第38話 デート、買い出し、二人きり

 隣同士で住んでいるのだから、待ち合わせなんてする必要ないじゃないか。

 そう思いながらも、枝里子は指定されたショッピングモールで手持ち無沙汰に待っていた。

 家から少し離れたところにあり、食品のほか、衣料品のテナントも数多く入っている。

 もっとも、在宅ワーカー、フリーランスで働く枝里子に、仕事着や外出着の類は数を必要としない。

 次第に足も遠退いていて、ここにくるのは久しぶりだった。

 スマホをタップする。

 デジタル表示の時計が浮かび上がった。

 待ち合わせ時間を過ぎたが、連絡すら寄越してこない。

 きっとからかわれたのだ。

 がらにもなく。

 それだけ心を許されたと、ポジティブに受け止めることにしようか。

 そんなときだった。

「片岡さん……待って、待って帰らないで!」

 呼び止めてきたのは、こざっぱりとした男性だ。

「…………どちらさまですか?」

「え、本気で、言ってますか?」

 確かに声には聞き覚えがある。

「……古城さん?」

 だってだってだって、髪型違うし服装もゆるくなくてかっちりしてるしなんか違うし。

 正直、誰?って感じだったし。

「ドライヤーも壊れちゃって、髪もぼさぼさだったし、美容院行ってきたんです」

「はあ」

「あと、まともに外出る服もないから、事前にユイにお願いして見繕ってもらって……すみません、大事なお金、使っちゃって」

「……家事代行代の、ことですか?それならお渡ししたものなので、好きに使ってください。あと」

 一旦言葉を切った。

 勇気が必要だったから。

「その服、似合ってると思います」

 少しだけ沈黙があった。

「片岡さんも、似合ってます」

 気づかれただろうか。

 髪の毛をハーフアップにして、ワンピースを引っ張りだしてきたこと。

「行きましょ。ユイもマノも、家で待機してるみたいですし」

 それって、ほんとのほんとに二人きり。

「……サンゴさんは?」

 意地悪く聞いてみた。

 さすがにいないとは思うけど。

「様子はゆるく見てるかもしれませんけど、野暮なことしないでしょ」

「……野暮なこと」

「…………デートだし」

 赤くなって熱くなって。

 ひらひらしたワンピースの裾の感触に我にかえって。

「料理コーナー行きましょ。このまえ鍋がだめになっちゃったんで、見ていいですか?」

 先を歩く古城の姿をなんともなしにみやる。

 耳が赤くなっていた。


「なんだあれ、デートかよ」

「無粋な詮索はするものじゃない。ただの買い出しだろう」

 洗面所の鏡には、あれこれと家電を物色している30歳二人組の姿がある。

「これとかいいんじゃない?ほったらかしでごはんつくれるみたいだし」

「あー、今はやめとこっかな。ン万円出してすぐ壊れたらやだし」

 音声もばっちり入っている。

 二人が見ていたのは昨今話題の、時短料理家電だった。

「それは言えてる」

 古城とシオンの言葉がかぶった。

「おまえんとこの部屋主の家電、もうみんなだめになっただろ?」

「寿命だ寿命」

「LEDの蛍光灯すらつかなくなったらしいじゃん」

「それがどうした。魔法と科学の相性は悪い。自明のことだ」

「エリーのところは壊れてないです~」

 かっちーん、という音が響きそうだった。

「ほら、シオン。サハラの魔法は他よりも科学製品に影響を及ぼしやすくて」

「そこ、余計なフォローは入れるな」

「やっぱ自覚あんじゃん」

「用件がそれだけなら、私はもう帰る」

 がらんどうの部屋から立ち去ろうとしたサハラは、腕を捕まれた。

「……んなしょうもない話でわざわざ呼ぶわけないだろ」

「…………次からは、もっとましな前口上を考えろ」

 腕を軽く払いのけ、サハラは目でうながした。

「カヘンの回収も大分進んできた。それでも進捗率はなお悪い」

「おまえたちの報告が正しいのであれば、な」

「ふざっけんな、サバ読みか計算ミスのほうがマシだったよ」

 サンゴは黙ってデータを映し出す。確かに、カヘン回収件数、魔法少女出動回数にしては、まったくといっていいほどカヘンは戻せていない。

「……回収したと思ったら、漏れていたののか?底の抜けたバケツみたいに」

「人のこと、不良品みたいに言うんじゃねえ。おまえだって似たようなもんだぞ」

 追加のデータも提示される。

 回数を重ねれば重ねるほど、違和感は大きくなっていった。

「これは」

「俺たちの魔法のミスだったほうがマシだろ?人と結び付く前に、早いところ自分で自分のケツふけばいい。でも、最新のデータじゃあそうはいってない」

 魔法少女出動回数一回あたり、カヘン回収は、10%程度のはずだった。それが、合計回収率は20%にも満たない。

 エリーの出動は二桁を越えている。

 導き出されることは限られる。魔法世界では、カヘンの成長速度は一定程度と予測されていた。従って漏れ出したカヘンの量と一人当たりが抱えている量を突き合わせると、必要な回収回数が算出され、報告書のもとにもなっていた。

 この前提は覆される。

「……なるほどな。小さなものをたくさん集めても、大きな一つにはかなわないってことか」

「ああ。……でかいのがいる。とんでもない闇を抱えた人間が、この街に」

 鏡には、楽しそうに笑う二人が映っていた。

 まるで恋人たちのように。

 世界が軋んでいても、二人の仲は永遠だとでもいうように。


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