第3話 京極

 雨は夕方頃に上がる。


 天気予報はたしかにそういってて、それは確かだった。鵜丸が傘をさして街中を歩いていくなか、雨はどんどん弱くなっていき完全に雨音は消えていった。


 鵜丸は道の端で立ち止まり、傘をたたんでカバンの中にいれた。あの筒状のものがあるのでかなりかさばる。


 本当なら兄がこれをとりにいくはずだった。が、鵜丸が学校が終わり家に帰る途中で取りにいけと連絡が来たのだった。


(ったく…………兄貴ったら、昼からお酒ばっかり飲んで……。)


 鵜丸が悪態をつきながらまた歩き始めた。雨は晴れたものの雲はなかなか引かず晴れるのは明日の朝になりそうである。


 通りの人影はまちまち見かけるようになってきた。ここは飲み屋街だ。たくさんの居酒屋やオシャレなバーがある。時間帯からか、飲み屋の客引きらしき派手な格好をした女が目立ってきた。


 だが、まず鵜丸が声をかけられることはないだろう。なにせ鵜丸はまだ15になったばかりで、今は制服を着ている。


 なぜこんな飲み屋街を学生がほっつき歩いているのかと疑問を持つ人物もいるだろう。鵜丸は行き交う人からの視線を感じていた。


 しかし、鵜丸にはここにれきっとした用があるのだ。それは兄の迎えであった。

 どうやら兄は朝から出かけていき、バーで飲んで潰れているらしい。

 とても鵜丸が迎えに行くようなものではないような気もするが、両親が最近忙しいのはわかっているので渋々請け負った。店の場所も知っている。


 鵜丸は再び路地裏に足を踏み入れた。

 路地の入口付近で鵜丸は目を凝らして意識を集中させる。すると、だんだん壁や路地に置かれていたものが透けていき遠くまで見渡せるようになった。

 見たところ人はいないようである。


 鵜丸の能力は透視であった。だいたい500メートルくらいまでならはっきりと見ることができる。

 路地裏は近道ができるが、この街の路地裏は一歩間違えると命にかかわる。何がいるかわからないのでだいたい入る時はこうして人が居ないかどうか確認していた。


 鵜丸はそのまま路地裏をすいすいと進んでいき、ある扉の前に辿り着いた。


 鵜丸が扉の隣にあるインターホンを押す。

 すると、すぐにスラックスとネクタイをかっちりと着こなしたバーテンダーらしき男がでてきた。


 彼は鵜丸を見ても、特に驚くことなく彼女をバックヤードに通した。


 この男はこのバーの店主だ。兄はこのバーの常連でこうして鵜丸が迎えに来ることは度々あったのでもちろん顔なじみだ。


 鵜丸はバックヤードを抜け厨房の横を通り、客席がある場所に出てきた。

 時間帯にしては客はそこそこいるといったところか。店員はとくに鵜丸を気にかけることはなく、忙しなく店の中を行き来している。


 鵜丸は店の中を見回した。そうするとすぐに目当ての人物を見つけることができた。


 カウンターの1番端の席で机に突っ伏している金髪の男がいた。鵜丸はすぐにその男の隣に駆け寄った。近くにくると強い酒の匂いといびきが聞こえてきた。


「兄貴?起きて。迎えに来たよ。」


 鵜丸がそう言ってなんども体を揺するも起きる気配はなかった。


「あら。鵜丸ちゃん来てたの。」


 後ろから声をかけられて振り返ると、茶髪を綺麗に束ねた店員の女が微笑んで立っていた。歳は三十代前半か中期だろう。

