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O3

第1話 とある武器屋の話

 ただいま西暦は三千年ちかい。何回か人類の滅亡説を耳にしたが何一つあたらず、今に至る。


 異能力が現れても世界は回り続けている。

 もはや、世界に国境などはほとんど意味をなさない。地球の裏側へ今ならたったの三時間でいけてしまう。

 和名、洋名が混在するのも、だいたいみんな2つ以上の言語が話せるのも当たり前になった。


 時間が立てば何もかも変わる。

 ただ、変わってないことは一つだけ。

 世界は、「白」と「黒」があるからこそ回り続けている―――


 ***

「よっ。まいどありぃ。」


 客の背中を見送って、カウンターの男は名簿をパラパラとめくった。名簿には人の名前や何かの金額がずらりと書き込まれている。


「てんちょー。今月どうですかぁー」


 カウンターの男にかわいらしい声で話しかける女がいた。水色の髪を後ろでひとつにまとめて、男のことを店長と言っている。

 棚から新しい銃弾の箱を下ろしているのはおそらく、アルバイトだろう。年は十代後半か二十代にさしかかりくらいだ。


 店長と呼ばれた男は名簿の数字に眼を凝らして、計算を始める。またたく間に男の頭のなかで様々な士気が飛び交い、ひとつの終点にたどり着いた。


 計算はこの男の得意分野だ。

 この男の特殊能力の「演算」を駆使して今月の統計を取った。


「今月はいい具合だな。」


 悪くない売り上げに満足そうにこの武器屋の店長、リボードは名簿を閉じた。アルバイトの切島 泉も納得そうに頷いた。


 リボードは「演算」、ただ計算がはやいだけで、泉は半径1メートル内の物を引き寄せられる。

 人の顔や性格、体格が違うように、能力もにたようなものがあれどほぼ一致するというの極々希だ。


 もちろん、能力の優劣だってある。


 うまく使えばそれなりに便利だと二人は思っているが、自分達の能力はどちらかというと「弱い」ほうであった。高火力の炎を操るだの、電気を自在に纏うだのとは比べ物にはならない。


