第46話 求めよ、さらば与えられん。
荒い息づかいだけが空間に広がっていく。
ふらつく足を叱咤して、古城朔夜は踏ん張った。
相対する少女は目に見えて動揺する。
「苦しみの魔法かな?あれだけの連続攻撃、されるとは思わなかったけど…………」
魔法少女エリーの実力以上に、魔法の腕は段違いだった。それでもすべてを受け止めた。
真正面から。
「…………どうして」
「ん?」
「どうして、立ってるの!」
少女の前には、生傷だらけの男性の姿があった。
苦しみの魔法は外傷だけでなく、中身も傷つける。立っていられるはずがない。
「うん、正直言ってさ、だいぶきついよ?体もそうだし、すごく気持ち悪い感じがしてるし、いろんなところが痛い。けどさ」
咳き込みで一旦言葉が途切れる。
しかし唇をぬぐった古城は瞳の色を消しはしない。
「これは、枝里子さんの苦しみを魔法に転換したものでしょう。なら、今まで枝里子さんが背負ってきた苦しみだ」
「…………だから?」
「一緒に背負うよ」
雷鳴がとどろいた。
「私はあなたのこと、多分しあわせにはできない。あなたも私のことを幸せにするって言ったら、無責任だなって思う!」
「確かに僕には、絶対に幸せにしますって、根拠なく言いきれないし、約束できない。でも、一緒にいたら、二人で幸せになれると思う」
「嫌になって離れてくぐらいなら、最初から近づかないで!不幸せになんて、お互いなりたくないでしょう!!」
「たとえ不幸せになっても、また二人で幸せになろうって思えると信じてる。――――だから」
古城の腕に、少女はすっぽりおさまった。
「一緒に、生きよう」
雷が落ちて床を焦がす。
「サンゴ・エイ!現状は!?」
「こちらの防御はもってあと十分!シオンの魔力が持つのがあと五分ってところですね」
「言ってもサハラの魔法具もそろそろ尽きるだろ?」
脂汗がシオンに浮かぶ。サクヤを送り込み、維持しているために莫大な魔力を消費しているためだ。
憑依魔法の最高到達点。他者を別の第三者に憑依させる。本来はチームを組んで憑依のかじ取りに専念するほどの難度だ。少なくとも、こんなふうに動き回りながらやるものではない。
「サンゴからの魔力供給も受けてるけど、なかなか厳しいな」
こんな状況でも、シオンは笑っていた。
「……悪いが、役所からの援護は期待できそうにない。来てもすべてが終わったあとだ」
「もとからあてになんかしてないさ。俺にはお前がいてくれるだけで十分だ」
サハラの役割は防衛ラインの死守だ。自陣の綻びかけた防御個所を適宜補修する。カヘンが部屋から漏れ出そうになると、即座に牽制の攻撃をする。
一瞬補修のタイミングが遅れた。防衛ラインに問題はない。
「俺たちだけじゃ、この部屋に抑えられなかったからな」
絶対的な数の問題だ。人手不足。
だけどなにより。
「買いかぶりすぎだし、それが遺言のつもりなら、私は許さない」
「大丈夫、死ぬつもりは……」
異変に気付いたのは同時だった。
閃光がいくつも放たれる。
「防御魔法、最大限展開!ユイさん、援護を!」
「了解。シオン、目を閉じろ!!」
腕の中にいた人物は、冷たくなっていた。
さきほどまで、確かにぬくもりがあったのに。
「え……」
古城の目の前で、幼さの残る枝里子は後方を指し示す。
「後ろに、なにが……」
すでに瞳は閉じている。それでも微笑んだ。ような気がした。
ふっと身体が軽くなる。
声をかける間もなく、彼女が崩れ落ちて消えた。
「そんな……!」
『うるさいよ』
『たかが一人消えたくらいで』
『わたしたち、死んじゃうの?一人になるの?』
『どうせこのひともどこかへいってしまうんでしょう?』
子ども、学生。四人の片岡枝里子が、思い思いの表情で佇んでいる。
『私たちを受け入れる余裕なんてないでしょう?』
『私たちは切り離された枝里子だから』
『苦しみから逃れるために苦しみだけ切り離したから』
「はは、さすがにこれだけを一人で受け止めるのは無理だよね」
『……やっぱり』
「でも、受け止めないとは言ってない」
古城はポケットからコインを取り出した。
「枝里子さんだったら、使う価値がある」
『いったい何?』
『何かを決めるとでも?』
「うん、表が出たら、なんでも願いが叶う魔法。反対に裏がでたら、かなりの副作用が伴うけど」
『やめてよ』
『私にそんなことされる価値なんかないから』
「そういうこと、言わないで」
コインが高く飛ぶ。
「表」
『裏』『表じゃないわ』『たぶん裏よ』『あなたには悪いけれど』
古城が手をどけると、四人の予想が外れた面が上になっていた。
「残念、表」
同時に、四人の枝里子たちと同じ世代の古城が現れる。
『いったい』
「支えるかもしれないし、反対に枝里子さんに支えられるかもしれない。僕もつらいこと、苦しいこと、哀しいこと、たくさんあったから。今でも思い出したら涙がでるようなこともあるから。わかりあえるかもしれない。だめかもしれないけど、わかろうとはしたいから、こういうふうに願った」
四人の枝里子は一斉に道を指し示す。
そこに、今の枝里子がいるはずだ。
「僕はどこにも行かない。一緒に帰ろう」
古城は一歩踏み出した。
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