 兄曰く、この店で一番長く働いている店員らしい。もちろん鵜丸のこともばっちり知っていてこの店にくるのがどんなときかも知っている。


「またお迎え?」

「そうなんです………。」

「お兄さん………雷くんここでずっと飲んでたのよね。マスターと話しながら。今日はワイン1本と半分かな?いや、二本いってたかも。」

「はぁ………ツケも溜まってんのに……。」


 鵜丸が呆れたように酔いつぶれた兄の足を軽くこずいた。店員の女はこらこらと、困ったように笑っていた。ある意味この兄妹は店の名物かもしれないと女は思っていた。


「もう起きないんなら、頭叩いてみようかな……。」

「辞めてあげなよー。痛そう。」


 二人がそうしていた時。


「や、やめてください!!」


 女の叫び声が聞こえてきた。


 何事かと、声がした方に視線を向けるとどうやら声の発生源は接客をしていた店員のようである。


 店員の隣のテーブルには男が二人座っている。派手なサテンシャツと背の低いアロハシャツを着た二人だ。

 まさにチンピラの王道という服装だった。


「あ?なんだよ、生意気だなァ………ちょっとくらいいいだろ?」

「きゃ、きゃっ!!」


 そう言ってサテンシャツのほうの男が店員の臀を触った。店員が悲鳴をあげる。

 かなり酔っているようだ。この二人も昼間から飲んでいたのだろう。


 店員はなんとか手を払いのけたがしつこく男たちが迫ってくる。

 それを見つけた店主がカウンターから出てきてすかさず間に入り男たちを止めようとした。


「すみません、お客様こういったことは……。」

「あぁ!?なんだと!?」


 男は勢いよく立ち上がり、店主を突き飛ばした。店主は後ろにあったテーブルにぶつかり、それとともに倒れた。

 その席で飲んでいた客の悲鳴や、床に落ちたグラスやボトルが砕け散る音が響く。


「ははっ、俺に逆らうからこうなるんだよ。」


 男はさらに店主に馬乗りになろうとするが、周りの店員総出で男を羽交い締めにした阻止しようとする。

 さすがに3、4人に取り押さえられれば男も黙るはずだろう。


 が、サテンシャツの男の体が一瞬膨れ上がった。次の瞬間にはサテンシャツはものすごい力でいとも簡単に店員を振りほどいていった。

 そして、辺りの机をひっくり返したり真っ二つに割り暴れ始めたのだった。


 どうやらサテンシャツの男が自分の能力を使い出したようだ。店員が投げ飛ばされ、机が壊れ窓が割れる。店の中はたちまち悲鳴や怒号で埋め尽くされていった。


 鵜丸たちは店の隅でそれを眺めていた。店員の女の顔が険しく曇っていた。

 アウトシティではよくある事かもしれないが、自分の店で起こってほしいなんて思っているやつはさすがにいないだろう。


「鵜丸ちゃん。一回裏に逃げた方がいいかも………」

「お?そこにもいいのがいるじゃんかよぉ。」


 店員の女が促すのも虚しく、二人にアロハシャツの男が近寄ってきた。


「あ?よく見たらガキか?………なんでこんなガキがこんなとこにいるんだぁ?まぁ、いいか。おい嬢ちゃんけっこう可愛い顔してるじゃんかよ。」


 アロハシャツが鵜丸に手を伸ばそうとしたが、ぱしんと店員の女がそれを払いのけた。


「やめなさい!この子は関係ないでしょ!」