 さらにまだ世界人口の半分近くはこういった能力すらも持ち合わせていない。

 じわじわと能力者人口は増えているといえど、人類全員となるまでは時間がかかりそうだ。


 今や異能力社会において、ある程度護身用となる銃やナイフは合法となっている。リボードはふと、店の大部分の商品棚に置かれているスタン銃をぼんやりと眺めた。


 スタン銃は護身用品の鉄板である。実弾の銃よりだんぜん軽く殺傷能力も限りなく低い。護身を目的とするならばこれとちょっとした訓練だけで大丈夫とも言える。

 それ以外にもここはゴム弾、趣味としての射撃競技の銃や観賞用のアンティークナイフ。更にはサバイバルゲーム用のBB弾までもおいてある。


 銃の合法に伴い、娯楽射撃の人口は増加ぎみであった。そして、店の奥にもまだまだ商品を取り扱っている。


「しかも二件も大きな発注があってよかったですねー。黒字です」


 地面におかれた箱から、弾丸の箱をすすっと引き寄せ泉は手に取った。

 彼女はちょっとしたものならだいたい引き寄せられる。彼女いわくちょっとの範囲は自分の体重までとの事だ。泉は手に取った弾丸を商品棚に並べていった。


「大きな発注は嬉しいもんだよ。余ってる在庫も一気に叩き落とせるし。」


 リボードは売上の名簿を置いて、今度は黒いファイルを手に取った。

 そこに書かれているのはアルファベットの羅列。一目見ただけではただの文字化けかと思ってしまう。

 しかしリボードはううんと、うなり「どうしよっかなぁ……」と、何かをボヤいている。


 この羅列になやんでいるのではない。そこに書かれた内容について悩んでるようである。

 この羅列はある一定の方法で読むことにより、文章としての意味を持つ。


「どうしました?」

「入った注文なんだけどさぁ……これがちょっとなかなか手に入りにくて……。」


 この黒いファイルは注文品のリストだ。

 泉もその事は知っているが中身は見せてもらったことは無い。

 まぁ、見ても分からなそうだからとくに気にしてない。


「どういったやつなんですか?」

「貫通弾さ、ただ普通の貫通弾じゃない。軍が使っている検問とかにも引っかからない特殊加工の。まず正規ルートには絶対に出回っていないやつ。」


 泉はたまに注文の内容をここまで言ってもいいものなのかと思ってしまう。

 たまにとんでもないものまで取引してるのでちょっと心配になる。


 そんな彼女の気持ちなど知らずに、リボードはなにか別のファイルと一緒にそれを読み比べたりしながらブツブツと何かを言っている。


「ところで、発注先はどこですか?」


 商品の納品を終えて踏み台を片付けながら泉はこんなことを口にした。普段ならばこれは聞いても教えてくれない。

 聞いた理由は本当になんとなくなので教えてもらえなくても困らない。


「うーん…………まあ、ここならいいか…」


 リボードは1度ファイルを整理して棚に戻し始めた。


「あの例のお得意様だよ」

「……ああ」


 2人はこの言葉だけで発注先がどこか判断できた。

 今回の大口発注のうちの1件はここからのものである。ここなら言ってもいいとはこういうことであったか。泉は納得した。


「と、なると。やっぱりあの子からの注文ですか?」

「いや、今回は彼の方からの注文さ。武力の全面的強化のためだって。」


 代名詞だけでも、ご贔屓さんの顔を思い浮かべることは容易であった。


 リボードはファイルを全て片付け終えると、カウンターの脇に置いてあったメモ用紙を1枚乱雑にちぎった。


「あ、やべ。」


 雑にちぎったので上の方が結構残ってしまった。だが、これだけあればまあなんとかできるだろう。

 リボードはボールペンを手に取ると、そこに数字を殴り書き始めた。泉はただ、その手元をカウンターに凭れてみいる。


 しばらく、ボールペンの走る音だけが響く。

 その間、数字はたされたり掛け合わされたりされ、殴り書きはどんどん増えていく。


「ざっとみて、大体の相場がこんなもんか……」


 リボードはボールペンノノック部分をカウンターに叩きつけてペン先をしまって、メモの端切れを泉の目の前にずいっと差し出した。


「………だいぶしますね…これ」

「しかも物だけの値段だ。そっからいろいろ手引きを考えると……もっと上がるかな。」


 メモをみた泉の顔は苦笑いだ。

 泉はアルバイトの身であるため、こういった取引関係は手伝わせて貰えないが手に入れるためにとにかく資金やルートの確保に手を焼くのは想像できた。

 だが、リボードはとくに不安などはないようである。


「一応金は今あるし、向こうはかかった金額の倍は払ってくれるってことになってる。だから取り敢えず見積を連絡しとこうかなって……」

「へぇ……」


 泉は他の商品の納品をするために踏み台を持って倉庫に入っていった。

 リボードはメモ用紙にまた何かを書き込んでいる。今度は計算ではなく何かのメモのようである。


「うーん……つかえるならどこか……」


 そうボールペンを手に取りながらズボンのポケットに手をのぼし、そこからタッチパネル型の携帯端末を取り出した。

 いくつかの操作をし、電話帳を開く。電話帳の画面をスクロールして、電話帳のある所でその動作を止めた。


 そこにはとある人物の端末とつながるための番号が表示されている。その番号へと電話をかけようしたとき、店の扉が開いて誰かが入ってきた。


「おー……いらっしゃい」


(電話は後でかけるか……。)


 そう思って端末はカウンターの上に置いた。

 入ってきたのは男が1人。黒のジャケット着ている。ジャケットの下も黒で全身が真っ黒だ。顔はマスクで半分は見えない。

 しかし、見た感じ初来店といったように思えた。


 男はリボードの呼び掛けにも反応せず、入口のすぐ横の商品を眺め始めた。

 客がいる前で電話をする訳にはいかないだろう。リボードは仕方なくその男をしばらく見たり、カウンター脇に置いてある細々とした部品をいじったりしていた。


 カウンターに置いてあるのは銃のカスタマイズ用のパーツである。指にフィットするようにしたり、付属のパーツを軽いものに変えたりできる。最近は花柄などおしゃれ思考のものまである。


