第45話 私が欲しいもの???

 あの人は、ストーカーに襲われた私を助けれくれた。

お礼をさせてほしいといってお茶に行って、男の人が怖くないことを知った。

怖いと言えば、距離をとって歩いてくれた。優しくしてくれた。

それがある日、突然に崩れた。


そう。

 私は。

 乗り越えてなんかない。ただ、しまいこんでいただけだ。


「みなさんを転送すると同時に、エリーさんの防御魔法を解呪します。タイミングは、サハラさん、任せましたよ」

「了解」

「準備はいいですか?」

 閉じられていたシオンの眼が見開かれる。

「もちろんだ」

「では、行きます!」

 分からない。彼女の心の闇が一体何なのか。

 身体が引っ張られる。

 乗り物酔いのようなふらつきを覚えて、自分たちの時間に戻ってきた。

 身体を馴らす間もなく、襲い掛かる衝撃波。

「させません!」

 サンゴの神速で防御を構築する。速度も硬さも一級品。弾かれる攻撃。

「エリーさんの防御魔法……部分解呪!」

 エリーだったものの身体が光る。

 彼女が着ていた服の模様が一部点滅した。

「マノ!」

 サハラの瞳がきらめき、エリーの動きが止まった。

「っしゃ、いくぞ」

 ノーモーションで魔法がかけられる。

 とろりと冷たいものを飲み込んだ感覚。

「走れ、サクヤあああ!」

 思い切り走って。走って。

 分からないものに手を伸ばす。

 苦しんでいるひとを、助けたくて。

「枝里子!」

 だからごめんね、お邪魔します。

 手がするりと飲み込まれる。

 サクヤはエリーにぶつかることなく、彼女の身体へ吸い込まれた。



 一人ぼっちだと、かんじるの。


 声が直接響いてきた。

 辺りを見渡すと、かっとまぶしくなる。

 誕生、幼少期、少女期、学生時代。

 時系列もばらばらのピースが襲いかかってくる。

「っあ!!」

 記憶の本流に飲み込まれる。

 頭で処理できないほどの情報に、脳みそが追い付かない。

 それでも確かに言えることはある、

 ここは、きれいな記憶しかない。

 心の闇を。

 探さなければ。

 サクヤはまとわりついてくる記憶を振り払い、深部へと泳いでいった。

「……泣き声?」

 声のする方へ進めると、突如足をとられた。


 明け方。

 一人寝の冷たいベッドで、ただただむなしくなる。

 ここには誰もいない。

 抱いてくれる人はいない。


 ごぽごぽごぽ。


 私は独りぼっちだ。

 どうしようもなく。

 五時の時報がなって、みんなが帰って行って、一人公園に取り残されたみたいな。

 そんな寂しさ。

 ねえ、どうして。

 私の隣には誰もいないのだろう。

 どうして、みんなは楽しそうなのに、私は楽しくないんだろう。

 ねえ、どうして。

 昔やりたかったことは覚えているのに、今やりたいことは思いつかないんだろう。

 ねえ、どうして。

 あのときの熱量どころか、今の心と体がこんなにも冷たいんだろう。


 やめてくれやめてくれやめてくれ。

 持っていかれる。

 思考が塗りつぶされる。

 こんな思いは、したくない。

 こんな感情を知りたくない。


 誰でもいいからそばにいて。

 誰でもいいから私を愛して。

 誰でもいいから誰でもいいから私を愛してくれたらだれでもいいから。

 お願いだから一人にしないで。


「誰でもいいわけないだろう!」


 誰でもいい。私を好きでいてくれるならだれでもいい。


「そんな人間は、未来永劫でてきやしない」


 誰でもいいのに。


「そんなことをいう人間を心から大切にしてくれる人はいない」


 誰でもいいのに。


「だったら」


 誰でもいいのに。


「自分で自分を愛して見せろ!」


 私が嫌いな私のことを認めてくれて価値を見出してくれて存在証明を担保してくれる誰かは、私以外なら誰でもいいのに。


「僕が愛する!」


 声が止んだ。

 セミロングの持ち主は、ゆっくりと振り返る。

 カジュアルなスタイルの彼女とは違った雰囲気なのは、ワンピースを着ていたからか。

 それとも。


「……あの人も、そういうことを言って離れていった」


 涙を一粒こぼしながら、血走った眼と、切れた唇が痛々しい。

 今よりも幼さが残る片岡枝里子が、にらみつけていた。


「……ドゥッカ、ヴィパリナーマ、サンカーラ」


 苦しみの呪文が、立て続けに放たれる。



「――――まずい!」

「サハラ・ユイの防御、優先します!シオン、衝撃に備えて!」

 細かいことは聞く暇がなかった。

 サハラはのけぞり、大きく弾かれる。

 シオンが走り込み、受け止めて勢いを殺す。

 それでも強かに背中を打ち付けることとなった。

「……一体、なにが」

 サンゴか防御を張っていてもこの威力。とっさに背中を強化したが、なにもなければ背骨はくだけていただろう。

「……エリーがサクヤに攻撃したんだ。そのエネルギーが、術者の私にもきたってところか」

「でも、あいつがエリーのココロにはいるための直接の魔法は、俺の憑依……」

「どうして自分に返ってこないのか、不思議そうですね、シオン。間接的攻撃魔法の重ねがけは例外なんです。複数の術者が連続して一つの対象に魔法を使い、打ち破られた場合、

 ダメージはすべて最初に魔法を使った術者へ跳ね返ります」

「じゃあサハラが……!」

「ただ、直接やりあってるのはサクヤだ。わたしは奴が受けたダメージの何分の一かを遅れて受ける。予測もできるから対策もたてられる。知らなかった訳じゃない」

「それでも、おまえは……!」

 ここまでぼろぼろになりながら、働く義理はないだろうに。

「わたしの命より!パートナーのことを考えろ…………このままじゃ、あの二人、死ぬぞ」

 鈍っているとはいえ、エリーだったものはまだ活動している。

「………下手したら俺たちもな」

「じゃあ、どうする?」

 決まっている。

「生きるために、為すべきことを為すだけだ!」




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