第26話 魔法少女、御用

 空調が効き始めた狭苦しい車内だった。エリーが目を覚まし、身じろぎをしようにも、両隣を警官に挟まれている。動けば気づかれてしまうだろう。強張った体は犠牲にすることにした。

 薄目で確認すると、両腕には鉄の輪がはめられている。

 まだ服装は研究者もどきのようなままだ。

 少なくとも、変身は解けていなかったようで安堵する。ミラーには、見覚えのある顔が映り込んでいた。

「気が付いたのか」

 みどりを迎えにきた時と違い、剣呑な声は、対犯罪者そのものだった。

 眉間にしわを寄せ、警戒を崩していない。

「時間はたっぷりある。話は署についてからだ」

 エリーはひっそりと唇を噛む。

 縄抜けの術なんて、習ったことはないし魔法だって使えない。

「……エリーさん、きこえますか?」

 両脇の警察官が微動だにしないことを見ると、サンゴが限定して音声を送っているのだろう。

「今、シオンが魔力回復を行っています。エリーさんの変身を維持する魔力は私が送っているので、エリーさんから変身を解かない限り正体がばれることはありません。安心してください」

 声は出せない。

 代わりに、心の中で質問する。

 脱出をしたいが、どうすればいいか、と。きっとわかってくれるはずだ。

「……申し訳ありません。時機を待ってください。シオンは動ける状態ではありません。魔力の使い過ぎで、あなたの腕の薄紫のバングルに身を潜めています。助けたいのはやまやまですが、私からの魔力は、エリーさんとシオンの契約に無理やり割って入っているようなもの。エリーさんの変身維持を優先するため、今すぐに行動ができません」

 ……わかった。

 見捨てられていないと信じたい。

 それでも。

 暗い道路を無言で進んでいくのは、とても怖い。

 左腕のバングルは、無言のままだ。

「月影は逃げたようだが……一人だけでも確保できたらそれでいい」

 警察内部でも、大分空気が変わるのだろう。

 エリーの犠牲で多くの人が救われるなら。生活が平穏になるのなら。

 犠牲はありなのか。はたまた魔法世界からエリーは見捨てられたのか。

 大丈夫、大丈夫。

 言い聞かせるようにゆっくりと呼吸する。

「……なんだ?」

 そんなときだった。車が急停車して、エリーは頭を前の座席にぶつけそうになる。

「……パンク?」

 助手席の警察官が確認しようとドアを開けた瞬間、室内に銀色の物が投げ込まれた。

 小さなタッセル飾りがついたダーツは、助手席に突き刺さる。

 なにかが来る。

 反射的にエリーが目を閉じる。

 それでも瞬間的な光はエリーの視界が真っ白になるほどだった。

「うわ……っ」

「閃光弾か?くそ……」

 左側の警察官がいなくなる気配がする。片目を薄く開けると、何者かに引きずり降ろされているところだった。

「……来て!」

 差し出された手をつかむ。

 手袋越しに暖かさを感じたかと思うと、すぐに全速力で走った。

 黒のスーツ、手袋、顔を隠す仮面。

 いつもと違うのは、靴が革靴ではなく走りやすそうな黒地のスニーカーであること。

「月影……?」

「エリーちゃん、それなんとかならない?走りにくいでしょ?」

 パンプスとタイトスカートのことを言っているのだろうか。

「私だって、動きにくいとは思ってる!」

「じゃあオレみたいに靴の種類変えて!通常速度でしか走れないんだったら少しでも早く走れるようにするしかないんだから!」

「そんなの変えられたらとっくにやってる!」

「変えられる!自分の意思で――――」

 月影はエリーの腕に目をやると、ため息をついた。

「……契約する魔法使いの魔力切れか。ごめん、悪いこと言ったね」

 後ろからパトカーのサイレンが追いかけてくる。

「…………サポーターから魔力を流されてるんだろうけど、契約外の魔法使いからの魔力は膨大な量を必要とするから、助力は期待できそうにないな……」

 息が上がる。運動不足とかではない。

 またあんなふうに自由を奪われたらどうしよう。

 心臓が、ぎゅっとつかまれる。

「追い付かれちゃう……」

「だったら迎え撃つまでだよ、最小限度で」

 月影は走るのを止める。

「ちょっと目くらましをするから、その間に走れる準備しといて」

 スーツのジャケットからさいころを取り出すと、祈るように手でシャッフルする。

「これは確実じゃないからあんまり使いたくなかったんだけど、仕方ないね」

 警官隊がどやどやと迫ってくるまで、月影は動かなかった。

「おまえたち、やはり共犯か!おとなしく……!」

 月影の手を離れたさいころが宙に舞う。

 返す刀で取り出したハンカチから白いハトが飛んでいく。

「なっ……手品」

 警官隊の目が白いハトへ集中している間。

 サイコロは地面に落ちた。

 タイトスカートを破り、スリットをこさえたエリーは、月影に抱えられた。

 6の目が出る。

 異変に気がついたのは朧下だった。

「待て!」

 手を伸ばそうとする追っ手に、エリーはパンプスを手にとり、思い切り投げつける。

 立て続けに投げられた靴を払うと、二人の姿はすでになかった。

「……消えた」

「緊急配備!まだ遠くには行っていないはずだ!」

 あとにはサイコロと、シンデレラのように持ち主が消えた靴だけが残された。



「……ここは」

「六ブロックほど離れた地点。出た目の数だけ離れたブロック数まで行けるんだよ。どの方向に行くかは完全に運。博打要素が強い魔法道具だから使いたくなかったんだけど、目的地に近づけてよかった」

「目的地……?」

「とりあえず走るよ。また追い付かれたら洒落にならないからね」

 先に走り出した月影をエリーは追いかける。さきほどよりも足は出しやすい。裸足の足の裏に冷えたアスファルトの感覚が鋭く伝わる。

「……どうして、助けてくれたの」

「自分を大切にしてほしいから」

「……どういうこと?」

「今は、魔法少女が捕まったら困るって思っておいて」

「……とりあえず、ありがとう」

「お礼は逃げきれたらでいい」

「どうやって逃げるの?」

 変身を解けばいいのだろうか。いや、それをしたら、自宅まで帰り着くのに時間がかかる。

 なにしろ今回の現場は家から離れているのだ。変身を解いたとして、徒歩で帰れる距離ではないし、公共交通機関を使えるだけのお金を持っているかも謎だった。

 恐らく手持ちはない。

「もう少し先のゴミ捨て場に、移動のための魔法道具を設置してある。そこまで走って、二人で逃げる」

「……サハラさんは、助けてくれないんだ」

 無言だった。

 ただただ二人走る音だけ。

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