第24話 野に下った研究者

「った――」

「高出力のレーザーポインターです、離れて!目に当たったら視力がなくなりますよ!」

 シオンは慌てて飛びのくも、足元にくまなく張られたセンサーに気づかなかった。

 当然のごとくひっかかり、飛び出てきた矢をもろに受ける。

 むき出しの足に、矢は深々と突き刺さった。

「っぐ……」

 赤い血が一筋たらり。

 シオンは不本意にも膝をつく。

「いい度胸ね、私の前にそんな恰好で現れるなんて。はじめまして、ようこそエリー」

 レーザーポインターを床に向けながら、湊は敵意をむき出しにシオンへと近づいた。

「本当に、人の気持ちを逆なでする存在よね?頼むから死んでくれないかしら」

 肩口にレーザーが照射される

 熱さにシオンは顔をしかめた。

「一体、なにをしたと……」

「ネット掲示板、見てないの?狙いをつけた家に予告状を出して怪盗の真似事をして、ターゲットの抱えているトラウマを表現するような格好で現れて、そして人の心にずかずかと踏み込んで金目のものを奪っていく。都市伝説かと思ったけれど、本当にそんなデリカシーのない強盗だったとはね。まだ月影のほうが、よくはないけど悪くはないわ」

「月影は……関係ない」

「ええ、私にも関係がない。とりあえず、月影だろうかエリーだろうが、研究者のコスプレをして私の前に現れるなら、全力でつぶす、ただそれだけ」

「一体、研究者になんの恨みが」

「別にあなたには関係ない」

 催涙スプレーが至近距離から放たれる。

 サンゴの防御も、科学物質の前では無意味だった。

 エリーの身体は生理的に反応し、シオンの意に反して涙を流し続ける。

「思い出したくもないことを思い出させて、説教して、ご満悦のつもり?とんだ傲慢でしかないんだけど」

「……おまえは、闇にとらわれてる」

「別に好きでとらわれたわけじゃない。けれど、私にとってもう光はまぶしい」

 息を漏らすだけのシオンを、湊は無感動に見下ろしていた。

「……あなたは、生活苦から進学をあきらめ、泣く泣く全く関係のない分野へ就職した。気まぐれに買った宝くじがあたり、今は退職している。……確かに、お金がなかったから進学をあきらめたとはいえ、お金ができた今すぐに進学できるかといえば、そうではないですよね」

「……誰」

 姿なき声に、湊は初めてたじろいだ。

 シオンは呼吸を整え、サンゴとともに状況を見守る。

 ライバルのお出ましだ。もっとも、バックについているはずの人物は感じられないが。

「研究から離れた今、入学試験だって突破できるかはわからない。衝動的に仕事をやめたものの、大学院に今から入ってポストを獲得できる保証はない。年齢のことだってある。晩婚化が進んだとはいえ婚期を逃すかも。望んでいた幸せも、いわゆる普通の幸せも、手に入れられなかったらどうしよう」

「……黙って」

「そして引きこもって、中途半端に昔の研究分野に関係する宝石を買いあさって、何年も同じ場所にとどまって足踏みばかりしている」

「黙ってって言ってるでしょ!」

 半狂乱になった湊から、黒いもやが噴出した。

「……カヘンが、あんなに」

「かなり濃度が濃くなってます。早く回収を」

「憑依物質は……」

「おそらく彼女が身に着けている、小さなネックレスです。あれは代々母方の家系で受け継いでいたもので、形見に当たる。どんなに生活が苦しくても、彼女はあれだけは手放さなかった。あれならカヘンを全て受け止めきれます」

