。
1人は寝巻姿で高そうなグラスで酒を飲み、もう一人は明るいグレー色のスーツ姿で足を組み煙草をふかしていた。
「杉原さん、警視庁が動いているって本当ですか?」
「今朝、暴団の奴らから報告が上がって来た、こないだ現れた刑事と女で間違いないだろう」
「それじゃ、今回の件は見送った方が・・」
「妖対策課だろうが私達の邪魔はさせません、ですから寺崎さんは予定通り議員になって下さい」
「本当に大丈夫なのか?」
「山西の所にあるあれが手に入れば警視庁なんて・・大した問題では無いです」
「そんなに凄い物なんですかそれは?」
「あれを贄に妖門を開き妖を呼び出し裏からこの地を収め、いずれは・・その為に貴方には人間側を操作出来る様に表の政界にいて頂かないと・・その為にあの妖達にも協力して貰っているのです」
杉原が煙草の灰を灰皿に落としながら言うと
「確かに奥座敷にいる妖が来てから事がいい様に進み私にも運が向いて来ているとは思うが・・」
「であろう、では予定通りに」
「・・分かった、俺は明日早いから」
寺崎はグラスに残った酒を飲み干すとそう言い部屋を出て行ってしまった。
部屋に残された杉原は2度煙草を吸うと大きく吐き出し短くなった煙草を灰皿で消すと内ポケットから札を出しテーブルに置き短い呪文を唱えた、すると札が人札に変わりすうっと立ち上った。
「炎灯、今どの辺りだ?」
「北の妖が終わって次に向かっている」
杉原の問いかけに人札はカタカタ動きながら答えた。
「確実にあれを回収してこい、抵抗したら殺しても構わない」
「いいのか?俺の知る限りあれはあの家代々守り神でこの地を守護する・・」
「炎灯、今はそんな話は関係ない、お前は指示通りに動けばいい・・それと童を狙う陰陽師がうろついているから気を付けろ」
「童を狙う陰陽師だと?分かったそいつは俺に任せろ」
炎灯のそれを最後に人札が倒れ動かなくなり杉原は新しい煙草に火を点け一服すると。
「言われた通りに動けゴミ共」
熊田も一応という事でホテルに泊まった翌日、今日の天気は超が付く程ご機嫌斜めでやむ気配の無い雨が続いていた。
依琴と熊田はホテルのレストランで朝食をしていると、スーツの肩を少し濡らし革のカバンを抱えた若い男が入って来て店員に声を掛けていると
「おう、
熊田が手を振ると若田と呼ばれた男はこちらに気付き近づいて来て2人に挨拶をすると店員にコーヒーを頼み席に座りカバンから書類を出しながら
「熊田さん昨日の件ですが」
「何か分かったか?」
「えー昨日の深夜にK病院に酔って仲間内で喧嘩して2人して階段から落ちて骨折したって男が2人救急に現れて、名前は佐藤、鈴木って言うんですけど、うちの課で以前から恐喝なんかで内定進めている暴団関係者なんです・・」
その後も数分暴団関係の話が続き、依琴が3回目のパンケーキの追加注文をしたところで
「熊田さん、この人が警視庁の?」
「あぁ、そうだ麻薙依琴さんで俺が担当している妖事件の協力をしてもらっている」
依琴が食べる手を止め頭だけのお辞儀をすると若田が
「妖関係の調査をしているんですよね?妖なんて本当にいるんですか?熊田さんから話を聞いても未だに信じられないんですが」
「いますよ・・鬼とか天狗とか、皆さんには見えないだけで・・妖によっては人を食料にして生きている犯罪を行う妖もいます」
依琴は眼鏡を指で押し細い目をしながら言うと止められた朝食の続きを始めた。
「まぁ妖はお前が信じるかどうかで・・」
「俺は見るまでは信じません」
熊田のフォローに2回目のフラグを立てた若田が言い切ると
「そうだ、熊田さん何年か前にあった恐喝事件で佐藤と鈴木の仲間に身長2m近い大男がいたんですけど、最近見かけないんですが・・もしかして鬼だったりして」
