第31話 個人事業主、時々無職
「ひとまずお父さん、わかってくれてよかったです」
「いや、あれわかってないから、絶対あとから抜き打ちでくるパターンだから」
枝里子の父親が部屋をあとにしたのは、昼を回るころだった。
舌戦に次ぐ舌戦。気を利かせた古城が茶を出すも、どこの馬の骨ともわからん人間がいれた茶など飲まんと発言した父親とまた舌戦。
仕事をする気力もなくなった。
「おまけに無職とか言うし」
「事実ですからね、僕が無職なの」
ばんっと机を叩いたのは枝里子だ。
「ちゃんとこうして私にご飯をつくって、対価としてお金を得ているでしょう?」
「いや、まあ、個人的な契約で、家事代行みたいな会社に登録しているわけでもないし、ご家族の方がきたから、とっさにああいうふうに言っただけで……」
たじたじとした様子には、歯切れの悪さしかない。
それが枝里子をざわざわとさせる。
「なに、そりゃあ、私は雇用主として満足されるような額面は出せてないけど……」
「いや、そう言う意味じゃなくて、お金をもらえるのは本当にありがたくて、あ。ああ……!もう、こういうこと、言いたいんじゃなくて……」
ああ。ここにいるのは不器用な人間だ。
サハラだったら、こういうやりとりはない。
用件だけ済ませて、さっさと戻っている頃合いだろう。
「僕は、片岡さんの迷惑になりたくないから……」
話が飛びすぎた。
「どうして、迷惑?」
誰がそんなことを言ったというの。
「それは、同性じゃないから、家にあがるのはどうかと思って」
かっちーん。
鳥頭か。もしくは記憶を都合よく忘れるのか。
「家電がダメになったからって勝手に上がり込んだのはどこのどなた?」
「それは、反省してます、ユイがやったこととはいえ……」
小さくなる姿を見ても、一旦着火したものはおさまらない。
「大体家電一気に買い替えられるの?買い替えたとしても、また魔法道具使ったらだめにならない?」
ぐうの音も出なかったようだ。
お金のことを持ち出すのは卑怯なことかもしれないけれど、それでも。
「……ただ、片岡さんに、お付き合いしているような人がいたら、ご家族のかたに見られたら、面倒なことになると思って」
「……それを気にしてたの?」
「ええ」
溜め息。
「いたらこういうことお願いすると思う?」
「片岡さんならやりかねないかなって。家事全般苦手そうですし」
「ねえ古城さん、そういうとこだよ?」
以前の宴会で、恋人の話を一切しなかったから、察しはついているだろうと踏んでいたのに。
「逆に、古城さんにそういう人は?」
「全然、まったく」
涼しい顔は、嘘をついているようには思えない。
ただ、もやもやとした気持ちは消えなかった。
「でも、サハラさんのこと、呼び捨てにしてる」
眉尻が遠慮がちにあがった。
「それは、片岡さんのほう」
「なにが」
「サハラ・ユイ。サハラが名前でユイが苗字。片岡さんが契約している魔法使いは、シオンが名前でマノが苗字」
そういえば。
シオンが何らかの手段を使って契約した部屋は、名義が真野紫苑だった。
「……うそでしょ」
異性を名前で呼び合うなんていう関係をしたことがないのに。
自分のほうがナチュラルに異性の名前を呼んでいたなんて。
「本当です」
てっきりユイといえば女性の名前かと思って二人はそういう関係なのだと。
「……片岡さん?」
熱い、熱い、熱い!
「ちょっと今日はいいから帰ってー!!」
「ちょ、お昼どうするんですか!」
「ポテチあるから平気ー!」
「それをご飯にしないでください!ちょっと!」
強制的に作られたドアをこじあけ、相手を突き飛ばしてドアを閉める。
「サンゴさん!鍵かけて!」
「はいはい」
「え、ねえ、ちょっと!片岡さーん!?」
「おい、勝手に人の部屋に押し込むんじゃねえよ!サンゴもエリーの言いなりになるな!」
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