第20話 魔法使いたちの夜更け
「大体さー、無理ゲーなんですよ、この人員でこの仕事量は、そしてみなし残業の時間数が少なすぎてサービス残業めちゃめちゃ発生とか。それで交際相手は仕事忙しいでしょ?やってらんないっすよ」
くだをまくのは敏腕編集者。
飲んだ酒の量は、六杯を超えたところからカウントをやめた。
「ちょっと飲みすぎですよ、ほら、お冷」
すっと差し出されたガラスコップはぐいっと押し戻される。
「いい。それより水割り持ってこいや!」
「横暴!……ごめんなさい、古城さん」
「いえいえ、疲れがたまってたんでしょう」
人の親切をここまで突っぱねるような性格ではないのに。
こんなに酔っぱらうほど飲むなんて見たことがない。
これは下手に帰さず、泊まってもらったほうがよさそうだ。
壁掛け時計を見ると、そろそろ日付が変わる頃合いだった。
「もう遅いですし、古城さんは自分の部屋へ……」
「いや、一人じゃ大変でしょう?最後まで付き合います」
片付けものをしつつてきぱきと世話をする姿は、生活力の塊だ。
「あ、なんか鳴ってません?」
かすかに聞こえる振動音は、枝里子が設定しているバイブとは違っていた。
「もしかして、みどりさんのかも」
やや抵抗を感じながらも、みどりの鞄を開ける。
カバーがつけられたスマホが振動していた。
着信は、朧下朽葉。
「仕事関係からだったら、でないほうが」
「あー……恋人から、みたいで」
「それは出たほうが……」
一瞬で古城もなんともいえない表情を浮かべる。
「いい、ですよね。心配してるかもしれませんし」
意を決して通話ボタンをタップ。
大丈夫、正体はばれない。
「もしもし、みどりさんの電話です」
「……朧下と言います。みどりから迎えに来てと言われて、今マンションの前まで来てるんですが、あなたは?」
「片岡といいます。一緒に飲んでいた者です。みどりさん、かなり酔っぱらっているんで、かわりに私が出ました」
「ご丁寧にありがとうございます。では迎えにいきたいので、部屋番号を教えてもらえますか?」
みどりをちらりと見る。
ここまで来てもらうのは申し訳ないけれど、あまり歩かせたくはない状態だ。
「……僕が下まで運びますよ」
いいんですか、と目で訴える。
もちろん、というように、長い前髪が揺れた。
「……いえ、こちらの不手際でもありますから、下まで責任を持ってお見送りします。歩かせず、おんぶしていくので、ご安心ください。今からすぐに出ますから」
「……そうですか、ではお待ちしています」
電話を静かに切る。
「じゃあ、荷物チェックだけお願いできますか?」
「わかりました」
みどりがうっかり置き忘れたものがないか、部屋中を今一度確認する。
その間に古城は食べ終わった皿を水につけたり、鍋の中身の残量を見ていた。
「これで、大丈夫です」
「じゃあ、運びます」
玄関までは枝里子が肩を貸して歩かせる。
古城は靴をはき、鍵をあけてドアを開け放すと、しゃがみこんだ。
「どうぞ」
「お願いします」
枝里子がみどりをおぶせる。
彼女が履いてきたパンプスを回収し、バッグをもう一度握りなおした。
「じゃあ、戸締りだけやってください。念の為」
「はい」
鍵をしめ、二人を追い抜かし、エレベーターを呼び出しておく。
「助かります」
エレベーターは空で到着した。
無言で乗り込み、エレベーターはノンストップで階下へおりる。
マンションを出ると、黒っぽい車が止まっていた。
「みどり!」
「あ、朽葉だ」
へにゃりとしたみどりが身をよじり、落とさないよう古城は慌てて抱え直す。
「お騒がせしてすみません……ほら、みどり、帰るよ」
「ふへ」
二人して後部座席にみどりを押し込み、枝里子は朧下へパンプスと荷物を差し出した。
「ありがとうございました、片岡さん」
「いえ、こちらこそ、飲ませすぎてしまって失礼しました」
「とんでもない。寂しがらせてましたし」
そう微笑む表情も、目元には寝不足の跡がみてとれる。
多少の罪悪感を覚えた。
彼女を優しいまなざしで慎重に横たえた後、勤務時間外の警察官はこちらをねめつける。
「……片岡さん、どこかでお会いしましたっけ?みどりと一緒にいたとか、写真撮ったとか」
「いえ?お会いするのは初めてですが」
まずい。
エリーのときとなにか共通する部分があるのか、こんなカンの鋭い人はとにかく早くお帰り願いたい。
目がふっとやわらかくなった。
「……これは失礼しました。では私たちはこれで」
「はい、それでは」
「それでは」
車は夜の街を走り去っていった。
背中の冷や汗が止まらなかった。
「サンゴ、裏とれたか?」
「もちろん。たっぷり調べることができたよ」
誰もいなくなった部屋で、魔法使いたちが姿を現す。
「古城朔夜に微量な魔術の痕跡があった。隣の部屋にも、防御魔法の術式や魔法道具がある。照合結果、サハラ・ユイのものと一致」
「じゃあ、あいつが月影か」
「高確率で」
魔法使いたちは、鍵が開けられる音を耳に入れると、ふっと姿を消した。
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