第27話 魔法少女の逃走
魔法少女といえども、逃げ方は超アナログだ。走って逃げる。ただそれだけ。
普通の盗人と変わらない。
違うのは、金目のものを私利私欲のために盗むかそうでないか。
最優先で盗みたいのはなにか、ということだ。
けれどもそんな事情は、警察やその他の人間にとって関係がない。
盗んでいることには変わりないのだから。
「そろそろだ」
住宅街。ど真ん中にあるゴミ捨て場。
猫もからすもいない場所に、忘れられたかのようなごみがあった。
「あれが逃げるための道具だよ」
大真面目に月影はささやく。
騙されてるんだろうか、なんて勘繰りはしないことにした。
先導者が先に、鍋に手を伸ばす。
これで終わりだ。そんなときに、いつだってなにかがあるのが物語。
夜の街を割くように、拳銃の発砲音が響いた。
ゆっくりと、月影が倒れる。
振り返ると硝煙を立ち昇らせる拳銃を持つ朧下。
エリーは血の匂いを感じた。
撃たれた。彼は、万全な状態では走れない。
一人だけなら、間違いなく助かる。
間違いなくもう一人は捕まる。
自分だけが、逃げて、それなら、助かるけれど。
――私を助けてくれた人を、見捨てるの?
そんなことは、したくない。
足を止めるな。考えることを止めるな。でも二人とも捕まるなんて愚の骨頂。
打開策を探し、藁にもすがる思いで手を動かす。
指先にかすかな感覚。白衣のポケットに、何かが入っていることに気づく。
エリーは迷いなくポケットに手を突っ込み、中身を投げた。
コルクでふたをされた試験管には、薄い色の液体が入っていた。
試験官が砕け散る。
警察官の動きが止まる。
エリーはためらいもせず月影に走り寄る。
「一緒に!」
月影は歯を食いしばり、血を流しながら立ち上がる。
エリーは肩を貸し、古ぼけた鍋のふたに手を伸ばす。
片方は月影とエリーをつなぎ。
もう片方は互いにここから逃げるための手段へ手を伸ばす。
二人が同時に触れた瞬間、鍋のふたと逃走者たちはゴミ捨て場から姿を消した。
鍋のふたが高速で移動していく。
片方の手はエリーと月影を結びつけたまま。
血のしずくが後方へと流れていき、数滴がエリーの頬に付着する。
力が入らなくなってきた月影の手を、エリーは握り返した。
光が見えてくる。
丸い出口に向かって、二人は加速する。
全ての照明がブラックアウトした。
放り投げられて、受け身を取る間もなく床にたたきつけられる。
床には鍋が鎮座していて、触れていたはずの鍋のふたが転がっていた。
エアコンは停電したときのようにランプが点滅し、レンジのデジタル表記は0が4つ並び再設定を促している。
電気も消えて部屋は真っ暗で、鍋だけが緑の光を放っていた。
「ここは……」
月明かりが薄いカーテンから漏れていた。
ものがあまりない部屋に、月影が転がっている。
「月影……!」
痛みにうめきながら、月影は仮面を外す。
ふっと風が吹いた時には、気取った服装は消え、部屋と同化するような真っ黒な服のひょろひょろの男性の姿に変わっていた。
見覚えのある長い前髪。
「古城、さん……」
「勝手な行動をして怪我して帰ってくるなんて、サクヤはほんとにいい性格をしている」
暗闇から能面のような顔のサハラが現れる。
「契約者に死なれたら困る。ついでに、仕事ができないとはいえ同業者に業務上死なれたらもっと困る。助けられた自覚があるなら、あなたも手伝って」
古城の足からは、まだ血が流れていた。
「どうすれば……」
「ひとまずはその変身を解いて。あなたに魔力を流し続けているサポーターがいるだろうから、協力を求める。あと、ぼけなす魔法使いの負荷の軽減にもつながるから」
エリーはすぐにハート形のイヤリングを外す。
薄紫のバングルのみ、その場に残った。
「あの……ありがとうございました、助けてくれて」
「別に、私はなにもしていない。カヘンさえ回収できればよかったけれど。サクヤがあなたを助けたいと言ったから」
「それでも、こんな大掛かりな魔法道具……」
「そう思ってるなら、早く手伝って。まずは水。あと、電気はつけないで」
「は、はい」
枝里子は手探りながらキッチンへと進んでいった。
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