第44話 私がほしいもの
大きくなったら、普通に進学して、恋人ができて、就職して、結婚するんだと思ってた。
勝手に大きくなるみたいに、勝手に人生のステージが上がっていくものなんだと思っていた。
別にそんなことはなかった。
あったのは、まわりよりも低い位置にいる自分だった。
「防御魔法展開!――だめです、押し切られます」
「あきらめるな、サンゴ・エイ!私はサクヤの部屋に書き込んでいたスペルを防御に転化し一斉励起させる。マノも三○
「その手があったな!分かった。こっちも一斉励起させる。サンゴはエリーの部屋の防御を厚くしてくれ」
「了解!タイミング合わせて展開します。サクヤさん、衝撃に備えてください。みなさん、大きいのが来ます!!」
衝撃波。
古城朔夜はへたりこんだ。
今まで戦った異形の怪物とは比べ物にならないほどの攻撃力。
衝撃がやんだ。
魔法使い二人は足を踏ん張り、しっかりと立っていた。
「防御成功!外界には気取られていない」
「っしゃ、全員けがもなし。上々じゃねえか」
だけど、それは耐えただけ。
「そうやって油断をしてたら足元をすくわれる!」
攻撃こそ最大の防御。
サクヤの腕が勝手に動き、ダーツが投げられる。
弾かれた。
不可視の壁は、魔法の類に他ならない。
「防御魔法?サンゴ・エイ、まさか魔力の流し込みを?」
「してるわけないでしょう!?――計測完了、エリーさんのステータス、みなさんに共有します」
脳内に流れ込んでくる。
それは、防御魔法で覆われたエリーだった。
「これは――」
防御の魔法はサンゴの先輩特許。誰もがそう思っていた。
「今までサンゴに張ってもらった防御魔法を、すべて自分のものにしてるってのか……!」
「マノさん、どういうことですか!」
「早い話が、魔法少女として活動してた間、サンゴがかけた強化魔法があっちにそのまま引き継がれてるってことさ!カヘンが巣くっていて魔力をくすねてたんだ、くそっ!」
「カヘン濃度、計測不能!魔力はさながら永久機関のように沸いています」
「ほんっとふざけたラスボスだ。マノ!魔法少女の契約を破棄しろ!」
「できないんだ、あっちが契約破棄を拒否している!!」
「っくそ!」
悪態をつくサハラは、目に力を籠める。
彼女の専門とする魔法の予備動作だ。
「っつ」
「サハラっ!」
目を覆っているが、彼女の瞳からは涙のように血がこぼれていた。
「まさか、ユイ、弾かれた?」
「ああ」
「そんなバカな!サハラの魔法は防ぐ手段が数えられるくらい強力なんだぞ!」
「ですが現に、人心掌握も防御魔法で弾いてます。あの防御は一切の魔術的干渉、物理的攻撃を拒絶する。みなさん、魔力の無駄打ちは控えてください」
「ってもな」
一撃一撃が、重い。
「今までの戦闘スタイルが通用しねえぞ」
「一旦引きますか?」
「そうだな」
シオンとサンゴは阿吽の呼吸で話をまとめたらしい。
「引くってどこに」
「……リンネへ」
「なっ」
「それしか方法がありません」
「よし。サンゴ、頼めるか?」
「もちろん」
またも衝撃。
見えない壁が阻む。
「みなさん固まって。シオン、サハラさん。しっかりサクヤさんをつかんでいてください。もちろんお互いに手を握っていて。ふり飛ばされた着地点は保証できませんからね!」
大きな攻撃が到着しようかというとき。
閃光が発生した。
なにもない空間だった。
真っ白で、果てがない。
「ここは……」
「魔法世界、凶悪犯収容施設『リンネ』」
サクヤの問いに、簡潔にサハラが答える。
「そのなかでも、ここは特別室。時間の流れが外界と違うんです。懲役五百年とかいう刑期を、生きたまま全うできるようにね」
ゆっくりとあらわれ、ウェーブがかった髪の主は、にっこりとした。
「こうして会うのは久しぶりだね、シオン」