若田が笑いながら最後のフラグを立てたところで
「熊田さん、暴団の事件とこっちの事件と何の関係があるんですか?」
計4セットのパンケーキを完食し食後のコーヒーを飲みながら依琴が言うと
「あぁ、そうだった、病院に来た2人が使った保険証がこっちで調査している山西が役員をしている会社の保険証で、本人の保険証では無く別人から借りた保険証で・・」
「詐欺罪だ」
若田が注文したコーヒーを飲みながら熊田に割り込んで言うと依琴は「あ、この人は一緒にいると死ぬかも」と依琴のフラグのお墨付きを貰うと。
「山西の所に行くんでしょ?うちの課も関係しているし俺も同行していいですか?」
若田の興味本位から出た言葉だった。
「麻薙さん、どうします?」
「いいんじゃないですか、その代わり何があっても自分の身は自分で守って下さい、私は助けませんから熊田さんが何とかして下さい、それでもよければ・・」
いつ注文したのか依琴は食後のデザートのアイスクリームを食べながらすまし顔で答えた。
「自分の身は自分で守る、そんなの俺ら刑事は当たり前、熊田さんそうでしょ?それじゃー行きましょう」
若田は威勢よく立ち上ると上着を捲って脇に見えるホルダーに収まった銃を依琴にどうだとばかりに見せた。
「・・出発は20時です、雨とは言えこんな時間に妖は姿を現しませんから」
依琴は銃を見てもすました顔でアイスを食べ終え残ったコーヒーを飲むと立ち上がり熊田に「20時に」と言うとレストランを出て自分の部屋に向かった。
出発の20時にホテルの駐車場、朝から比べれば機嫌が良くなったとは言え雨は降り続いていた。
熊田の運転で助手席に若田が座り依琴は後部座席に座っていた。
依琴の提案で保険証が使われた山西の会社、そして選挙事務所、山西の自宅の順で回る事になった。
会社、選挙事務所では何の反応も無かった妖探波が自宅近くで反応を示した。
「熊田さん、家にいるかもしれません」
「早くも妖を拝めるなんてついているな俺」
「しかし、いるのが分かっても令状も無しに・・」
依琴は喜ぶ若田を無視してバッグからタブレットを取り出すと熊田に見せると
「捜査令状はここにあるので熊田さん署名をしてください」
タブレットを渡された熊田が画面を見ると、そこには電子版の捜査令状が書かれていて画面を下にずらすと最後に署名欄があった。
妖対策捜査課が使用している対妖事件用電子令状とは。
人間の犯罪とは違い裁判所を通さずにその場で発行できる対妖事件用の令状、管轄している警察1名の署名があれば令状としての効果がある。
対妖法では「その場から妖が逃走すると危険であり、追跡が困難な場合がある為」と書かれている。
熊田は指で署名するとタブレットを依琴に渡し、依琴は署名を確認すると指で画面を操作しながら。
「承認されるまで、ちょっと待っていて下さい」
「ちょっと俺にも見せてよ」
依琴と熊田のやり取りに割り込んで来た若田がそう言うとタブレットが「ごっつい」と喋り始め。
「承認の返信が来ましたので行きましょう、熊田さん車を玄関に回して下さい」
山西の自宅は高めのブロックの壁に囲まれ屋根付きの門がある昔ながらの家だった。
車が玄関に到着すると依琴タブレットを片手に雨の降る車外に飛び出し玄関のチャイムを何回か鳴らしたが返事は無かった。
「麻薙さん濡れちゃいますよ」
「こんな時間に捜査なんていいんですか?」
熊田と若田の言葉に依琴は振り向き雨で濡れる眼鏡をそのままに細い目で
「妖は待ってくれません、逃げてしまえば他の人の命が・・」
その時だった家の方から雨音に交じりガラスが割れる音と共に小さな声で「助けてくれ」と聞こえた。
