第2話 家出人のエンジニア

 雨がしとしとと降り注ぐ午後4時前。薄暗い店内は外から伝わる雨の音だけで満たされていた。

 リボードは椅子に腰掛け、カウンターに持たれてぼーっとしながら外を眺めていた。


「ふぁ………」


 代わり映えのしない、いつも通りの商品棚の配列とそこに並ぶ商品もちらちらと目にはいる。


 今日は客は誰一人と来ていない。

 リボードは欠伸を1発、退屈そうにかました。いろいろ騒がしい街でも、一時表向きは静かなことはある。


 さすがに雨となると、店がある「アウトシティ」の大通りも人っ子一人といない。

 平日なのもあるだろうが、飲食店がある訳でもないのでここはまだ人が少ない方ではあったが、誰もいないというのはなかなか稀であった。


 泉にも今日は早めに帰ってもらっていた。

 とくに客足は見込めなさそうだし、この前の件でいろいろ片付け等手伝って貰った分だ。あの時はけっこう遅くまで手伝ってくれた。

 リボードは、正直あの時間まで手伝わせたくはなかったのだが、働き熱心な泉の心に甘えてしまったのだった。


 夜になれば、この街は大通りでもスリやらゴロツキと酔っぱらいの乱闘で騒がしすぎる。たびたび警官や自警団の怒声やサイレンも一層けたたましく鳴り響くので余計だ。


 しかもちょうど少し前に店の前で乱闘があったばかりだった。


 最初はただのチンピラ同士の言い合い程度かなと、リボードは店の中からちらりと覗いたりをしていた。言い合いならしょっちゅう起こっていることなのでその時は特に気にもとめなかった。