血のような赤い瞳と髪色は、苛烈な印象を植え付ける。
それでも表情と声音は柔らかかった。
犯罪者だなんて信じられないくらいに。
「なるほど、打開策を考える時間がとれるってことですね」
「まったく。勝手にここに連れてくるなんて、刑期が百年延びてもおかしくないけれど」
「かまいませんよ。あなたたちが生きて、エリーさんをなんとかできたら、私はそれで」
「……よくわからないけど、時間は無限にはないんだよね?本題に入ろう?」
「そうですね」
サンゴが主導する。
「単刀直入に言うと、みなさん個々の魔法では、エリーさんに太刀打ちできません」
「業腹だけど認めるわ。でも、問題はあの強固な防御魔法よ。サンゴ・エイ、あなたなら解呪できるのでは?もとはあなたがかけたものでしょう」
赤髪は首を振る。
「魔法少女の契約破棄同様、完全な解呪はエリーさんの同意がなければ不可能です。もちろん私も解呪処理をしてできるだけ効果を弱めるようにはしますが、それでも攻撃は通らないでしょう」
「あの防御魔法は、サンゴのであってサンゴでないからか」
「そういうこと」
「じゃあ、サンゴ・エイがエリーと対峙するとでも?」
「それこそできない相談ですよ」
「不可能ではない」
話についていけないサクヤへ、シオンが耳打ちする。
「ああ見えて、サンゴは長命の魔法使いだ。サンゴの世代は幅広く魔法を使える。今は失われた強力な魔法でもな。それをサハラは指摘してる」
「私でも、魔法の同時展開はできませんよ。エリーさんと対峙しようとすると、防御はがら空きです。みなさんを守りながら攻撃することはエリーさんの攻撃力をみると無理ですね。建物ごと吹っ飛ばすか、死傷者を多数出すか。それは避けたい」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「頭を使え、マノ。カヘン回収のときの基本を考えろ……」
「そりゃあ、魔法少女、あるいは魔法少年に力を借りての回収だけど……」
魔法使いと魔女、魔女の相棒の目があった。
「サクヤを、起点にするのか?」
「だが、ダーツは通らない」
起点。この言葉が、トリガーとなった。
「そうか、強化魔法の掛け合わせと、重ね掛け……」
「どうした?」
「あ、ごめんなさい、素人が。でも、ゲームの魔法のかけ方を考えてたら、浮かんできて」
「どんどん言ってくれ」
「はい。さっきサンゴさんが、防御魔法は弱体化できるかもしれないっていってました。そしたら、ユイの、人心掌握術を、エリーに使えませんか?」
「いいところついたね。だけど、サハラだけの魔法じゃ効かない」
「だけってことは、例えば、魔法を強化して、隙をつくるくらいはできるってことだな?」
「可能性はある」
「じゃあ、その隙をついて、ダーツを」
「いや、根本的な問題が、心の闇をあぶりださなければならない。私のやり方では通じなかった。なら、マノの採用していた方法で回収するべきだろう」
「じゃあ、どうする?あいつに言葉、通じないぞ」
「……シオンさんの、魔法は?」
「憑依魔法……あっ」
「そう。僕が防御魔法を弱体化させ、二人の魔法能力を最大限にまで強化する。サハラの魔法で隙をつくり、そこでシオンの憑依魔法を使って、心の闇をあぶりだす」
「俺が、エリーに」
「いや、サクヤくんのほうがいい」
「え?」
「あの防御魔法は、魔術的なものとの組み合わせが悪い。だったら、後天的な魔法使い、魔法少年であるサクヤくんが行ったほうが、成功率が高くなる」
「エリーの心の闇を、僕が探る?」
「うん」」
「やってくれるか?」
「もちろん」
「そして封印するんだ」
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