依琴は舌打ちすると熊田と若田に門から離れる様に言うと門の前に立ち先日チンピラを撃退した時と同じ構えをすると。
「麻薙流
依琴が後ろ足を下げ地面に踏み込み同時に付きだした拳が門扉の中央に当たると屋根を流れていた雨水が吹き飛び門扉がガタガタ震えだし震えが止まるとゆっくり開き閉ざされた奥の空間を覗かせた。
「あんなの食らったんだ昨日の奴らは・・」
威力の凄さに熊田が昨日の奴らに同情していると依琴は奥に見える家に走っていた。
「俺らも行くぞ若田・・若田?」
「・・・は、はい」
目の前で少女が拳1発で木の門を開けたのを見て呆然としていた若田が熊田を追いかけると今度は家の玄関を後ろ回し蹴りで蹴破っている依琴を見つけた。
「熊田さん、危ないから家の外にいて下さい」
依琴はそう言うと家の中に飛び込み妖力の感じる方向に向かった。
「た、助けてくれ・・」
妖力感じる部屋からとても小さな声が聞こえ、依琴は扉を開け部屋の中に入るとタブレットの画面を突き出し刑事ドラマの突入シーンの様に叫んだ。
「警視庁 刑事部
部屋には妖の姿は無く残留妖力の残る部屋に腹部が陥没し仰向けに倒れた男が口をパクパクさせていて依琴は近づくと。
「た、助けてくれ・・お、鬼の奴が・・あいつが裏切った・・」
「鬼がどうした?誰が裏切った?」
依琴の問いかけに男は手に握った紙包みを依琴に渡すと上目になり動かなくなってしまい、依琴は脈を確認すると部屋を飛び出し「熊田さん、救急車」と叫び、残留妖力を追って開いたままの勝手口を見つけ外に出ると残留妖力の残る高い壁を見上げ。
「壁を飛び越えたか・・」
依琴は妖視を使い壁と家の間に妖の痕跡が無いか調べていると、少しして雨音に交じりサイレンが聞こえ家に戻ると腹が陥没した男は運ばれて行った。
「麻薙さん、どうやったらあんな体に・・」
「鬼・・と言っていました、それと・・」
「見たかったな~鬼ってやつを」
依琴と熊田が話をしていると若田が笑いながら話に割り込んできて依琴は濡れた眼鏡を拭きながら細い目で若田を見ると
「直ぐに会えますよ」
「あ、そうなんだ、直ぐに・・ね」
依琴は熊田に「若田さんはいない方がいい」と進言すると熊田は察してこの場を若田に任せ2人は車に移動した。
熊田は車に乗ってから紙包みを足の上に乗せたまま動かない依琴に
「その紙包みは何かありそうだな」
依琴は無言で男から渡された護符に書かれている様な文字が書かれた紙包みを開いて見せた。
「何だ、その人形の頭みたいのは?」
「いえ人形ではなく何かの妖の頭のミイラです、包みを開ける前から物凄い妖力を感じます」
妖のミイラと言われ熊田は思わずドアの方へ体を逃がしてしまい。
「あ、妖のミイラって・・」
依琴は包みを戻しバッグから出した呪符を何枚か貼りながら
「何故、山西がこんな物を持っていたのかは分かりません・・それと誰かに裏切られたとも言っていました」
「裏切られた?それは本人の回復を待って話を聞かないと・・」
「待っている時間は無いので・・私は家に戻って残留妖力を追います」
依琴は山西宅に戻ると雨の降る中、徒歩と車で自宅裏の壁から残留妖力を追い始め自宅から少し離れこの雨で増水し川幅が20mを超える川で見失った。
「ここから何処に・・川上?川下?それとも飛び越えたか?」
車に熊田を待たせ依琴が車から降り河川敷に降りて考えていたその時だった、増水した川から拳大の石がいくつか依琴の顔目掛けて飛び出してきた、依琴は突然の事に両腕で防御し顔への直撃は避けたものの飛んできた全ての石を腕で受けていた。
「クッ」
依琴は石が当りジンジンする腕さすっていると
「俺の石を受けて立っているのか?なぜお前から妖力を感じる・・妖なのか?」
