第36話 ご縁がなかった大学院生
カヘンは回収できた。
二人で背負った気持ちの塊は、とてつもなく重かった。
「疲れてるだろうけどごめんね、できるだけ早く離脱して」
サンゴはけっこう容赦ない。そうとはみえないけれど大概のスパルタ。鬼教官。
理論上はわかるけれども、身体が言うことをきいてくれなかった。
見かねたように、シオンが口を挟む。
「ってもこいつら、二人とも魔力を限界まで使ったんだぞ!?どうする、また俺が憑依して」
「それじゃあ一人しか逃げられないだろ、マノ。二人とも、第二段階のコスチュームに変化だ」
「第二段階……?」
月影も知らされていないらしい。シオンでさえも言葉を失っていた。
「こんなこともあろうかと仕込んでおいた。二人とも、帯留めをとれ」
サハラは理由のない指示は出さない。重だるい体を叱咤して、宝石のような丸い石を外す。
なにもつけていないような、それでいて暖かい感触に包まれた。
魔法少女へと変身するときと似ている。
「…………これは」
「大正ロマンって感じの格好になったね」
のほほんと感想をのまたう月影は、着物の上から学ランをはおり、下駄ばきに学生帽という出で立ち。
エリーも着物に袴、ロングヘアーをリボンで結ぶというスタイルだった。
ザ・女学生。まさしく異装感ばりばり。
月影が目をみはる。
「すごい、魔力も全回復してる」
それって、ただの回復でいいのでは。
「着替える意味ある?」
「ゲームでいう進化とかレベルアップみたいなもんじゃないの?」
報酬的ななにかとでもいいたいのか。
「雑!すごく雑!!」
気持ちのぶつけ先を求めるかわりに窓から飛び出す。
「げ!」
今にも突入しようと身構えていた特殊部隊と鉢合わせた。
名乗りもなにもなく、いきなり物騒なものを向けられる。
絶対、当たれば痛いやつ。
「エリーさん、袂に入ってるものを投げて!」
「え、えい!」
サンゴに言われるがままに投げた物は、英語小事典、のように見えた。
前はあれと同じようなものを手に、呪文を唱えたものだけど。
逡巡するよりも先に、言葉が浮かぶ。
「アニラ!」
とんでもない風圧を感じた。
髪、リボン、服。たなびくどころじゃない。全てを吹き飛ばしそうな。
「こりゃすごい、ヴァーユ、ワーユ、マールト、パヴァナ、プラーナ。風の魔法の博覧会か!」
「感心してる場合か!月影!」
「キソルベル、クセル、ケソルベル!」
キセルを片手に月影は叫ぶ。
吹き飛ばされそうだったエリーは、すんでのところで反対側に引っ張られた。
「ちょっと、さっきのなに!」
なんとか着地し、月影は虚空に向かって怒鳴る。
「魔法の連鎖反応だ。引火?類焼?そんなイメージをしてくれたらいい」
「不穏!」
「ほら、逃げるよ!」
時代を超えて迷っていたように、それでもなにかから逃げるように。
エリーは走る。
この人となら大丈夫だと根拠のない自信を持ちながら、夜の街を走る。
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