第41話 サハラとシオン2
シオンが公務員試験に合格した。
そんな一報は、瞬く間に学院中を駆け巡った。
何しろ途中まで赤点続出。使える魔法もいわゆるハズレ。それが中級とはいえ公務員として働くことが決まるなんて、魔法世界のシンデレラストーリーだ。
特に、使いどころに困る魔法の持ち主たちにとっては、大いなる希望だった。
元々彼は、使える魔法の関係で、ろくな就職はできないだろうと値踏みされていた。イコール、『わざわざ人付き合いをするメリットがない』。だから学院の中心的人物たちから声をかけられなかった。
弱い立場の同級生も、縁故を狙うなら、やはり優先するのは成績上位者か由緒正しい家系だ。
シオン・マノに、性格面の難はない。
だから就職が決まると同時に、交遊関係は広がっていった。
「合格おめでとう、マノ」
「ありがとう。サハラのおかげだ」
「あとは卒業試験だけだ。ここでやらかしてくれるなよ?」
「もっちろん」
サハラ・ユイは、ペーパー試験の首席であり続けた。そして、シオン・マノの試験対策を買って出た。
試験対策だけではなく、いろいろな話もした。
「……それで、サハラの進路は」
「安心して。マノに心配される筋合いはないから」
わざと突き放すように、サハラは合格証書を見せる。
「公務員上級……すげえじゃん!一発合格はなかなかないんだろ?」
「らしいね」
「やっぱすげー……俺、やってけんのかな」
「シオンなら、大丈夫」
本心から、そう告げる。
彼は驚きを隠せないようだった。
「大丈夫。いろいろな人に助けられて、シオンは誰かを助ける魔法を使うことができる」
「それを言うなら、サハラだって」
「私は、私を守るためでしかないから」
人心掌握。悪者と見なされやすい魔法であるから、一番対極の位置に留まり続けたい。
幼少期に出した答えが、公正さが要求される公務員となることだった。
「俺は、サハラが、私情に飲まれない人間だってことを、よく知ってる」
そういうことを言うのは、やめてほしい。
「私は、今この瞬間にも、シオンに魔法を使っていないか、確認する術がない」
「俺は自意識を保ってるから――」
「本当に?」
本当に?
自分が自分の都合のいいように、誰かを操っていないと、本当に言い切れるのか。
「ずっと考えてた。声をあげてくれたあの日から。優しくしてくれるたびに、考えてた」
「俺が証明し続けるから、だから」
「私は自分で自分の魔法を制御できているか自信がなかったから、誰とも仲良くしなかった」
「………………」
「だから、本当に仲良くしたい人とも、こんな初歩的な問題に直面している」
「サハラは、強い。自己を律せる。倫理観も、困難に立ち向かう力も。自分の魔法を制御することも!」
「過大評価だよ、マノ」
怖かった。怖かった。
だから数字に固執した。
「……なにかできることは」
「ない。……いや、あるか」
これは前から決めていた。
「これからは、私と一定の距離をとってほしい」
それが、書庫での出来事を、きれいな思い出のまま閉じ込める唯一の方法だ。
「……それが、サハラの望みなら」
「助かるよ」
「じゃあかわりに俺のわがままも一つ聞いてくれよな」
「…………一つだけなら」
「俺は、サハラのことを、ユイとは呼ばない。これからも、サハラって呼ぶ」
「………私はマノって呼ぶよ」
「それでいいよ」
「…………わかった」
そして卒業後は、疎遠になった。
元々性格は違う。
仕事の範囲も、中級と上級では違う。
だから自然なことだった。
「なあ、サハラ」
「なんだ、マノ」
「おまえさあ、俺らがカヘン回収に手間取ってたから来たんだろ?」
「否定はしない」
「どでかいカヘンが未だに見つからなかったら、どうなるの」
「マノは左遷か減給だろうな」
「俺が聞いてるのはサハラのことなんだけど」
それなら簡単だ。
首が飛ぶ。
公務員の評価方法は減点式。
上級となると評価は辛口になる。
「別に、転職してもいいし」
「…………例えば?」
「学院の教師か、司書か、魔法道具の研究者にでもなるさ」
「免許は?」
「学院時代にとってる」
「……そっか」
そう。
だから、心配しなくていい。
自分のやりたいようにやればいい。
そのために、サハラ・ユイは、カヘン回収の特命係の補佐役となることに、自ら手を上げたのだから。
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