「……了解。絶対に、救って見せる」

 身体は動かない。それでも、まだ唇は動く。

「……克服せよ。五つの……っ!」

「シオン!?」

 エリーの身体がくの字に折れる。

 呪文は途中で中断された。

「科学物質を……吸いすぎた……」

 エリーの身体に、二重になったシオンの姿が現れる。

「エリーさんへの魔力の供給が、うまくいっていない……」

「しかも、魔法を使おうとなると、すっげえ痛い。たぶん、俺が痛みを感じているだけで、エリーの身体には害はないと思いたいね……」

 部屋には荒れ狂った風が吹いている。

「サンゴ、これ、まずいわ」

「……」

「やべえな、ここで死ぬかも」

「……いざとなったら、憑依をといて、シオンは逃げて」

「だめだろ。それ、一番やっちゃいけないことだろ。魔法少女を見捨てて自分だけ逃げるなんて」

「……」

 荒い息遣いだけが、ゆがんだ口元から出されていた。

「先に謝っとくわ。……約束守れなくて、ごめんな、サンゴ」

「……最後の挨拶は終わったか?」

 湊は黒いもやを練り上げていた。

「……死ね」

 動けないシオンは覚悟を決め、歯を食いしばる。

 眼だけは見開いたまま。

 真っ暗な空間で、銀色の光が一筋駆け抜けた。

「……誰も死ななくていい」

 押さえつけたような声とともに、カヘンが収束していく。

「ごめんね、湊さん。あなたを傷つけるつもりは、きっと誰にもなかった。けれど結果的に、あなたをずたずたにしてしまった」

 センサーをものともせず、月影はかつかつと歩を進める。

 飛んでくる矢は軒並みマジックステッキで物理的に弾いていた。

 ……五上分結断ち給え。

 なにもできないまま、目の前で営業妨害の魔法少年が強敵を相手取っている。

「あなたは十分苦しんだ。だからもう」

 新たなダーツが月影の手に現れる。

「全部、忘れて」

 放たれた矢は、真っ直ぐに飛んでいく。

 ……ウッダンバーギヤ・サンヨージョナ。

 囁くような特別な呪文を、シオンは飛びそうになる意識の中で聞いた。


 ――遠隔でのカヘン回収作業に根をつめすぎてしまったのかもしれない。

 夢に、今年の新人が出てきたのだ。

 毎年恒例ながら、収容犯確保のロールプレイングは、新人が勝利したことはない。今年は例外だった。

 中級公務員のシオン・マノ。そして、相討ちとなった女子の上級公務員。

 そんな彼女がここへやってきた。

「夜分失礼します。エイの生き残り」

「すごいご挨拶ですね。あなた、ここに来る権限ないでしょう。忍び込んだら首が飛ぶどころじゃ済みませんよ」

「ご心配なく。夢ですから」

「……ものはいいようですけど、夢に紛れて意識に侵入している。私は外部と連絡は送受信とも、許可されていません。仕事上のものに限ります。こんな時間かつ新人のあなたが仕事をもってきたわけではないでしょう」

「今あなたが行っているように、引き続き消音、監視魔法をいじっていただけたら大丈夫です。もう少しで別の人間が来ますので、彼とのパスのサポートをお願いします」

 物おじしない胆力と、華麗な侵入を決めた魔法道具の組み立て方。

 嫌いではない。

「考えておきます。……名前は?ロールプレイングでは唯一、魔法を使ってこなかったけれど」

「理由は二つ。私はとれる攻撃手段がオリジナルの魔法道具。法律すれすれのものがあります。職員の目があるところで使うつもりはありません」

「こうして忍び込んでいる矛盾はあるのにね。もうひとつは?」

「サハラ・ユイ。それが私の名前です」

「…………ものすごーく遠縁にあたるのか」

「私の魔法は私だけのもの。あなたには見せるつもりがない」

 エイ家特有の体質も、彼女は知っている。

「…………賢明な判断だと思います。それで?もう一人のためにどうしてそこまで?」

「……………………私は公務員になることが目標だった。その先は正直なにもなかった。けれど、今から来る人には、なりたいものがある。正直いって、いばらの道。私にできることがあるなら、私は道を切り開く」

「…………そう」

「それではこれで」

 なんのためらいもなく彼女は消えた。

 かわりに少年が現れた。

「ぴはっ、なんだってんだ、これ」

「……今日はにぎやかな夜ですね」

 シオン・マノ。自身を捕らえる働きをしたことから、中級でありながら一つ抜きんでている公務員。そして、彼自身が刑務官配属となるきっかけとなった。

「あんたに、確認したい、ことがある」

「なんでしょう」

「……っ、百年単位で、ここに、収容されているってのは」

 学院の卒業目録、ニュースペーパー、魔法史。禁書指定されていないぎりぎりをついて調べ上げたのか。

「事実ですよ」

「自分が、犯していない、罪のために!」

 シオンが当たった文献は、何世代も前の法律書も含まれる。

 調べ上げたからこそ、気づいた。

 魔法世界では当たり前で、シオンが生まれた世界では当たり前でない状況に。

「私がここに入る前は、身内の不始末は三親等以内の身内がつけるルールでしたから」

「そんなのは、間違ってる!」

「それを決めるのはあなたじゃない」

「だからって、受け入れるだけがあなたの人生じゃない!」

 はっとした。

 そして、温かさを感じた。

「……そんなことを言ってくれたのは、あなたがはじめてですよ」

 本当に。誰も、いなかった。

「俺は、あなたがどんな罪を償っているのかまでは、わかりません。でも、あなたがここを出られるように、罪を精算できるような手伝いを、できる限りしたいと思う!」

 罪人の仕事を手伝うということは、手伝ったものも白い目で見られてしまう。

 無知ゆえか。いや。

 いとわないとでもいうのか。

「約束します。俺はあなたを裏切らない!」

「……シオン・マノ、どうしてそこまでできるんだ」

「……俺は、魔法少女の相棒になりたいんです。困っている人を助けたいのが原点だから。だから、困っている人を、困っているあなたを助けるのは、当たりまえです」

 収容年数の最長記録を更新し続けていた。そして、使命を達成するためには、必要な存在があるのに、出会えなかった。

 ずっと一人で仕事をしていた。

「……私は、君を待っていたのかもしれない」

「え?」

「……魔法少女の相棒志望を、探していた。私が後方でバックアップ。前線に魔法少女とその相棒。この三人組のチームで初めて、私の仕事に出口が見える」

 涙がこぼれる。枯れていたはずのものが。

「シオン・マノ。私と組んでくれないか」

「言ったでしょう?俺はあなたを裏切らない。……ええっと」

「サンゴ・エイ。……ぜひ、サンゴと」

「それではサンゴ、俺からもお願いが」

「聞けることなら」

「俺の友達になってください」

「……お安い御用だよ、シオン」





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