第15話 女子高生と容疑者

「月影!」

 扉をガタンと開ける。

 顎までの長さの髪をハーフアップにした女性が振り返った。

 切れ長の瞳は凍えるような冷たさだ。

 月影の背格好とは似ても似つかない。

 長袖のTシャツワンピースに黒の細いスキニー。首元には柄物の大判ストール。

 髪留めとイヤリングには同じあつらえの細い三角モチーフの金色が光っていた。

 エリーはフリーズする。

「サハラ……ユイ?」

 シオンの問いかけに、砂漠の砂を思わせるような髪が、はらりと流れる。

「仕事が遅い魔法使いが何の用ですか」

 一瞥したサハラは興味を失ったように視線を戻した。

 ターゲットの人物と、大粒のダイヤのネックレスがノーガードで部屋に存在している。

 魔法をかけられているのか、彼女の目は虚ろだ。話が通じるとは思えない。

「おまえ、なんで俺たちの邪魔をするんだ」

「カヘン回収の進捗が滞っている。応援を寄越すのは自明の理だよ、マノ」

「それにしては、おまえの魔法は相性が悪すぎだろう!」

「バカと魔法は使いよう。これ以上の問答は無駄だ」

 話は平行線。

 だったらこちらも。

 やるべきことは一つだ。

「クレーシャ、アヌシャヤ、アースラヴァ。祓え煩悩、放て知慧!生きる楽しみはここに在り!魔法少女エリー、推参!」 

 ブローチがステッキに変わる。

 少なくとも、カヘンに取り憑かれた人間にとって、サハラのやり方がベストでないことは分かる。

 言葉で分かり合えないなら仕方がない。

「もういい、相手よりも先に封印する!」

「俺も同意見。それでこそエリーだ!」

 突破口をどう開くか。頭を回転させ始めたときだった。

「……邪魔をするな」

 サハラに放り投げられたイヤリングが、弧を描く。

 きらりと光ったときには、まずいと思ったときには、遅かった。

「避けろ!」

 シオンに突き飛ばされ、エリーは転がり込む。

「ぐっ」

 三角の線がシオンを取囲み、動きを封じている。

 しかも、苦しんでいる。

「シオン!」

「おそらくはオリジナルの、魔法道具です。身体の動きと魔力も封じるみたいだ。エリーさん、うかつに近づいたら危ない!」

 サンゴの制止で駆け寄るのをなんとか思いとどまる。

「どうすれば」

「サハラさんの動きを止めることが一番です。彼女の魔法も戦闘向きではありません。であるなら短期決戦を望んでいるはず。長引かせれば月影だけでなく、警察もやってきてシオンの足止めどころではなくなりますから」

「オッケー、やってみる」

 そしてはたと気づく。

「私の魔法も攻撃向きじゃないよね?」

 邪魔するにも手法がない。初期に聞いた説明によると、魔法使い一人一人が使える魔法は一、二個が限度だそうだ。シオンから魔力を借りているエリーも、シオンが使える魔法を行使することになる。攻撃パターンは、しいて言うなら、身体強化をして素手で殴るくらいだろうか。

「そんなこともあろうかと、かばんにお助けアイテムを用意しておきまして」

「そういうことは早く言ってよ!」

 というか、今までの苦労はなんだったんだ。かばんを漁ると出るわでるわ、よくわからないアイテム。

「……これは?」

 運命を感じて取り出したのは、分厚いハードカバーの本だった。

「呪文集です。エリーさんに使いこなせるものがあればお買い得……」

「絶対試すの今じゃないよ?」

 天然か。

 まあ顔を立てるため開いてはみたものの、いつかのような契約書と同じようなフォントが並ぶ。

「読めない」

「ええー、じゃあ一番最初だけ翻訳しますね」

 文字がみるみるうちに覚えのある字体に置き換わっていく。

 だが、置いてけぼりの魔法使いが、身体を震わせた。

「……魔法少女も、後を追わせてあげますね」

 唱えるべき呪文はこれだと言わんばかりに、文字がすうっと浮きあがる。

 やられっぱなしになんて、ならない!

「――ドゥッカ!!」

「うあっ!!」

 鋭い言葉とともにステッキから放出された緑の光線。

 防御姿勢をとる間もなく、サハラをかすめる。

 しゅうしゅうと音を立て、サハラは煙をのぼらせる手首を抑えていた。

 まともに当たっていたらと思うとぞっとする。

「サンゴさん、この魔法は?」

「攻撃魔法の一種です。苦しみを与えるので、多用はしないでください」

「こんな魔法を、使えるなんて……」

「シオンからの魔法の流れが一時的に途絶えている。このままだとエリーさんの正体がここでばれます。特例で私からの魔法を流してます。違和感があるかもしれませんが、ここは踏ん張ってください」

「違和感……わっ!」

 ステッキを落としそうになる。

 手の感覚がない。

違和感というか反動がものすごい。

多用ができないわけだ。

「あなた……一体何者?」

 サハラの目の色が変わる。

「魔法少女、エリーです」

「そんなことは聞いてない」

「あなたこそ、私たちの仕事の邪魔をしないでください」

「カヘン回収にここまで時間をかけるな」

どこまでいっても、妥協点は見つからなかった。

「……あなたとは、分かり合えない」

「奇遇だな、意見が一致したよ」

 終わらないにらみ合いを続けたとき。

「エリーさん、人が来ます!」

「ちっ!」

 サハラは大判のストールをまとい、姿を隠す。

 警察と月影がなだれ込んできた。

「……魔法少女エリー、今宵の獲物は私がいただく」

 手元には銀色のダーツ。

「……五上分結断ち給え。ウッダンバーギヤ・サンヨージョナ」

 まっすぐに飛んでいき、ターゲットに命中した。

 目の前で、ダーツが黒ずみ、カヘンは回収された。

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