増水した川から濡れた黒いスーツに帽子、サングラスをかけ普通に現れた大男が言うと
「お前は山西を襲った妖で間違いないか?」
依琴は目の前にいるスーツ姿の大男から見える妖力の非攻撃色に戸惑いながらも言うと
「山西?名前なんか知らん
「地神?地神とはこれの事か?」
依琴はバックから例の包みを取り出すと大男に見せた。
「おぉーそれだそれだ地神様の神体だ、態々持って来てくれたのか」
大男が足を踏み出すと依琴は包みをバッグにしまうとタブレットを取り出し画面を大男に見せる様に前に突き出すと。
「警視庁 刑事部 妖対策捜査 第2課 所属 陽光寺 麻薙依琴、対妖法に基づきお前を逮捕する、大人しく投降すれば・・」
「そうか俺はお前知っている、杉原が言っていた童を狙う悪い陰陽師だな」
依琴が言い終わる前に大男は地面を蹴り依琴に接近すると大きな拳を振るい、依琴はそれをバックステップで避けタブレットをしまうと
「公務執行妨害も・・って童を狙う悪い陰陽師?誰それ?私?」
依琴が自分を指さしながら言うと大男は無言で距離を詰めて次の攻撃を仕掛けて来ると依琴はまたバックステップで避けるが暗闇と雨で悪い足場に足を取られ尻もちを着いてしまった。
「地神を渡せ」
大男は叫びながら地面から普通車のタイヤ程の石を持ち上げると依琴目指して投げつけ様と振り上げた。
「ターン」と音と共に「そこまでだ、A県警だ手を上げて降伏しろ」と雨に濡れながら熊田が銃を構えて足元の悪い河川敷に降りて来た。
「熊田さん危ないから下がって」
依琴が言うと同時に大男は石を捨て熊田との距離を一気に詰めると銃を持った腕を掴み熊田の体ごと持ち上げ顔を近づけると
「お前は人間?お前も童を狙うあいつの仲間だな」
大男が熊田を更に持ち上げ地面に叩きつけ様とした時、依琴は立ち上がり胸の前で手の平を合わせた。
「麻薙流奥義 妖降術 来い!舞風、庵角」
依琴発すると依琴の周りに雨に逆らって風が集まり始めそれが依琴を包み込むと雨を弾き始め今度は頭に左右大きさの違う角が生えて来た。
「ママ、びちょびちょで風邪引いちゃうよ、帰ったらお風呂に入って下さい」
「依琴さん、旬の岩ガキを10kg程クール便で送って下さい」
舞風と庵角の依琴にしか聞こえない声が聞こえると依琴は「分かった」と答え、10mは離れている場所にいる熊田を持ち上げる黒鬼の腕目掛け地面から助走も無く跳ねた。
「麻薙流 殺手術
依琴の足に切断機の円盤の刃の様に風が集まるとそれを成形し大男の腕を一刀両断し地面に着地すると落ちて来た熊田を片手で受け止めゆっくりと降ろした。
「大丈夫ですか熊田さん?」
「あぁ、そ、それよりも麻薙さん・・それは」
暗闇でもあれば目立つ角を見た熊田が言うと
「話は後で、車に戻って渡した護符をダッシュボードの上に置いて隠れて下さい、あいつは私が何とかします」
熊田は言われるままに車に向かい逃げ込むと護符を置き窓からそーっと戦況を見始めた。
雨の中、構えた依琴と仁王立ちの片腕の大男は向かい合っていた。
「妖ではないが妖力を感じる・・半妖?いや違うな・・お前は何者だ答えろ」
「妖降士・・長く生きている妖のお前なら1度くらいは聞いた事があるだろう」
「妖降士?・・あぁ、なるほどそれで妖力を感じるのか?」
大男は少し考え思い出したかの様に答えると依琴は構えたまま
「お前の質問には答えた、こちらの質問にも答えてもらうぞ」
「答えなければどうする妖降士?」
「対妖法に基づき拘束し答えてもらう」
「拘束する?いいだろう、質問を聞いてやる」
「お前が言っていた童を狙う悪い陰陽師とは誰だ、そしてこの妖のミイラは何なのか?」