 しかし、言い合いはどんどんエスカレートしていき、さらに野次馬も巻き込んで能力丸出しの喧嘩になってしまったのだ。


 油をぶちまけて火を付けたかのようにあたりは修羅場となった。


 熱の入った野次馬も煽るわ、殴り合いがあちこちで始まるわでとんでもない騒ぎにまでなって、しまいにとうとうパトカーのサイレンがいくつも聞こえはじめたのだった。


 挙句の果てに、殴り合いで吹っばされた野次馬の一人が店のガラスを突き破って、ダイナミック入店をかますはめになった。

 これを期に、店のガラスをより強度のある強化ガラスに張り替えたのだった。このときちょうど店の売上が黒字続きだったのが幸いした。


 年頃の女の子を1人でそんな夜道を歩かせるのは危険以外の何でもない。

 その時はさすがに彼女を駅まで送っていった。

 隣に男がいるだけで輩は女の子にはだいぶ近寄りがたくなるとリボードは思っていた。


 彼がそんなことを呑気に考えていても全く客の気配はない。

 まあ、ガンショップなんて表向きの客よりも裏での注文の方が多いのが当たり前なのだが。


 リボードは隣に置いてあった、発注名簿をぱらぱらとめくった。見たところどの注文も全て発注済みであった。


 今日は本当にすることが特にない。雨は止む様子もなく、ザアザアと降り注いでいる。



 今日はもう早めに店を閉めてしまうか。



 そう思って、椅子から立ち上がろうとした時。



 耳を劈くほどの爆発音が後ろから鳴り響いた。


「!!!!!?」


 あまりにもの急なことで、リボードは椅子から滑り落ちそうになった。


 慌てて椅子から降りて背後を確認すると、カウンターのすぐ後ろの部屋からもくもくと白い煙が溢れていた。その煙は店にまで流れ込んでいく。


「ごほっ、ごほっ!…………なんだぁ!?」


 リボードは煙を掻き分け、後ろの部屋に入っていった。部屋の全貌は煙のため全くわからないが、その中に一つ黒い影を見つけた。


「………久しぶりにやらかしたけど……大丈夫かい?」

「…ごほっ………怪我とかはないけどまあ、このとおり……」


 リボードが声をかけると、咳き込みながら声が返ってきた。


 白い煙が引いていくと、その人影の正体が現れる。


 ぼさぼさと乱れた淡い茶色の髪をした青年がそこにいた。彼の身なりは、グレーのカットソーにジーンズ。さらにつけているエプロンには様々な色の薬品が染み付いていた。


 髪は爆発のため、より一層乱れており顔もススまみれであった。


「いやぁ、まいったまいった。ぼけーってしてたら調合量間違えましてね………。」


 青年は顔のススを拭いながら、傍にあるテーブルを指さした。

 テーブルの上には割れた試験管とゴポゴポと音を立てている液体が入ったビーカーが置かれていた。その液体からまだ細く白い煙が立ち昇っていた。


「………ヴェノム、今日は何を作ってたんだい?」


 リボードが呆れた笑みを作り、青年の名前を呼んだ。


「至って今日は真面目ですよ。煙幕の改良を自警団より頼まれてまして。よりコスト削減のため新しい材料を試してたんですよ。」


 ヴェノムと呼ばれた青年は机の上に転がっていた容器を一つ手に取った。ラベルには文字が書かれていたが、それを読んでみてもリボードには馴染みがなかった。


「ちょうど大量生産法が確立された新素材です。これからどんどん値段は落ちてくるはずなので試してみたら………あのザマです」

「なるほど…………ね。調合を間違えたってか……」

「それはそれとて、結構いい感じですよ。ちょっと煙の切れが早いけど。」


 ヴェノムはさっそくその場に置いてあったボードに挟まれたリストを手に取り、そこに何かを聴き込んでいた。


「ちょっと君。なんかいろいろ踏んでるよ。」

「え?………ああっ!いっけねぇ………」


 ヴェノムはちょうどさっきの爆発により散らばった紙の上に立っていたのだ。

 リボードがヴェノムに指摘すると、彼は慌ててボードを置いて屈んで紙を拾い集め始めた。リボードもそれを手伝う。


 どうやら散らばっていたのは設計図のようだった。内容は簡易的な護身用具や武器。さらに特殊な用途や素材を組み込んだ衣服などだ。

 ざっくりとしたラフのようなデザイン図からきっちりと寸法が図られた図面まで色々ある。


 裏を見てみると発注元の自警団のサインがあった。この辺りを管轄している自警団だ。この店でよくスタン銃なんかのメンテナンスを行っている。


 そして、その下にさらに雑な文字が連ねてあった。



 請負人 ヴェノム・バレリアル・ギャスター



「………相変わらず長ったらしい名前だね。」


 ぽろりとリボードが言うと、ヴェノムが顔をあげた。


「………ですよね。正直書くのめんどくさいんですよ。」


 ヴェノムは一瞬真顔だったが、直ぐに眉を八の字に曲げて困ったように笑った。


「ミドルネームとかよくアルファベット一文字で省略しちゃうじゃん。それしたらどう?」

「あいにく俺の名前はそうじゃないらしいんですよ。ちゃんとした書類なんかは戸籍に登録したとおりに全部書かないといけないんで。」


 ヴェノムは紙をまとめてテーブルの上に置いた。


「たまには実家に帰ったら?」


 ぽろりとリボードがそう口にした。


 ヴェノムの額にしわがはしった。たたでさえ、悪かった目付きがより一層尖ったものになる。

 しかし、それは一瞬であった。


「嫌ですよ、あんな家。ごめんです。」


 笑いながら彼が言うものの、声色には嫌悪の色がはっきりと認識できた。


「それに、戻る理由も無くなりました。何年か前に母が亡くなったので。どうせならギャスターの名前だって名乗りたくないです。」

「それは目立つからかな?」

「まあ、それ半分。」


 ギャスターの名前を聞いて、聞き覚えがないという者は少数だろう。


 ギャスター家は昔から存在する一流の旧家で、数々の著名な政治家や実業家などを排出している。現在も大きなグループの会長や政治家などでその名前を聞くことがある。


 彼もれきっとしたその家の系列の出身者なのだ。


 しかし、どうやら家庭のトラブルで家出してきたらしい。

 普通なら簡単に見つかってしまいそうだが、コネを使いに使いまくって情報操作をしてここまで逃げてきたようである。

 それでもちょこちょこ使いらしき人物が昔は尋ねてきたりもしていたという。


 最初は使いが来たりしていたそうだが、家のほうもとうとうヴェノムのことをほぼ見放してしまったようであった。

 とうの本人はやっとしがらみから開放されたといきいきしながら話していた。


 リボードは彼に何があったかは知らないが、エンジニア志願で送られてきた履歴書を見た時は思わず二度見してしまった。


 ヴェノムが集めた紙をテーブルの上に置いた。その横にはなにやら透明の袋に入れられた黒く30センチ程の筒状のものが置かれていた。


「ん?これは?」


 リボードがそれを指さした。


「ああ、それはメンテナンス頼まれていたやつです。今日受け渡し予定でそろそろ持ち主が来るはず…………。」


 ヴェノムが言いかけた時、チャイムがなった。


 チャイムがある入口は店の裏口である。ちょうど店の裏の路地に通じている。


 リボードが裏口に向かい、呼び出しに応じた。


 扉を開くと、そこには制服姿の少女がたっていた。

 少しレトロ調の制服に綺麗で長い黒髪をハーフアップでまとめている、この場所には一見見合わないような可愛らしい客であった。


「やあ、君か。いらっしゃい。」

「あ、リボードさん。こんにちは。」


 リボードはこの少女のことを知っていた。


「ヴェノムさんはいますか?ちょうど頼んでたやつ取りに来たんですけど………。」

「お、鵜丸がきたか。」


 奥からヴェノムが手を招き少女を中に入れた。ヴェノムは少女に書類を渡して、そこに受け取りを示すサインを書かせた。

 少女も慣れた手つきで名前を書き込んでいく。


「よし、おーけーだな。ほらこれだ。」


 ヴェノムが紙を受け取ると共に、あの筒状のものを少女に渡した。

 紙には丸っこい文字で「京極鵜丸きょうごくうまる」と書かれていた。


 京極鵜丸。

 この街の外れにに住む中学生で、この店のれきっとした常連であった。


「鵜丸。そういや予定じゃお前の兄貴が来るはずだったんだけどどうした?」


 ヴェノムが尋ねると、鵜丸は困ったように眉を八の字に曲げた。


「それが………どうやら予定を入れたのを忘れてどっか行っちゃったみたいで………。あ、さっき連絡来たんですけど昼から飲んでたらしくてかわり学校帰りに私が来ました。」


 鵜丸は受け取ったものをカバンに入れた。教科書も入ってるので少々カバンの中が窮屈になった。


「あいかわらずだねぇ………お兄さん。」

「そんなに飲めないくせによく飲むんで困りますよ、ほんと………。」


 鵜丸はため息をついて笑った。


「まあ、兄貴のほうによろしくと言っておいてくれよな。くれぐれも料金振込み忘れないようにって。」

「はい、わかりました。」


 鵜丸は頭を下げて、裏口から出て店を後にした。

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