第40話 サハラとシオン

 今の魔法世界が砂漠のようだと言ったのは、学院教授の誰だったか。

 まるで自分のことのようだ。

 かつては豊かな森だったが、砂漠化が進行した環境みたいに、魔法も失われていった。一人の人間があらゆる魔法を操れるなんてとんでもない。今では一人一つ二つ使えるのがせいぜいだ。

 そしてそれは、才能というか、なんというか、一人の人間が使える魔法は最初期から決まっていて、変わらない。

 努力のしようがない部分。

「またサハラ・ユイが首席か」

「あいつの魔法は実戦向きじゃないからな、ペーパーで稼ぐしかないだろ」

「おい、聞こえるぞ」

「聞かせてるんだって。ずっと本ばっかり見てるしな」

 くだらない。

 くだらないと思いつつ、耳は言葉を聞き取ってしまう。

 たかが、使える魔法に恵まれただけの同級生の戯言と。内のなかで反論するためだけに。

 嫌な言葉なんて聞き飽きるほど浴びてきた。

 だから感情を表に出さず、また、感じないことを憶えた。

 それでも学生である自分にとって、同級生の言葉は割り切れるのか。もしくはただの強がりか。

「で、赤点が、シオン・マノ」

「それも変わらねえよな」

「突然変異だし、魔法もスカだし、順当だって」

 話題が自分から別の誰かに移ってほっとするのか、そんな自分が嫌になるのか。

 本を読むふりをしてちらりと見やる。

 机に伏して寝ていた彼は、おもむろに顔を上げた。

「おまえら、透視しても首席とれなかったからってくだらねえこと言ってんじゃねえよ」

 室内がざわつく。

 彼の言ったことは、暗にカンニングを非難しているからだ。

 魔法使いたちの就職事情は厳しい。

 魔法の素養がある子供は、魔法を学ぶことを許される。

 しかし、魔法世界でのみ生きていけるのは公務員のほかにはいない。

 公務員になれない若者は、人間世界に溶け込んで魔法世界を支えるサポーターになりつつ、自身の食いぶちを別途稼ぐこととなる。

 魔法が使えない人間に混じり、医者や呪い師、預言者などとして生きていけたのは昔の話だ。

 そして、公務員となれるのは、生まれ持った魔法とその応用力が試される実技試験と、ペーパー試験の結果のみ。もちろん適格事項は多々あるが、学校での成績も、大いに影響する。

「お、そんなに動揺してるってことは、あたり?」

 まさか、かまをかけたのか。

 それなりの正義感を持ちながら口をつぐむ者も、蹴落とすことをいとわない者もいる。

 なにせ学生の多くは公務員志望。トラブルはマイナスにしかならない。行きすぎた手段を選んだ彼らは、不正を行った代償が待っている。競争の土俵に立つことはもうできないだろう。試験での不正行為は、公務員試験受験要綱に立派な欠格事項として記載されている。いくら由緒正しい魔法使いの家系でも、袖の下なんて渡せるわけもないしリカバリーできない悪手だ。

「おまえ、覚えてろよ……」

「覚えてられないよ、バカだから」

 そこへ運がいいのか悪いのか、教授が現れる。

 あとのことは、どうなったのか、忘れてしまった。


 人の気配がしたのは、普段は誰も近寄らない図書室の書庫だった。

 かび臭く、いまや読めない言語となった本がうずたかく積み上げられている。

「誰?」

 泥棒かもしれない。

 拳と足に身体強化の魔法をかけて、構えながら近づいていく。

 顔を上げたのは、さきほど騒ぎを起こした張本人だった。

「……マノ」

「あー、ここ、立ち入りに許可いるんだっけ。ただ読みたかっただけだから、悪いけど黙っといてくれる?」

 あんなことがあったから姿をくらますためだろうか。制服の袖から生傷がちらりと見えた。

 サハラは勉学のため、並びに書庫管理の委員として、立ち入りを許可されている。

 しかし、それ以外には貴重書の類いもあるため、届けが必要だった。ここにあるものは、今では失われた魔法が多い。紛失や汚損が生徒の不注意であっても、責任の所在が不明であれば学院全体が咎めを受ける。

「……今度からは届けを出して。それか、書庫管理の補佐、募集考えてたから、受けてもらえるとフリーで入れる」

「へえ、咎めないどころか理由聞かないなんて、雨降るな」

「理由なんて聞く必要はないから」

「サハラ・ユイの人嫌いもそこまできたか」

「……理由なんて、聞かれたくないものだってあるから、私は話してくれない限りはあえて聞かないだけ」

「……言葉が足りないんだよ」

 話をしてくれる人なんて、基本的にはいなかった。

 人心掌握。

 そんな魔法と生きていくサハラになんて。

「なら、一回だけ言う。さっきはありがとう」

「……別に、自分のためだし」

「それでも私はすっとした」

「そりゃよかった」

 シオン・マノ。メインの魔法は憑依。

 サハラと同じく、実戦向きではない。

「将来どうするの」

「公務員」

「だろうな。成績いいし」

「やっぱりできる努力はしておきたいから。そっちは?」

「……笑わないか?」

「私が笑ったとこ、みたことある?」

「ない」

 彼は笑った。

「魔法少女の相棒になりたい。そうしたら、俺も魔法使いと言えるだろうし、困っている人を助けられるかもしれないから」

 魔法少女の相棒。きょうび年中無休で泊まり込み勤務、休みなしという激務を好んで希望する人間はいない。

 いや、それ以前に。

「……それ、最近公務員の職種に追加された。勝手に契約して魔法少女を作ったら、マノ、捕まるよ?」

「うえっ!?」

 そこからか。

「公務員中級だったかな、ひとまず平均とってたら受験資格はあるけど、上級との併願もできるから、倍率は高いと思う。前は公的機関からの依頼を受けての活動、自営業扱いだったから、雇用形態も業務委託、あるいは契約社員扱い。不安定な待遇だったのが、正規職員になってるからさ」

「え、なれる?」

「いや、なれないと思うよ」

「そんなあっさり……」

「そもそも魔法少女を必要とする事態が異常だから、どこかの部署と兼務で、魔法少女の相棒専任はないんじゃないかな」

「……まじか」

「でも、受けたほうがいいよ。なりたいなら。すぐにはなれないかもしれないけど、なれる可能性があるから」

あとから後悔するよりは、挑んで破れた方がいい。

万に一つしか可能性がなくても。

「…………俺、間に合う?」

「……私、見ようか」

 性格は、多分合わない。

 それでも、ハズレの魔法を引いたもの同士だったんだと思う。

 書庫での勉強は、その日からスタートした。

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