第32話 作戦会議、あるいは井戸端会議
燃えてしまえばいい。
全て灰になってしまえばいい。
憎くて憎くて憎くて憎くて。
あの人にふさわしくない私など、消えてしまえばいい。
いっそのこと、世界が消えて、自分も消えて、なにもかもがなくなってしまえばいい。
そうすれば、誰も傷つかない。
誰も悲しまない。
完全なる幸せで、平等な世界。
「目が覚めました?」
いつかのように、おいしそうなご飯の香りで目が覚める。
体が重い。
「最近締め切りが重なってましたもんね、お疲れ様です」
キッチンに古城が立っていて、またもおいしそうな何かを作っている。
「……どうやって入ったの?鍵、開いてた?」
「いえ、実は……」
「俺が作った」
すっかり回復したシオンが現れ、えへんと胸をはる。料理じゃない。それはわかった。
「え、合鍵とか作っ……………」
壁には扉。
古城の部屋とつながっているらしい。どこかでみた光景の繰り返し。
抱く感想もまた同じ。
「ねえなに考えてるの?」
「こっちのほうが便利だろ?合鍵渡してないんだし」
「これ、もちろん私の部屋からの
「それじゃあかえって不便だろ?俺とエリーの行き来と同じく、どっちからでも入れるに決まってるじゃないか」
「ここに!私の人権は!ないわけ!?」
「いや、おまえ前科あるだろ」
「シオンに言われたくないですー!」
花は恥じらわないかもしれないが、片岡枝里子三十歳はれっきとした女性だ。
怒る。怒るぞこれは。
頭の痛さもめまいも通り越す。
これで怒らないのは創作物の中にいる、物分かりのいい主人公の親だけだ。
「あ、あの、すみません、僕、やっぱり帰ります」
「古城さんはちょっと黙って、こっちの問題だから」
枝里子は飄々としている魔法使いをにらみつける。
「便利だろ?」
「便利だろ?じゃない!」
「まあまあ、今日はこのあと一緒に仕事なんですから、作戦を立てるのにも都合がいいでしょう?」
サンゴまでこのざまなら、勝ち目はない。
きっと魔法世界の常識とこちらではなにかがずれているのだ。きっとそうだ。
契約者に話が通じないなんてそんな頭の痛い現実がついに正面を通せんぼしてきたとか、そういうことではなくて。
「あんたたち、そういうところが信頼関係を損なうってわかってる?」
救いの神登場!
ばっと声のほうを振り返ると、ロングTシャツワンピースをゆるく着たサハラが紛れ込んでいる。
招いてない。こんにちはとも言われていない。
つまりはいつの間にかこっちにきてさも正しいというような態度についに思考フリーズ。
「なってない。仕事も満足でなければコミュニケーション能力も欠如してるなんて救いようがないね」
「おまえ、なに勝手に人の部屋に入ってきてるんだ」
「マノの部屋でもないでしょうが。それで、今回の作戦だけれども」
「聞けよ人の話を!」
突っ込みが追い付かない。
「ひとまず、作戦会議と行きましょう。初の合同ですからね」
見はからかったかのように、テーブルにご飯が並んだ。
「取りあえず食べながらにしましょう」
枝里子のおなかが人一倍激しく主張した。
「次のターゲットは、仕事に悩む男性です。交際相手無し、仕事もうまくいかず、引きこもりがち。そことカヘンがひっついて、このままだと無差別殺人を起こしそうな勢いです」
不穏な言葉が食卓に流される。サンゴという魔法使いは、冷静というよりもコンピューターに近いのかもしれない。
「穏やかじゃねえなあ、おい」
「他人事には聴こえないですけどね、僕には。自分がそちら側だったかもしれないし」
もぐもぐと食べる古城はさらりという。
自分のことをほとんど言わないゆえに、引っかかる物言いが看過できなかった。
「失礼ですけど、古城さんは……」
「大学院まで行ったけど就職がうまくできなくて、研究の世界にも残れなくて、かといって人付き合いもうまくいかず、家にも居づらく、そんなわけで無職です」
「時間だけはあるようだったから、そこをスカウトしたんだよ」
「そのへんは言わない約束でしょ?ユイ」
踏み込んではいけない領域がある。
見えない線が、ほんの一瞬可視化された。
確かにサハラは、自然な流れで話の方向性をわずかに変えたのだ。
乗せられているだけなのか、気づいていてあえて言わないのか、シオンがへっと挑発する。
「まさかできないとは言わないよな?月影。まあそれならこっちがカヘンを回収するってことで確定なんだが」
「カヘン回収でそちらが争うのは結構だけど、カヘン回収は競争するものでもないと思う。あんな思いをした身としては、全部壊したい気持ちが分からないでもないけれど、だからって実行に移してしまったら戻れなくなる。止めなきゃいけない。その気持ちとユイや、マノさんの利害が一致しただけ」
「……ふーん」
シオンが見直したとでもいうようにトーンを変える。
「無口と見せかけて案外自分の意見を持ってるんだな」
「見せかけだけしかわかっていないお前と一緒にするな」
「なにを!」
「直情的なのは相変わらずだな」
「鉄仮面がよく言うぜ」
この二人は同胞にも関わらず、相変らず仲が悪い。
「ねえ二人とも、喧嘩するなら出てってくれない?」
「これで仕事前だから驚きだよね」
「古城さん、冷静にコメントするなら止めてよ」
「無理」
暖かいお茶をずずずと飲んだ。大人げない二人のやり取りは熱を帯びながら続いていた。
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