十年一昔

救急車の音が聞こえる。

私はもう慣れた。

私は田舎育ちのせいで、救急車だったりドクターヘリに敏感だった。

田舎では、野次馬がすぐ集まってしまうほど敏感なのだ。

私はそんな田舎が大嫌いである。

かといって都会がそんなに良いのかと言われたらそうでもない。

なぜなら上司に毎日、毎日と頭を下げ媚び諂う生活だからだ。しかし、あんな田舎に比べたらましだと心に言い聞かせていた。

私は今日、運命の日を迎えることになるとは思ってもいなかっただろう…


「ガタンゴトーン」「ガタンゴトーン」

毎日、巨大な鉄の塊に乗り痴漢に間違われないように細心の注意を払う。

今、私が向かっているのは会社である。


私は、ついこの間まで「妻」「娘」という存在と共同生活していた。

しかし、私のこの性格が災いしたのか、「妻」そして「娘」にまで愛想をつかされてしまった。

1人で起き、1人で洗濯、1人で鍵を閉め、1人で鍵を開け、1人で風呂、1人でご飯、1人で眠る。こんな生活はもう17年ぶりのような気がする。

幸い妻は私より稼ぐのだ。

養育費などいらないと言ってくれたのは

不幸中の幸いと言うべきか

もう関わらないでという意思の表れなのか。


「はぁぁ」と溜息をつきながらも会社に行く。どうせ、また上司に何か言われるのであろう。そう覚悟して会社へ入っていく。


「せんぱぁーい」

この声こそが私の足を引っ張る存在である。

25歳の新人部下である。こいつのせいでどれだけ私が怒られたことだろう。多分、足の指まで使っても数え切れない。

「部下」は使えないのだ。

名門大学を卒業しているくせにと

陰では言われている。

しかし、私はその悪口に参加することはできない。

なぜなら、昔の私を見ているようなのだ。

私は田舎の両親の反対を押し切り

皮肉にも「部下」と同じT大に行った。

しかし、入社した会社では自分の才能を生かすことが出来なかった。

私自身よく自分の悪口を聞いたのが懐かしい。


今日も上司には嫌味を言われ、部下の責任を負った。もう5時が近いので皆、帰る準備をしている。会社を出ると外には茜色の空が都会の狭い空にあった。夕焼けを見るのはいつぶりだろうと大嫌いな故郷を思い出してしまった。歩いて帰っているとどこからか、とても懐かしい歌が聞こえてきた。


菜の花畠に入日薄れ

見渡す山の端霞深し


トクン、トクンと胸が急に速く拍を刻み出した。その音の主さえ探すことが出来ない迄に胸は締め付けられた。

私はツーと頰を伝う涙が出たことさえ気づくことが出来なかった。

私は思い出した菜の花の色、空の色、赤とんぼの色、クワガタの色すべての色を。

都会には新しい見たこともないような色が沢山あったけれど、私は懐かしい色のほうが好きなのかもしれないと心の奥底で思い始めた。それからドミノ倒しのように都会が倒れ田舎がより一層恋しくなってきた。大嫌いな田舎のはずなのに…

私は退職届を出した。

私は買った、一方通行の切符を。

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