第19話 自由業の宴会

 チャイムが鳴った。

「はーい」

 その前に振動したスマホはチェック済み。

 訪問者は大方予想がついている。

 がちゃり。

 チェーンロックを外したまま扉を開けると、見るからにずたぼろの知人の姿が現れた。

 ぱりっとしたオフィスカジュアルは身体にぴったり合っているものの、両手の薄桃色のネイルは剥げ、メイクはとれかかっている。

「遅れましたー」

「みどりさん、お疲れ!入って入って!」

 疲れ切った担当編集を部屋へ招き入れ、出したばかりの座椅子へ座らせる。

 彼女はパンプスを脱ぎ捨て、よろよろと従った。

「ちょっと待っててください。コック呼びますから」

 返事がないことをいいことに、返す刀で玄関へ行き、サンダルを引っかけて隣のチャイムを鳴らす。

 応答は秒であった。

「あ、きました?」

「はい」

「ありがとうございます。ちょっとドアを開けてもらえますか?」

「はい」

 鍵のかかっていないドアを開けると、両手で鍋を抱えた古城が姿を現した。

 蒸した肉と野菜の匂いがすきっ腹に毒だ。

「どうも。皿は三人分あります?」

 複数人で食べたことなんて、あっただろうか。

 魔法使いたちと食事を一緒したことはないし、自分用に使うとしても、いつも一緒のお皿だし。

「……たぶん」

 いろいろ総動員したら足りるはず。

「じゃあ一緒に確認しましょう。足りなかったら僕の持ってきます」

 枝里子の家のドアを開け、古城が部屋へと上がり込む。

「お邪魔しまーす……」

 その瞬間、どたどたとポーチを片手にみどりが洗面所へダッシュした。

「こんばんは!挨拶は後程させてください」

 化粧直しをしたかったんだろう。不覚。

 鍋をかたんとローテーブルに置く。

 透明な鍋蓋からは、豚肉と色とりどりの野菜が見えた。

「深めのお皿、有りますか?」

「あ、はい、こんなので大丈夫ですか?」

 赤いチェック、白い無地のもの、どんぶり、

 見た目もバラバラだけれど、これはダメですとは言われなかった。

「おいしそうですね……」

 こんなにしっかりした家庭料理を見るのは何年ぶりだろう。

「野菜蒸しです。手軽に食べられますし、簡単なので重宝しますよ。ポン酢ありますか?」

「ないです」

「じゃあ、それも持ってきますね」

 古城は取って返す。

 一人で何往復もするつもりだろうか。

 枝里子も後を追った。

「バケツリレー的な感じで運びましょうか」

「助かります」

 かぼちゃの煮つけ、おから、ポン酢。

 手作りと思われるそれらと不足の調味料で、枝里子の部屋は一時的に豊かになる。

「えーと、炊いたお米と、ゆで卵はあります」

 お願いされた分と、自分でもできる料理を提案した分の進捗を報告する。

「よかったです。あと、トウモロコシはどうでしょう?」

「あ、レンジでチンしてそのままでした」

「じゃあ、それ切りましょう」

「はい」

 おっかなびっくり包丁を取り出し、まな板にのせる。

 包丁をとうもろこしに当て、ぐいっと力を込めた。

「せいや!」

 がたん。

 トウモロコシは滑り、包丁は力のままに振り下ろされる。

「大丈夫ですか!?」

 けたたましい音と共に、包丁がまな板に傷をつけた。

 黄色い物体は切れていなかった。

「僕、やります。お皿並べてください」

「すみません……」

 包丁をまな板に置くと、少し不安定だったからか、刃が滑る。 

「おっと」

包丁を取り落とさないように、古城の大きな手が重なり、動きを止めた。

「……怪我、ありませんか」

「あ、はい、ありません」

 しょんぼりしながら皿を出すと、視線を感じる。

 辿ると目を細めたみどりがいた。

 そろりと部屋から出て身を寄せる。

「ねえ、さっきの音、なに?」

「……トウモロコシを、切ろうとした音です」

「片岡せんせ、料理ってできました?」

「全然、まったく」

「で、助っ人を呼んだと」

「おっしゃる通りで」

 はあ、とため息の見本みたいな音が聞こえる。

「……料理できないのに人を呼びます?」

「お惣菜パーティーする場合もあるでしょう?」

「がっつり手料理に見えるんですけど」

「それは」

 仕事仲間兼友人のことが、心配で。

「……気持ちはうれしいです。だから、ちゃんと助っ人さんのこと、紹介してくださいね?」

 みどりはにっこりとしてさきほどまでの疲れを感じさせず、悠々と部屋へ入った。


「ねえシオン、覚えてる?」

「なにが?」

「僕たちが最初に会ったときのこと」

「忘れるわけないだろ」

――見回り、制圧訓練、その他護送。

刑務官としての訓練ならびにOJTをするかたわら、シオンは法律や各種法規に片っ端からあたっていた。

試験に出る範囲は一通り把握しているものの、細かいことはまたまだ知識が足りない。

魔法世界で生まれ育っていないシオンならなおさらだ。

「あー……目がちかちかする……」

寮共有の書棚からは、めぼしい情報が見当たらない。

といっても、新人に名簿などの閲覧権限があるはずもなし。

「っ……てなると、学院か、図書庁、公文書館か…………」

睡魔が襲う。

まぶたが落ちる。

開かない。


「聞こえるか、マノ」

「サハラ?」

「ここはお前の夢の中だ。手短にいう。配属早々目立つことをしてくれるな。公安の調査候補リストにおまえがあがってるぞ」

「…………いったい、なんで」

「詳しい話が聞きたいなら、今度の学院への説明会、立候補して。そうしたらちゃんと話せるから」


ーーーーーー目を開く。

始業にはまだ早い。

それでもシオンは眠れなかった。




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