第49話 だから選んで

 こんなのってない。

 幸せは、失ってから初めて気づく。よく言ったものだ。いきなりよそよそしくなったサハラのことを、わからなくなって、考えるのをやめた。

 上級公務員に内定したのだから、級の違う自分のことなんか眼中にないのだと、そう思うことにして。


 だけど、傷ついていないなんてことはあり得ないと知っていたはずだ。考えがあってのことだともわかっていたはずだ。

 例えば二人で協力してのカンニングを疑われることを恐れた。

 あるいは本当に、無意識のうちに魔法をかけてしまう危険性を回避するため。

 もしくは、いずれ自分より上にいくサハラが、なにかを成すために。


 今みたいに、助けるために。


「――シオン、生体反応確認!早くユイさんのところへっ!」

「……!」

 死んだ訳じゃない。

 この婉曲的な表現に、どれだけ光を見いだせたか。

 シオンが駆け寄ると、倒れ込んだサハラはかすかに息をしていた。

 そして。

「無事か……?」

 サハラはゆるゆると目を開けて、あろうことか他者の心配。加えてふっと笑う。

 こちらの気持ちも知らずに。

「……こっちのセリフだ」

 まだまだ攻撃は止んでいない。

 それでもこの一瞬だけは他の音は聴こえず、そして、束の間の安堵を噛み締めた。

 生きている。それだけでよかった。

「……サクヤが帰ってきた。シオン、見てやってくれ」

「なっ!」

 確かに身体が軽い。サクヤを支える魔力を行使しなくてもよいからだ。

 離れたところには、確かに古城朔夜の姿があった。

 呼吸は確認できる。

「シオン離れて。簡単な浄化魔法、念のため、使います」

「おお、頼む」

 むくりと起き上がったのか、足を引きずる音がした。

「……生きてたか、悪運の、強い――」

 タイミングよく、サンゴの魔法が完了した。

「勝手に、殺さないでよ、ユイ……そっちのほうがどうみても重傷でしょ」

「おまえが、派手に飛び出てこなかったら、こうは、なってない」

 二人にしかわからない絆がそこにあった。そして、シオンが探していた人物は付近にいなかった。

 空気を察したのか、魔法少年たちは面持ちを変える。

「……どうだった、エリーは」

「……止めて、と。言ってました。ごめんなさい。ぼくは連れて帰ることができませんでした」

「いや、生きて帰ってこれただけでも御の字だろう。カヘンもついていないようだし」

 プラスに考えよう。あれだけの濃度のカヘンに突っ込み、無事に帰ってこられるとは、シオンは思っていなかったのだから。

「ん?そういやおまえ、なに持ってんの」

「え?」

 朔夜の手には、紙片が握りしめられていた。

 言われてはじめて気づいたらしい。

「それ……今では失われた魔導書だ」

 血相を変え、サハラは震える手を伸ばす。

「広げてみてくれ」

「あ、うん」

「…………」

 目を走らせたサハラは、深い息をついた。人間臭い顔だった。

「この状況を打開できる魔法が描かれている。今では失われた魔法。ただでさえ高難度だがたぶん、唱えるだけで、できるだろう。一回限りの、魔法道具という形式でエリーと一緒に召喚されているから」

「……どんな魔法なんだ」

「詳しい説明は省くが、カヘンは回収できる。ただし、エリーの記憶はなくなる。どこまでなくなるかはわからない。カヘンが取り憑いたときかもしれないし、魔法少女となってからかもしれない。少なくとも、私たちのことは全て忘れる。そして、この魔法には、代償が必要だとある」

「どんな」

「魔法をかけられたものが持つ、術者に関しての記憶。これに関しては、今後一切戻らない」

「どうせ魔法世界のことを吹聴されたら困るんだ。いくらでも、俺がその魔法かけてやるよ」

「そしてこの魔法は!」

 遮るサハラ。声が震えていた。

「生粋の魔法使いが使えば死ぬ。魔法少女、あるいは魔法少年なら死ぬことはない。耐えがたい苦痛に襲われるものの」

「……自分のパートナーに命すらかけられねえでなにが公務員だ!」

「だがおまえが」

「大丈夫、他に、方法がないんなら、ぼくは」

「ありますよ、他に、方法」






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