「ちっ、ババァのくせに生意気だなぁ!!」


 店員の女がアロハシャツに突き飛ばされ、その場に尻もちをついた。

 鵜丸はすぐにその元に駆け寄ろうとするがアロハシャツがそれを阻止しようとした。


「へへっ、嬢ちゃんにいまからイイコト教えてやんよ。オトナになれるぜ。」


 アロハシャツはそんな下品なことをいいながらじりじりと迫ってくる。が、鵜丸はその場から動かない。

 アロハシャツがチャンスとばかりに鵜丸の体に触れようとした時。


 鵜丸の右ストレートが男の顔面を貫いた。


 鈍い音がして男がいくらか後ろへと吹っ飛んだ。辺りが一瞬静かになり一斉に鵜丸のほうに視線が集まる。


「最っっ低……………失せろ、このクズ。」


 鵜丸は視線なんぞお構い無しにものすごい剣幕でこのような言葉を吐き捨てた。


 店員の女は普段の鵜丸の物静かなイメージとは真逆の様子に驚いていたが、すぐに立ち上がり鵜丸の元に駆け寄った。


「う、鵜丸ちゃん……大丈夫……?」

「お姉さんこそ大丈夫ですか?」


 先程の剣幕はどこかに消えて、心配そうに店員の女に尋ねた。

 女は首を縦にふった。


「う、うん!私も大丈夫だけど……。」


 そうしていると男が鼻を押さえながら起き上がった。その手の間から血が漏れていた。鵜丸が結構思いっきり殴ったので多分鼻が折れててもおかしくないだろう。


 しかし、鵜丸は男が気絶していなかったことに落胆していた。どうせなら一生起き上がらないで欲しいとも思っていた。


「てめぇっ………よくもっ!!!!」


 男が喚き散らし、その場に転がっていた酒瓶を右手にに取るとそれを二人に向かって投げつけた。


 店員は咄嗟に鵜丸を抱える形で庇うが、重い酒瓶を片手で投げたからだろうか。

 酒瓶は2人をそれて、この騒ぎになってもまだ酔いつぶれてすぐ側のカウンターで寝ている鵜丸の兄の頭に直撃した。


 酒瓶が頭にあたって割れて中身がぶちまけられ、衝撃で兄の体は椅子ごと床に投げ出された。


「兄貴っ!!」


 さすがに鵜丸も慌てて兄を呼んだ。が、床に倒れたまま反応がない。


 鵜丸が店員の懐をぬけて兄の元へ向かおうとするが、その前にアロハシャツがこちらへ襲いかかってきた。

 振りかぶるその腕は尖った針のように変形していた。


 兄に気を取られていて反応が遅れた鵜丸が避けようとするが、この距離ではまにあわない。


 アロハシャツの針が鵜丸の目と鼻の先に迫ったが、それ以降ピタリと動きを止めていた。


 1本の腕がその針を掴んでいた。


「なんだ!?お前っ……………」


 ぱきりという音がした。


 次の瞬間にはアロハシャツの先程下品な言葉が飛び出した口から悲鳴が上がっていた。

 アロハシャツの腕を掴んだ人物が、その腕をあらぬ方向にねじまげていたのだ。


 鵜丸は突然起こったことに驚いていたが、店員の女の顔は青ざめていた。

 なにせ人の骨が折れる瞬間とその音をきいたのだ。普通なら冷静にいられるわけがない。

 鵜丸がこういったことに慣れてしまっているだけなのだ。


 そして、人物はその腕を掴んで上に持ち上げた。アロハシャツの体が30センチほど宙に浮く。アロハシャツは吊るされたまま涙目で喚いて赦しを乞うているが、その人物は容赦なしにアロハシャツをそのまま床に叩きつけた。