「質問は1つだ、俺の童は渡さない、悪い陰陽師には絶対に渡さない」
大男はそう叫ぶと帽子とサングラスを外し片目の無い顔を晒し依琴に向かって走り出すと依琴がそれに対応するかの様に構えを合わせると大男の体が膨れ上がりスーツを破り黒い体が現れ額から角が生え元の妖の姿に戻った。
「・・黒鬼か」
突進してくる黒鬼の振り上げた拳を避け様としたが何かに足を掴まれその場から片足が動けなくなった依琴は咄嗟に両腕をクロスし動かせる足を下げると鬼の拳を受けた、普通の人間ならこの鬼の重い一撃を受ければ間違いなく腕が折れ体はミンチになっていたが、今の依琴には同じ鬼の庵角のパワーが体に宿っていた。
「童は渡さない、悪い陰陽師は死ね」
「だから童って誰の事だ、私は悪い陰陽師では無いただの妖降士だ」
ほぼ互角の力の押合いにこう着状態になると
「何故俺を追って来た?」
「妖犯罪を取り締る為だ」
依琴はそう言うと半身をずらして黒鬼の力を逃がすと空いている足を蹴り上げ黒鬼の腹にめり込ませた。
「グハッ」黒鬼は堪らず腹を抱えて依琴から飛び離れるとそれと同じく足を掴んでいる腕の力も緩まり依琴はその場から解放された。
「その力・・お前に降りている妖は何だ?」
「妖はお前と同じ鬼だ」
「何故だ?鬼は悪い陰陽師には力を貸さない」
黒鬼は叫びながら切り離された腕を呼び寄せると簡単に繋ぎ合わせ、今度は近くにあった大きな石を両手で引き抜くと依琴に向かって投げつけ依琴は投げられた石を
「お前は良い陰陽師に力を貸しているとでも言うのか?」
この黒鬼に最初から悪者扱いされていた依琴はふと思った事を言うと黒鬼は攻撃を止め。
「そうだ、杉原は妖の俺と童を助けてくれ、弱い童をかくまってくれている・・だから良い陰陽師だ」
依琴は何故この黒鬼が人間の陰陽師に従っているのか?そしてこの黒鬼が発する庵角と同じ色の妖力の意味が理解出来た様に思え構えを止めると。
「黒鬼、お前が守りたいのは童なのか?」
「童は俺を助けてくれた、だから今度は俺が助けて自由にする・・だから邪魔をする奴は殺す」
「なるほど、そう言う事か・・分かったこれを持って童を助けるといい」
依琴はそう言うとバッグから紙包みを取り出すと黒鬼に向かって投げ黒鬼が受け取ると。
「何を考えている陰陽師」
「これ以上悪者扱いされたくないし・・それを持って行けば童を助けられるんだろう?なら早く戻って童を助けてやれ」
「いいのか、お前悪い陰陽師じゃないのか?」
「陰陽師じゃなくて妖降士だ・・早く行かないと私の気が変わってしまう・・かもしれないが」
依琴は指で眼鏡を押し鋭い細い目で黒鬼を見ると黒鬼は紙包みを慌てて抱えると力一杯踏ん張り川を超えるジャンプを見せた。
依琴は黒鬼を見送り車に戻ると熊田は車内にオジサン臭を臭わせる程の汗を掻いていた。
「熊田さん、とりあえずホテルに戻って下さい、まず約束を終わらして元に戻らないと」
「お、おう、ホテルだな」
妖降士は妖の力を借りる代わりに代償を払わなければなかった。
妖はその力を貸す代わりに術者に出来る好きな命令を下す事ができ、その命令を履行出来なければ術者は元の人間の姿に戻る事ができず、いずれは妖に全てを奪われる事になる。
注)出来ない命令は術者が拒否する事も可能ではあるが拒否されれば妖は力を貸す事は無い。
依琴はタオルを頭に巻き角を隠しホテルのフロントをスルーすると熊田に「30分後に1階のレストラン集合で」と言うと自分の部屋戻ると湯船に湯を張り濡れた服を脱ぎ棄て温かい湯船に浸かりながらスマホで岩ガキ10kgをクール便で手配をした。
「しかし、今日の黒鬼は庵角そっくりだったな・・性格とか・・糞真面目で扱いが一緒でとても分かりやすかった・・」
