第39話 この関係性を、なんと例えよう

「気をつけて、一人そっちいった!」

 うさみみが鋭く叫ぶ。

 大立ち回りとなった現場では、人の呻き声と、倒れ落ちる音がした。

「大丈夫、ここで仕留める!」

 答えたほうは、闇に紛れて暴れる人間の背後へ回った。

 はっと振り返った時にはもう遅い。

「しばらく寝てくれ」

 銀のダーツが首もとへ打ち込まれる。

 黒いもやが吸い込まれるとともに、暴れていた人間は意識を失った。

 犬耳パーカーの着用者が、倒れそうになる人間を抱き止め、壁ぎわに寝かせてやる。

「よし、撤収!サンゴさん、援護を」

「了解、ナビゲートします」

「月影、ポケットにトランプがあるだろうから、 一枚出して。できたらクラブ」

 平坦なサハラの声に、犬耳パーカーをかぶった月影は黙って従った。

 クラブの7。

 とたんにカードが光りだす

「まあまあかな、じゃあエリーさん、月影おぶって」

「はあ。軽量化ですか?」

 うさみみが犬耳をお姫様だっこする。特に疑問も持たず、平常心そのものだ。

 月影のトランプは、あらかじめ呪文が仕込まれている類いのものらしい。

 しかも、ランダムに出さないと発動しない、博打性の高いものときている。

 いつかのサイコロと同じように。最初はホスト、次第にマジシャン。行きつく先はギャンブラー。

「ご名答。それでエリーの脚力を武器に撤収って訳だ。ここ、高層ビルだしな。ワープはもう使いたくないだろ」

「ちょ、この絵面どうなの」

「絵面よりも、精度の高い仕事するほうが優先でしょ?」

「ほら月影、さっさと次のカードだして。できたらスペード」

「うえええ」

 スペードの3。

 ここで言われた通りのものを出せるのが、運がいいのかなんなのか。

 最低ラインは突破。

 月影が窓へ向かって投げつけると、ぴしりとガラスにヒビが入った。

 思ったよりへなちょこだ。

「微妙な威力」

「そこはちゃんと柄を当てたことに対して労いとかないわけエリー?」

「二人とも、追っ手が来ますよ!早く撤収を」

 エリーはため息をつき、トントンとジャンプした。

 まるでウサギのように、からだが軽い。

「脚力、パワー、限界まで強化完了」

「了解。それじゃ月影、ガラス刺さらないように気をつけてね」

「ちゃんとシールドはりますから」

 警察官が踏み込んだときには、ウサギの耳が夜空になびいていくところだった。


 なにもなければ家事代行の依頼人と請負人、及び隣人関係。

 仕事が入ればライバル兼バディ。

 そして近頃は、古城の買い物に付き合ったり、枝里子のフィールドワークに付き合ってもらったりする関係だ。

「あの二人、付き合ってんの?」

 シオンの問いに、同僚は間髪入れずに口を開く。

「明言はしていない。当人同士も分かっていないんじゃないか」

「それは大いにあり得ますね。もっとも、仕事が円滑にまわっているようで、こちらとしてはありがたい限りですけど」

 口を挟んだサンゴの言葉を受け、サハラは口をへの字に曲げた。

「……一線を越えなければな。そうなったが最後、もう魔法は使えない」

「別にそれでもいいだろサハラ。そうなったらなったときで、また別の候補者を探せばいい。少なくとも俺たちには、魔法少女たちの人生を支配する権限はない」

「綺麗事だ。二人のような実力を持ち、なおかつ我々との信頼関係を築けるような候補者にすぐに行き当たるなんて、楽観的な予想がすぎるね」

「この悲観論者め、サディストって言ったほうがいいか?」

「私が常に最悪を想定して動き、時に辛辣な物言いをしていることは否定はしない。だが」

 そこでサハラは一旦口を閉じる。

「魔法少女たちの人生を支配する権限はない、という点においては、私も同じ意見だ。巨大なカヘンの回収さえできれば、あとは初心者でもなんとかなる」

「……一部分は意見の一致があって、助かるよ」

「同感だ。……そして、場所はわかったのか?」

 なにが、とはあえて言葉にしなくても、三人の間では共有されている。

 未回収量の大部分を占めるはずの、巨大なカヘン。一人の人間が持つにはありえないほどの量が、誰かの心の闇を糧に成長し続けている。

「どうも最近、動きがないんですよね……」

「……カヘンは気配を潜めることはあるが、消えはしない。この認識で間違っていないか?」

「ええ、サハラさん。その通りです。カヘンは心の闇を持つ人間と結合します。このときは無症状ですが、結合した人間のストレスが一定値を越えた時点で悪影響を及ぼし、こちらの探知にひっかかります。つまりは、一定値を超えなければ、いつまでたっても探知できません」

「逆を言えば、保持者の状況が好転したらどうなる?」

「通常はカヘンが別の人間に移ります。全部、または一部が」

 寄生するものと宿主みたいな関係か、とサハラはつぶやいた。

「ではこの街にいた人間からすでに移動してしまった可能性は?」

「検討しましたが、低いです。もし一部が他の方に移ったならば、平均的な大きさのカヘンが大量に見つかっていなければおかしい。とすると、カヘンは移動していないと考えるのが自然です」

「やはり潜伏しているってことか」

「このまま幸せに生きてくれたらいいんだけどな」

「…………そうもいかないだろう。さすがに前代未聞の大きさのカヘンを経過観察するのは、起こりうる影響が未知数だ」

「…………なんとかならねえかな」

「なんとかする。……それが私たちの仕事だ」





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