 だいたいこの辺りの発注は泉に任せている。

 女の子はこういうことにこだわりたいらしい。


 その箱を積み上げたりして暇を潰していた。

 すると、男がカウンターに向かって歩いてきていた。


 会計でも済ませに来たのだろう。

 しかし、リボードはこの男が商品を持っているようには見えなかった。


 ならばなにか注文だろうか。だといっても、注文ならもっと馴染んだ店で行うだろう。

 少なくとも、この男をリボードは見たことがない。まして、この辺りにすんでいる訳でもなさそうだ。

 この辺りに住んでいる者ならリボードはだいたい知っている。様々なルートを駆使してこの街で生きているのだ。


 この街に住んでいると話せばだいたいひきつった顔をされる。よくこんな所で生きているなと。

 そう言われる要因はこの街の住人なら痛いほど知っている。いや、この街の住人でなくとも皆知っているかもしれない。それだけ有名ということなのだろう。


 リボードはこれが住民として喜ぶべきなのかそうでは無いのか決めかねていた。


 リボードが男に要件を尋ねようとした時、そいつはジャケットの内ポケットから拳銃を抜いた。


 パンっと、拳銃から弾丸が放たれことを示す軽い発砲音が響く。


 だが、弾を放ったのは男の拳銃ではない。

 放たれた弾丸は男が拳銃を持っていた右手を貫いていた。


 その手に取られていたはずの拳銃は鮮血と共に宙を舞っていく。

 驚いた顔をした男の視線の先には、弾丸を放った回転式拳銃……いわゆるリボルバーを構えて、まるで子供が悪戯を成功させたようにニヤリと笑うリボードの姿があった。


 都心から電車で1時間、大きくも小さくもないこの街「アウトシティ」。

 ここは世界規模でみても大層治安の悪いことで有名であった。


 食い逃げ、窃盗、喧嘩、集団リンチ、なんぞは毎日。殺人事件もどうこう騒ぐものもいない。

 大きな通りから少し外れただけて、そこには昼間から酒を飲み倒しているホームレスやチンピラ。奇声を上げながら血走った目で暴れる薬物中毒者。さらには獲物を狙うスリの子供まで。


 世の中の「あちら側」の人間でごった返している。


 この辺りにこういった「武器屋」多いのもこういうわけである。護身をする術を持ち合わせてなければ次の日には死んでいると言うものがいるほどだ。

 泉だってスタン銃と小型ナイフをいつも持ち歩いている。


 警察はどうしてるかと言われても、きちんと任務を遂行しているやつを探すなんてどれだけいるかわからない。


 それでも、リボードはこの街を立ち去ろうと思ったことは今までになかった。


 リボードは男が拳銃を撃ち落とされて戸惑っているうちに、彼の右足に1発鉛玉をぶち込んだ。

 男が呻き声を上げその場に蹲る。足を撃ち抜いたのは逃走されないためである。


 ちょうど泉が何事かと、焦った顔をしてバックヤードからでてきた。

 出てくるなり、手と足から血を流して蹲り耳障りな呻き声を上げる男と、ニヤリと笑っているリボードを交互に見比べている。


「泉ちゃん、倉庫からガムテープ持ってきて」

「え、あっ!はい!」


 泉は挙動不審のように、ぎこちない余分な動きをしながら慌ててまた倉庫に引っ込んでいった。


「いやー、悪いね。リボルバーはいつもカウンターの下にしまってあるのさ。…………全部とまでは言わないけど 大体の店がそうしてる。せっかくだし覚えときなよ。」


 おそらく、この男は強盗でもやろうとこの店に押し入ってきたのだろう。

 リボードが男に声をかけても、蹲ったままで顔をあげようとはしなかった。手と足を撃ったくらいでは死なないと思うが、止血くらいはしておいた方がいいかもしれない。


 リボードは静かに男の方にカウンターを抜けて歩いていった。

 リボルバーを持ったまま近づいてみたが、男は完全に戦意喪失というところだった。もう反抗する様子はない。


「ああ……あとひとつこれも覚えておいた方がいい」


 カウンターにリボルバーをいつでも手に取れる場所に置いて、胸ポケットに入れてあったタバコを取り出した。

 箱に残りはそんなに入っていなかった。そろそろ買いに行かねばならない。1本取り出し口にくわえ、ライターでそのタバコにに火を付けた。


 タバコ特有の匂いが辺りに漂う。

 あまり中では吸わないようにしているが今日ぐらいはいいだろう。


「襲う獲物はゆっくりと選んだ方がいい。」


 リボードはふうっと、体に溜まった煙を吐き出して静かに言った。


 世界が「白」と「黒」でできているならば、ここは世界の「黒」というところか。


 黒く血で濡れた世界は弱いものはあっという間に消えてしまう。


 死にたくなければ、殺してでも生き残れ。


 こんに騒がしくて物騒な街でも、リボードは生きているあいだはここに居たいと思っている。


 ここに存在し続けるために、襲ってくる猛獣たちを一匹残らず撃ち抜く。

 生きることに貪欲であれ。


 昔の友人がそんなことを言っていた。


 リボードがふぅっと、煙を吐いた。

 その吐いた紫煙は薄く広がって空気と混じり消えていった。

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