徐々に元の姿に戻っていく体を確認しながら思っていると。
「あ、そうだ電話で確認しないと・・」と依琴は陽光寺に電話を掛けた。
「はい、こちら安全・安産祈願から各種お祓い、怪奇現象に至るまで・・」
「依琴だけど、かーさんまだ起きてる?」
電話に出た庵角の決まったセリフの途中で依琴が割り込むと
「・・怪奇現象に至るまで承っている「陽光寺」・・」
「庵角、かーさん出して」
「・・はい、お待ちを」
依琴の低い声に悲しそうに答える庵角に依琴がため息をついていると。
「依琴もう事件解決したのかい?」
「いや、まだだけど・・調べて欲しい事がある」
依琴は今日あった事の中から「黒鬼と童」「地神のミイラ」「杉原と言う名前の陰陽師」の3点を告げると紅麗は少し時間をおくれと言い電話を切った。
依琴が元の姿を鏡で確認すると昼間の恰好から変わり黒いジーパンに長袖の黒ニットとこの夏には暑過ぎない?と言われそうな恰好に着替え1階のレストランに向かうとcloseと書かれた看板があったがカウンターだけ灯りが付いていてコーヒーを飲んでいる熊田を見つけた。依琴が横の席につくなり熊田は正面を見たまま。
「もう、何が出ても怖くないぞ」
「これ以上は出ません・・たぶん・・熊田さんコーヒーを持つ手が震えていますよ・・」
依琴の突っ込みに熊田は慌ててカップを置くと
「いや、面目ない・・鬼が出て片手で持ち上げられ・・麻薙さんに片手で受け止められて・・もう恐怖って言うのはこう言う事だったのかって思ったよ」
依琴はその恐怖に自分が含まれていたのが引っ掛かったが突っ込みは入れなかった。
少しして依琴のスマホが鳴り出した。
「あ、かーさん、何か分かった?うんうん、そんな話があるんだ、杉原は偽名ねー分かった」
依琴は電話を切ると熊田が「どうでした?」とばかりに目で訴えかけてきた。
「黒鬼と童は手がかり無し、杉原って言う陰陽師はたぶん偽名で、地神のミイラは昔この地方を守っていた地神がいて理由は分からないけどある日突然人を襲い始め、それをある陰陽師が退治と言うかお鎮めになったって話があって、地神を封印してある家系に隠させたって話らしいです」
「その家系が山西だったのか?」
「そこまでは分かりませんが、ミイラがそこにあったのは事実です」
「なるほど・・それよりここでのんびりしていて大丈夫なのか?」
「のんびりしていませんよ、もうじき帰ってくると思うので」
「帰ってくる?何が?」
熊田が言い終わると同時に窓ガラスに何かがぶつかる音が何度か聞こえた。
「式神ってガラスがあるのが分からないのかな?」依琴はそう思うとレストランを出てホテルの入り口を回りレストランの外側に出ると、そこには黒い折り紙で作られた鶴が転がっていて依琴はそれを拾い上げるとレストランに戻り熊田に折り紙を広げ絵の描かれた元の四角形に戻し見せながら。
「紙包みに忍ばせておいた式神です」
「ん?どこかで見た地図?」
「B市の地図です、それでこの黒く焼けた線が黒鬼の移動した先になりますが、熊田さんどこか分かりますか?」
「ちょっと小さすぎるな、俺の拡大地図で」
熊田はそう言うとカバンから何年も使われただろう地図を出すとカウンターに広げた。
「ここが川だろう・・この辺りを通って・・この辺りだな・・って」
行き着いた地図の先には赤くマーキングされていてそこにはK.Tと書かれていた。
「熊田さんK.Tって誰ですか?」
「ここは寺崎幸三の自宅だ・・式神ってのは相手に気付かれていないのか・・」
「普通気付かれる事があるのですが、黒鬼を相当焦らせ急がせたので気付かなかったのかも知れません」
依琴は眼鏡を押し細い目で笑って言うが、決して「庵角で実験済みで、庵角みたいに鈍感だったからもしかして黒鬼にも・・」とは熊田には言わなかった。
