第18話 自由業の宴会準備

 誰かの家に遊びに行ったり、招いたりして、数時間を過ごしたのはいつ以来だろう。遡ること二十数年。

 本当に小さなころに、友達の家に遊びに行って以来のことなのかもしれない。


「これで、大丈夫かな」

「こっちも大丈夫だ」

「待って壁一面にスペルが丸見えなんだけど」

 自分が言い出したことには自分が尻ぬぐいをするしかない。

 必要に迫られて、人を家に上げてもドン引きされないレベルまで掃除をした枝里子。

 かたわらで、防御魔法を構築していったサンゴ。

 自称、現場監督をしていたシオン。

 床は見えている。家具の面も整っている。置きっぱなしにしていた書類もファイルボックスに整頓した。

 それでも。床や壁にこれでもかと書かれた読めない文字は、いたるところで存在感を主張している。

「あー、掃除機かけてましたからね。ちゃんと見えないように処理を施したんですが、消えるまで時間がかかりそうです」

 影響が出ているのは壁、床、ドア回り。

 子供の落書きにしてはレベルが高すぎるし第一ここに子供はいない。

「さすがにこれがみえたら私やばい人だからね!通報案件待ったなしだから」

「大丈夫ですよ、たぶん」

「たぶん!?」

「そりゃ、家電の影響があるから予測にノイズが入るのは当たり前だろ」

「そういうことは早く言ってってば」

「言ったじゃん」

「このやろう」

 これ、二人が来るまでに消えてくれるだろうか。

消えなかったら貴重な交遊関係が一気に消えてしまうのだけれど。


 ピンポン。

 チャイムが鳴った。

 夜の九時。まだ担当からの連絡はない。

「はい」

「隣の古城です。そろそろ時間かなと思って」

「あー……」

 壁や床の文字は消えた。時間が解決してくれる、なんて昔の人の知見はさすが。セーフ。

 ただ、一人の家に異性をあげるのは抵抗がある。今更な問題発生。

「おい、おまえまさか」

「そのまさかだとは思いますけど私たちが出るわけにはいかないでしょう」

 そのとおり。正確には一人と見守りのもう一人もいるけど、表に出てきてもらうわけにはいかない。

 二人には精いっぱいのアイコンタクトをして、気配を消してもらう。

 沈黙を躊躇と受け取ったのだろう。

「あ、友達が来てない感じですか」

「はい……」

 これでちゃらい人だったら嫌な展開になるんだろうなあ。

「じゃあ、廊下に出てきてもらってもいいですか?」

 それでも隣の人は、そんなことはない気がする。

 だからとる行動は一択だった。

 がちゃり。

「ごめんなさい、手間かけさせて」

「いえ。じゃあ、持ってる食材を見せてもらえますか?」

「これなんですけど」

 二人してスマホの画面を除きこむ。

 在庫はあらかじめ写真に撮っておいた。

 古城は渋い顔をする。

「あー、ちょっと傷んできてるから、これはサラダは無理で、加熱かな……」

 自分のできないところを思いっきり見られているみたいで、お恥ずかしい限り。

 仕切り直しとばかりに、古城は笑みを浮かべる。

「じゃあ、できるところだけやっちゃいたいんで、食材貸してください。自分の部屋で切ってきます」

「あ、ありがとうございます」

 枝里子は自室に取って返し、野菜を一抱え持って戻ってきた。

「お願いします」

 どさりと渡すと、古城はよろめく。

 ひょろりとした外見通り、筋肉はほぼついていないのかもしれない。

「あ、部屋まで持ちましょうか?」

「お、お構いなく……」

 一歩を踏み出すのさえおぼついていない。

「あ、持ってますから、古城さんは自分の家のドア、開けてください」

 無理やりに野菜を奪い取ると、古城はためらいながらも足早に鍵を開けた。

 結構慎重な性格らしい。

 その間に枝里子はドア前まで移動する。

「なんか、すみません」

 古城はドアを開けていた。

「いえ、中まで持っていきます」

 枝里子は暗い玄関の前に入った。

 ひんやりとした室内は、自分の家とは違う匂いがした。

「ちょっと、失礼します」

 後ろから古城が枝里子を追い越していく。

 少しだけ身体が触れ合った。

「あ、半分いただきます」

 重さが半分になり、野菜は台所スペースへと運ばれていく。

「じゃあ、残りも」

 枝里子は手持無沙汰になった。

「友人の人がきたら、また連絡ください。持っていきますから」

「あ、ありがとうございます」

 枝里子は部屋を出た。



シオンの配属先は刑務課だった。

中級公務員としては順当な流れである。

三交代制のため、配属されたくない部署トップスリーに入るらしいが、公務員は夢のまた夢だったシオンにとっては関係がなかった。

「いやあ、実技では実に見事だったよ、マノくん!」

「あれを突破できるのは、十年にひとりいるかいないかだからねえ」

こうして上の職員に顔を覚えてもらえるのも悪くはない。

「いえ、無我夢中で……身体強化の魔法をかけたみたいです」

「あれか!取得ハードルが低いからひとまずみんな履修はするんだけど、なかなか使いたがらないんだよねえ。基礎を重視していて、いいことだ」

「恐れ入ります」

シオンがきょろきょろと歓迎会会場を見回す。三交代制のため、来ていない職員がいることは仕方がない。それでも、まったく見かけないというのもおかしな話だった。

「あの、研修の時きてた実技に出た人は…………」

歓迎会会場がしんとする。

「え…………」

「しーんぱいするな!怪我人は治療したし、査定は、マイナスにはならない。もちろん君はプラス評価だ!さ、食べた食べた!」

踏み込まない方がいい。

ひしひしと圧力を感じ、シオンは笑みを浮かべた。

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