 アロハシャツは木製の床を叩き割り、うるさい悲鳴を止めた。


「あ、兄貴………頭大丈夫?」


 鵜丸は腕がねじ曲がったアロハシャツを見下ろす兄、京極雷きょうごくらいに問いかけた。


 雷の身長は180センチを超えているので155センチの鵜丸は完全に見上げる形になっている。

 酒を被ったことでワックスで固めてあった金髪が崩れかけていた。


「ふぁ…………あー、頭が揺れて起きたらすげーことになってるし……とんだモーニングコールだな。とうとう兄貴を酒瓶でぶん殴ったか?」


 雷はけたけたと呑気そうに口を大きく開けて笑った。息は相当酒臭い。

 こんな余裕があるならたぶん大丈夫だろう。


「違う違う。私じゃなくてそいつが投げた酒瓶が兄貴の頭にあたったんだよ。」

「はぁ、こいつのか。」


 雷が気絶したアロハシャツの頭を軽く蹴り飛ばした。当然起き上がる気配はない。


「なんだてめぇは!!!俺の弟になにしやがった?!!」


 サテンシャツが雷に向かって怒鳴りつけた。雷は欠伸をしながら男の方を見た。


「それいったら………お前の弟だっておれの実妹に何しようとしてんだ。こんなの軽いだろ?死んでないんだし。」

「ふざけやがって………ん?どっかで見たことある顔だな。」

「俺はお前のこと知らないけどな。」


 サテンシャツと雷が向き合う。男は敵意丸出しの血走った目で雷を睨みつけている。


 が、その一方で………。


「ちょっとタンマ。」


 雷はサテンシャツに背を向けて急にうずくまった。そして、口に指を突っ込むと奥を圧迫して嘔吐えずきながら胃の中のものを吐き出した。


「うっわ。汚っ。」


 鵜丸が顔を顰めた。


「うげ…………………こうでもしないと眠たくてしかたねぇんだよ。あーあ、酒がもったいねぇ………。」


 雷は吐けるだけ吐くと男と向き合った。わざわざ吐いたにも関わらず眠たそうである。

 また、欠伸をいっぱつかました。


「てめぇ…………なめてかかってんじゃねえぞ……。」


 男の声は怒りに震えていた。


「この俺を誰だと思ってるんだ!かの『レッドホークス』の大将マシダ様だぞ!この辺りで俺のこと知らない奴はいねぇ!!」


 男の体がより一層膨れ上がりシャツが破けた。まるで肉だるまのようだった。


「レッドホークス?なんだそりゃ。」

「この辺りを陣取ってるチンピラ集団だよ。最近できたんだ。」


 鵜丸が雷に軽く補足をいれた。兄は情報関係には疎い。

 現にレッドホークスは最近急に現れた反社会的勢力であった。近年政府が反社会的勢力にたいしての取り締まりを強化している中、よく徒党を組もうと思ったものである。


 鵜丸はぼんやりとそう思っていた。


「舐めた態度取っていられるのも今のうちだ!!俺の能力「筋力増幅」を喰らえ!!」


 サテンシャツは大きく踏み込み、雷に向かって突進してきた。

 雷はそれを軽々躱したため、サテンシャツはそのまま店の壁にぶつかった。

 壁が大きく壊れ、ほこりが白く舞い上がる。

 端に避難していた鵜丸と店員の女が軽く咳き込んだ。


「お前それ弁償できるのか?」


 雷がそう言っている間にも、サテンシャツの拳が雷に降りかかる。当然真っ向から受け止められるわけないのは見てわかるので雷はそれを躱していく。

 ここから男の猛攻が始まった。雷に向かって次々と拳や足を使い仕掛けていく。


「ははっ!!能力ランクBには手も足も出ないってか!?ざまぁねぇな!!!」


 男は下衆に笑い、雷に向かってたたみかけていった。


 たしかに能力ランクはFからA判定なのでBは結構高い部類だ。しかし、このサテンシャツはそれに慢心しすぎてさっきから正面から力任せに殴り掛かるということしかしてこない。

 動きもわかりやすく右フック左フック足技のほぼ連続で、パターン化されているので張合いがない。


 雷はだんだん退屈になってきた。こんな不毛な戦いを続ける意味は無い。


 雷は男の右フックを躱したときに、カウンターで相手の左目をついた。男は怯んで、一度攻撃を止めた。

 その隙に雷は鵜丸に話しかけた。


「おい、鵜丸。あれ寄越せ。持ってるだろ?」


 鵜丸はすぐに何のことか理解した。持っていたカバンを漁り、あの黒い筒状のものを取り出した。

 鵜丸はそれをすかさず、雷に向かって放り投げた。雷は受け取るとにやりと笑った。


「なんだ?」


 サテンシャツは雷が受け取ったそれを不思議そうに見ていた。


 雷がその筒状の物のある箇所に触れると変化は起こった。

 ばちりとその筒に稲妻がはしり、大きく形を変える。

 稲妻が収まった時、彼の手には黒光りする大太刀が握られていた。その刃からは小さくぱちぱちと青く光る稲妻が出ている。


「なんだ、刃物か?はっ、落ちぶれたな。」


 サテンシャツは鼻で笑った。


「俺の増幅された筋力は普通の筋肉とは違う。鋼鉄並みの強度を誇るんだぜ!?そこらの刃物じゃたちうちできねぇ!残念だったな!」


 サテンシャツはゲラゲラと笑った。この声が耳障りで鵜丸は苛立っていた。


 しかし、笑っているのはサテンシャツだけではない。雷もその顔に笑みを浮かべていた。


「落ちぶれただって?それはどっちだ?冗談きついぜ。」


 その言葉に男の笑い声が止んだ。雷のにやりとした顔は崩れていない。


「弱い奴ばっかり相手して自分は強いと勘違いして慢心してる奴ほど弱いやつはいねぇよ。付いてきている奴らはお前が力でねじふせているだけだ。そういうのは長くは持たねーな。また別のより強い奴らにすぐ喰われる。それが嫌ならくだらねぇ寄せ集めの徒党は辞めるんだな。」