行先は寺崎幸三の自宅と決まり依琴と熊田が駐車場に向かう途中で依琴が異変に気付いた。
「結界を破ろうと何かが・・車に急ぎましょう」
走り出した依琴に熊田が慌てて追いかけ2人が車に乗るとエンジンを掛けると降り止まない雨の中に飛び出した。
「目的の物が手に入ったから証拠隠滅に出てきましたね」
「証拠隠滅って俺もか?」
「この世界では裁けないアリバイなら白なんです、だからアリバイのある犯罪をするのです」
依琴がタブレットで対妖事件用電子令状を作成しながら説明をしていると少しして熊田が車を寄せハザードランプを点けて車を止めた。
依琴が顔を上げ熊田の方を見ると若田が運転席側の窓をノックしていた。
依琴を無理やり後部座席に追いやると助手席を占拠した若田が
「もう、酷いじゃないですか、置いてくなんて、タクシー代は自腹なんですから」
「濡れたまんまで俺の車に・・もういいや、それより俺たちがここにいるのがよく分かったな?」
熊田はそう言いながら車を発進させると
「タクシーでホテル向かう途中で「あ」の「1番」でナンバー光らせた黒の1BOXって言ったら県内でも熊田さんの車しかないでしょう、タクシーで追いかけるのは大変でしたよ」
「あぁ確かにそうかもしれないな」
依琴も言われてみれば確かに光っていて目立つナンバーだと思い出した。
若田をホテルまで送る時間と危険性を考えたらこのまま同乗させておいた方がまだましと2人が結論を出すと若田は依琴を無視して調査の進行具合を熊田に聞き始めた。
「それマジっすか、熊田さん鬼とやりあったんですか?マジ凄いじゃないですかー」
そんな会話が10分程続いたところで若田が
「それでこれから何処に向かうんですか?」
「これからか・・鬼退治でも行くかな?」
若田に煽てられ気分が良くなったのか依琴には冗談に聞こえない返事をすると
「鬼退治って言ったら岡山じゃないですか、ここはA県ですよ熊田さん」
いつものヘラヘラしながら笑って話していた若田が急にテンションが低くなりアクセントのない口調で続けて話し始めた。
「寺崎の自宅・・ですか?そこに行くのは駄目・・駄目ですよ」
「急にどうした」
熊田がそう言うと「邪魔しないで下さい」と叫びハンドルと掴み熊田の運転を邪魔しに入った。
「お、おい馬鹿、邪魔しているのはお前の方だろう」
急に左右に車が蛇行し始め後部座席にいた依琴はタブレットを落としてしまい、体を固定させるべくアシストグリップを掴んだ。
「何?何が起きて・・・」
依琴が前列を見ると若田が虚ろな目で熊田の運転を妨害していた。
「熊田さんブレーキ」
そう言われた熊田はブレーキを踏み雨の降る深夜の国道で止まり幸いにも後続車は無く自己には至らなかった。
「駄目ですよ熊田さん車が止まったら事故に出来ないじゃないですか」
若田は虚ろな目で今度は熊田に掴みかかった。
「おい、若田お前は何を・・」
依琴はシートベルトを外すと助手席から体を伸ばした若田の首に小さな呪符が付いているのを見つけるとバッグから呪符を取り出し若田の首にあてながら
「麻薙流
あてた呪符がボウっと燃えると若田の首にあった呪符も一緒に燃えて消えてしまい若田も呪符が消えると虚ろな目を開けたまま熊田に倒れこみ動かなくなってしまった。
「麻薙さん、いったいこれは・・」
「呪符で人を操る呪術です・・若田さんを使って私達を事故死させようと・・これがアリバイのあるやりかたです」
2人は若田を3列目に縛り付け助手席に依琴が座り寺崎の自宅に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます