第37話 いらない、お祈り、必要がない

 確信した。私には、人を呪うことができる。


 嫌な目に合わせた人が同じ目に遭えばいいのにと強く願った。

 望み通り不幸が訪れた。

 それでは、私自身は?私自身は、私が不幸であると感じている。

 まるで悲劇のヒロインのように。

 それでは、幸せを願えば幸せになれるのか?

 わからない。

 わからない。

 もしくは、わかりたくない。



「僕は、何してるんだろうって思って」

 古城の部屋でコーヒーを飲んでいる時だった。

 コーヒーメーカーで丁寧にドリップされた茶色の液体は、眠気を覚まさせてくれる。

趣向を変えて、相手の部屋でリラックスしているときだった。

 異性ではあるけれども、仕事仲間、あるいは雇用契約を結んだ間柄。ただのコーヒーブレイク。それだけのつもりだったのに。

 突然の告白は、枝里子を身動きできなくさせた。

「大学院まで行って、面接に落ち続けて、僕はどこからも必要とされていないんだって思ったんです」

 魔法使いたちは席をはずしていた。

 だからすべては枝里子が受け止め、判断するしかなかった。

「それで、やけになって、進路も決めずに引きこもって、家を飛び出して、ひきこもりの一人暮らし。貯金を崩しながらなんともなしに生きていって、そんなときに、ユイと出会ったんです」

 どうしてそんなことを言うのか。

 そして彼は、契約の決め手となった、彼女からの誘い文句を口にする。

 ――私にはあなたが必要だ。力を貸してほしい。

 なんて、喉から手が出るほど欲しい言葉。

「悪魔だってなんだっていいと思った」

 ――私はあなたに、自信をあげよう。

「だから、ユイと契約したんです」

 必要とされたかったから。

 そうでないと、生きていけないから。

 一人で生きていけるほど、人は強くない。

 ただし、それだけで生きていけるほど世の中は甘くもない。

「……無給でも」

「無給なのはかわらないから、どうせなら、誰かに必要としてくれることをやろうって」

「……そうですか」

 お金がなければ生きてはいけない。だけども、それ以外にも、なければ生きていくのが苦しくなるものはある。例えば健康。あるいは自身を癒してくれるなにか。

 はたまた、愛情。

「ことに、片岡さん」

「はい」

「これは、仕事の範疇とは離れるかもしれませんが」

「はい」

「……一緒に出掛けませんか?」

「夕食の献立ですか?」

「いえ、まったくの、私用で」

「……今度の仕事の、地形確認ですか?」

「違います」

「ではなぜ」

「……僕が」

 枝里子はそこではじめて、古城をみる。

 心なしか、鼓動が早くなる。目がそらせなくて。

「片岡さんと出かけたいという理由では、だめですか?」

 窓の外の、自動車の音、鳥の鳴き声。

 それらがすべて、消音モードになったようだった。

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