第30話 魔法少年の受難2

「助けてくれたことにはお礼を言うけれど、勝手に家に入れるほど気を許してはいないの」

「思ったより言うね」

「言わないとわからないでしょう?」

「まあ、察してさんよりはそのほうがいいけどさ」

 食事は進む。殺伐とした会話は朝に似つかわしくはなかった。

「用件はなに?食事を作ってくれたのはありがとう。けれど、大きすぎる見返りは求めないでほしい」

「話が早くて助かるよ、エリーさん」

 にっこりと笑った顔は、意外にも抜け目がない。

 気が抜けないやりとりに、食事の味は感じなかった。

「共同戦線はどう?」

「……」

「そっちについてる魔法使いはシオンだ。けれど強力な助っ人がいる。探知も防御もお手の物のね。カヘンの位置を探る速さは正直追い付けないよ。だから、一緒にやろうってわけ」

「勝手に話を進めないでもらえますか」

 割って入った声は、サンゴのものだった。

 闖入者を予測していたのか、月影は驚かない。

「これはこれは、出てきてもらえるとは思ってなかったので嬉しいです」

「見え透いたセリフは止めてくれないかな、サハラ・ユイ」

 穏やかさは最低限保持しつつも、枝里子がなじんでいる声音ではなかった。

 知らない相手のような。

「手厳しいですね。それはそうと、悪い話ではないのでは?」

「それは僕が決めることじゃない。シオンだ」

 はりつけた笑みが月影に宿る。

「少なくとも、エリーさんが今まであんなふうにならなかったのが奇跡に近いんですよ。離脱手段もなく、信頼関係もろくに構築できず。魔法少女をやってもらっているんだったら、最低限の安全保障はすべきでは?」

「耳が痛いと思ってるよ」

「その点、こちらは魔法道具を使うことで、ピンチに陥っても状況を打破することができます。エリーさんの人生を壊さない程度の安全は担保できますよ」

「そしてカヘン回収をさせろと、そう言いたい?」

「別にそこまでは」

「じゃあ目的はなんだ」

「共同戦線と言ったでしょう?あなたはカヘンをサーチする。こちらは脱出手段やその他魔法道具を提供し、目的達成のための力を貸す。最終的に早く現場に着いたほうが回収する。もちろん恨みっこなしで、潰し合いはせずに撤退。悪くはないんじゃないですか?」

「サンゴさん……」

 枝里子の声が、揺れているのに気づいたのだろう。

 サンゴは深く沈黙した。

「サハラ・ユイは魔法道具のスペシャリスト。独創性と確かな効能で、右に出る魔法使いはいません。確かに組むのは悪くないと思います」

「だったら」

「魔法少年を操っていたことを除けば、ですが」

「っ……!」

確かにそれは、否定できない。

そして、自分がもし操られるとしたら、いやだ。

「……いいんじゃねえの」

 姿を現したのは、足を引きずるシオンだ。

「悪くねえ」

「ご協力感謝します」

「ただし!」

シオンが剣呑な目で月影をにらみつける。

「エリーにも、今後月影にも、人心掌握の魔法は使わないと約束しろ。もちろん、俺やサンゴにもだ」

「承服しました。ただし、緊急時はのぞくということで」

「わかった。サンゴもそれでいいか?」

「シオンがいいなら依存ありません」

「では私はこれで」

 微笑みと共に、月影の姿がかしぐ。

 テーブルに頭をぶつける前に、枝里子は椅子を蹴って、月影へと手を伸ばした。

「……っ!」

 状況が飲み込めず、目を瞬いていた男性は、後ろにのけぞり尻もちをつく。

「あ……」

「大丈夫、ですか?古城さん」

「僕は……」

 面倒だといわんばかりに、シオンの姿は消えている。

 サンゴの反応もない。

「……僕は僕じゃなかったですか?」

 婉曲的な表現だったけれど、言わんとすることはわかった。

「はい」

「……すみません、迷惑かけてしまって」

「いえ、料理、おいしかったです。ありがとうございます。お金払いたいくらい」

 目をぱちくりさせて、そのあと、笑った。

「……ありがとうございます。こういうのでよければ、また作ります」

「じゃあ」

 息を吸い込む。

 願いのために。

「料理を作りにきてもらって、いいですか?」

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