第42話 魔法少女、開店休業。

「就職活動しようと思うんだ」

 粉末マサラを入れた紅茶をこぼすかと思った。

 古城の発した言葉は、それくらい、枝里子にとっては唐突な告白だった。

「お、いいんじゃないか?確かにお金は貯めとくに限るし」

「賛成。道を決めるなら早いほうがいい」

 しれっと会話に混じる魔法使いたち二人の態度は、想像とは違うものだった。

「いやいや、月影としての活動は」

 枝里子たちの活動は、自由がきく身分だから成り立っているようなものだ。古城が就職するのは、大方一日八時間労働、最低でも週に五日の勤務。

 今までのようにはいられない。

「大丈夫、カヘンの回収はあと一、二回で終わると思う。だから、エリーも月影も、そこで任務終了だ」

 待ちわびたはずなのに、あれほど解放を望んだはずなのに。

 喜べないのはなぜだろう。

「――嬉しくない?」

 気遣うようなサハラの声に、油断した。思わず本音がまろびでる。

「今の環境が、楽しいと思ったから」

「異常だとは思うけどな」

 シオンはフォローすることなく、まるで切り捨てるような。突き放すような端的な言葉に、どこかで傷ついている自分がいる。

 もちろん、こんな日常は一般的な三十歳とは全然違うとはわかっていた。

 分かっていて、楽しんでいた。

「まあ、あなたたち二人は仲良さそうで何よりです。どこかの誰かと違って」

 サンゴの声に一瞬空気が緩むも、枝里子の心は浮上しない。

「………………ちょっと、出掛けてきてもいい?」

 新鮮な空気を吸いたかった。

 だから、古城がそっと触れた手を、握り返した。

「もちろん、それは二人の自由ですから。私たちもまた別の仕事があるので、なにかあれば呼びますから、ゆっくりしてきてください」

 サンゴの返答を総意と受け取って、枝里子たちは部屋を出た。


気配が十分離れてから、魔法使いは口を開く。

「……………カヘンの進捗、報告書あげろってつつかれてる。何度も提出期限破ったしな」

「現状を報告するしかない。マノは?この仕事をしくじったらどうなる?」

「多分部署が異動になる。刑務課か、生活保護課に戻るか」

「よりにもよってその二択か」

 どちらもきつく、辞職者も突出していることで有名だ。志望して行きたがる新人はいない。

「それでもシオンは最初の配属で、十分に仕事をしていました。

 生活保護課での仕事のパフォーマンス、及び相談対応満足度はナンバーワンと聞いています」

「そこは安心しているし、向いているとも思っている。右にでるものはいないだろうから」

サンゴの言葉にサハラはあっさり首肯する。

彼女は滅多に人をほめない。なおかつ世辞も口にしない。それゆえ認められたようだった。

「それならいいけど」

「まあ、なるようにしかならない」

「腹くくるか」

 そんなときだった。

 警告音が鳴る。

「カヘン反応、あり!」

「地図、映して、場所特定!」

「……っ!この近くだぞ!

 どうする、サンゴからすぐに二人に知らせて、俺たちも合流して」

「…………いや、待って、シオン」

 カヘンの位置が、リアルタイムで示される。

 そこにあったのは、見知った人物だった。

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