 雷は大太刀をサテンシャツに向けた。サテンシャツの体が僅かにふるえているように見えた。


「………俺が、弱いだと…………!?ランクBの能力で既に50人はいるレッドホークスの大将の俺がか!?お前本当にこれ以上舐めた口聞いてると………」

「わかってねぇな。ほんと。」


 雷のぎらりと光る目がサテンシャツの血走った目と重なった。


 サテンシャツの体から鮮血が飛び散っていた。それと同時にサテンシャツの体に電気がはしり、青く輝いた。ぼとばしる電撃に身を焼かれ叫び声をあげた後倒れたサテンシャツの後ろには雷が立っていた。


「強くなきゃ喰われる。喰われないようにするには何かに嫌でも喰らいつかないとな。」


 雷は倒れたサテンシャツに向かってそう呟いた。

 鵜丸はことの顛末を見届けると、物陰から出てきた。店員たちも隠れていた場所から恐る恐る現れた。


「兄貴。そいつ死んだの?」


 鵜丸が焦げたサテンシャツを指さした。白目を剥いて口から煙があがっている。


「いーや。多分生きてるわ。そんなに深く切った覚えもめちゃくちゃ強い電気流した覚えもないしな。しかも行きつけの店で死なれたら気分わりぃだろ?」


 雷がそう言って笑う。雷が大太刀に触れると、再びそれはあの黒い筒状のものに戻った。


「うう…っ………。」


 どこからか呻き声がした。その声がした方を見ると、あのアロハシャツが意識を取り戻していた。顔の半分は血で真っ赤で片腕はねじ曲がっているわけだが。


 アロハシャツが目を開けるなり、焦げて倒れているサテンシャツが飛び込んできた。


「あ、アニキっ……………」

「あ?起きたか。」


 鵜丸と雷が近寄っていくなり、アロハシャツはひっと、情けない声をあげた。あの時の威勢はどこに行ったのかと鵜丸は尋ねたかった。

 情けない声をあげながらも、アロハシャツは雷の顔を覗き込んでいた。

 そして、目を見開いてこう言った。


「や、やっぱりお前は…………き、『京極』の……!なんでこんなとこに………。」


 このアウトシティでは昔から大きく三つの勢力が裏社会を支配している。


 そのうちの一つが『京極』。


 そして、雷がその京極の3代目の大将だ。


「おう、悪いか?ここの常連なんだぜ。」


 雷がその辺にあった開けたまま放置されているワインボトルを取り、そのまま飲んだ。いわゆるラッパ飲みだ。


 雷はアロハシャツを通り越して、店員達の看病を受けている店主の元へと向かった。

 店員の殆どは雷の素性を知っているのでああしたことに驚くことはなかったが、それでも目には恐怖の色があった。


「おい、マスター。大丈夫か?」

「う、うーん………。腰を痛めてしまったようで……。」


 店主が半分だけ身を起こして腰をさすっていた。どうやら最初に突き飛ばされた時に腰を打ったようだ。

 店の中もだいぶ荒らされてしまっていた。客は既に店の外に逃げているようで、外は客と野次馬で賑わっていた。


「災難だな。」


 ふと、遠くからサイレンの音が小さく聞こえてきた。サイレンはこちらに向かって少しずつ近づいてくる。

 誰かが通報したのだろう。


 伸びているサテンシャツや腕がねじ曲がったアロハシャツはともかく、雷がここにいるのは少々めんどくさいことになる。


「おい、マスター。この店の修理費ツケといてくれていいぞ。そのかわり………後処理とか頼んだからな。」


 後処理がなんの事か、店主はすぐに理解した。


 店主が頷くのを見て、雷が笑い返すと彼は鵜丸を連れて店の裏口から颯爽と出て店を後にした。


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