第43話 化変

 少しだけ動揺している。

 少し散歩をして、適当なカフェに入って。話をしよう。

 そしてまた、あの部屋に戻ろう。

 それでいいはずだった。

 そうしたら、まだ平和は続くはずだった。


「えりちゃん?」

 忘れもしない声に、はっと身を固くする。

 記憶と寸分違わぬ音程。

 そんなはずはないのに。

 恐る恐る振り返ると、記憶から少しだけ変わった姿があった。

「あ……………」

 予期なんかしていない。

 否定するために確認したのに存在が間違いじゃないと認識してしまった。

 頭が真っ白。

 言いたかったことはたくさんあるはずなのに、どれも言葉になってくれない。

「あれ、新しい彼氏?よかった、前に進んでくれて」

「片岡さん、この人は」

 張りつめた声に、あちらはどこまでもどこふく風。

「あ、俺、元交際相手。安心してよ、今度結婚するから、今さらどうこうならないし」

「………………」

 ひらひらさせた手には、指輪が光っている。

「それじゃあ」

 彼は足早に去っていく。

 こちらを一度も振り返りもせず。

 とっくの昔に過去の人。

 あなたにとっての私は、しょせんそんなもの。

「片岡さん?」

 いいたいことだけ言い放題で、こちらの話は聞かないんだ。

「…………片岡さん?」

 ああ、どうしてどうしてどうして。

 いまさらどうにかなると思っていたのだろう。

 こんな気持ちになるくらいなら。

 やっとつかんだ幸福がつかの間のものだったとしたら。

 いっそのこと、永遠にしてしまえ。

「ああああえああああ!!」


 私は片岡枝里子。そして魔法少女エリー。

 エリーでいる間は、私は正義の側だった。

 カヘンに溺れ、苦しみにあえいだ人を助ける側だった。だからそのときは、私はまともなんだと信じた。あちら側ではないと安堵した。


 そうやって、自分の立ち位置をごまかしていただけ。

 相手を下げることで自分が上なんだと歪んでいただけ。

 私はまともなんかじゃない。

 吹っ切れたわけでもない。

 未だに私は交際していたあのときのまま、時が止まっていて。


 だからいまだに、大人になれない。


 ――片岡枝里子が誰かにつけられていると思ったのは、小学生くらいのときからだ。とりたてて美人というわけではない。たぶん、おとなしそうで、かもになりそうだと思われただけだと思う。

とにかく、ストーカーには悩まされ続けた。

男性がこわくて、そして進学した女子校は、枝里子には空気が合わなかった。

それでも共学に行く勇気はなかった。


あの人に会うまでは。


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