第14話 魔法少女と少年、または怪盗

 夜。本日押し入る予定の家にほど近い場所で、エリーとシオンは身を潜めていた。

 規制線がはられた道路は物々しい。物影で真っ黒の三つ編みが揺れる。

「ねえシオン」

「なんだ、セーラー服の女子高生風エリー」

「好きで着てるわけじゃないって何度言えばわかるのかなあこいつ」

 しゅるりとほどいた紺色のスカーフで、軽口をたたいた主を軽く締め上げる。

「シオンがすみません……そして、エリーさん、なにか言いたかったことがあったのでは?」

 スカーフから手を離す。

「なんでわざわざ来ることを知らせるの?」

 ――現場には警察官がわんさか集まっていた。

「予告状出しといた」

「はあっ!?だからなんで?」

 そんな二次元限定の怪盗みたいなことしないでくれよ。

 こちとら一般人。明日の自分のために、捕まらないよう必死だよ。

「仕事しましたっていう証明に必要なんだよ」

 ああもうお役所仕事の極みの魔法使いめ。

「今までも勝手に『品物はいただきました 魔法少女エリー』とか書いてるカードいつの間にか置いてったでしょ?あれだけで十分でしょ事後報告で!」

「上が、いつからターゲットを見つけて何日で処理したか知りたいってうるさくて」

現場こっちの都合も考えろやあ、このお役所仕事人間が!!」

 魔法使いと関わるようになって変わったこと。

 沸点が、低くなった。

 あるいは、あっちがとんでもない温度でエリーを煮立たせてくる。

 いやはや、きっちりしている魔法世界なことで。

「まあしゃあないじゃん。もう出しちゃったし」

「事後報告でさらっと流そうとするなあ!」

「まあまあ」

 ガシャーン。

 サンゴがとりなそうとしたとき、ターゲットの一軒家から、窓ガラスが割れる音がした。

「出たぞー!月影だ!」

「……」

 嫌な固有名詞を聞いた。

「………先を越されましたね」

「だめじゃん!」

「あいつにカヘン回収されたらたまんねえよ!」

 足に瞬間的な強化がかかる。

 一足飛びに、エリーは衝撃音がした部屋へと飛び込んだ。

 ガシャーン。

 飛び散った窓ガラスの破片のほかは、何者もいない。

 一目散にターゲット近辺へと突入したのかと思ったが、電気さえついていない。

「誰もいないし、ここは……」

 バン。

 扉が蹴破られるとともに、懐中電灯が当てられる。

 LEDの真っ白い光がまぶしい。

「いたぞ、エリーだ!」

 そのときすべてを理解した。

 これは、月影の陽動。

 警察官をこちらに集中させて、自分は悠々と仕事をするための。

「っ、はめられた!」

 くるりとターン。入ってきたところからまた出ていく。

 スカートがめくれあがり、ハーフパンツが露わになった。

「サンゴさん、月影の居場所、わかります?」

「魔力妨害を受けてなんとも……かわりにターゲットが潜伏しているとおぼしき場所を、ナビします」

「お願いします!」


 廊下を悠々と歩く人影に、巡回中の警察官ペアが目を止める。

 空き部屋に滑り込む不審者を、警察官は追い、ライトで照らした。

 仮面がぴかりと光る。

「いたぞ!」

「美しくない」

 ダーツが突き刺さり、警察官がひとり部屋へと倒れこむ。

「月影発見!場所はA地点、応援を要請……」

「少し黙って」

 二本目のダーツが突き刺さる。

 懐中電灯は部屋に転がり、黒の衣装が闇に溶けていた。

 白い手袋が、わなわなと震える。

「月影、ターゲット付近の警察をはがす。早急に現場へ向かって」

「……ユイ、無理だ。僕は……」

「無理じゃない。やるの」

「こんなこと、やりたくない……」

「やるの」

 声は一切の妥協を許していない。

 廊下では、慌ただしい音が響いていた。

 いつこの部屋に押し入られるかと思うと、身体が震える。

「……エリーに、任せておけばいいじゃないか」

「……あんなふざけた魔法少女を、認めるわけにはいかない」

「っ!」

 月影の身体がかしぐ。

 かと思うと、革靴がしっかりと床を踏みしめた。姿勢もまとう雰囲気も一転している。

「……ユイ、スマートに行く」

「そう。早く仕事を終えたら、それだけ早く帰ることができる」

 月影は部屋を飛び出した。


「ねえシオン」

「どうした、エリー」

 屋内で警察を撒き、宝石の類を探しながら口を開く。

「月影の後ろにいる魔法使いって、やり手なんだよね」

「ああ、そうだな」

「でも、今まで現場で月影に遭っても、背後の魔法使いとは一度も会ってない」

「そりゃあな。俺みたいに、カヘンの封印に現場で立ち会う必要がないからだろ。魔法少女に相棒の魔法使いはそばにいるけど、子供じゃなかったらその限りじゃないしな」

「安全上の理由、ですね」

エリーもさすがにかちんとくる。

「誰が子供だって!誰が」

「どうどう。エリーの場合は封印するための魔法に俺が必要だから、何歳だろうと二人で行動だ。その、悪いほうに考える癖、やめろよ?」

 なるほど、魔法もいろいろ制約があるらしい。むしろ、何度もカヘン回収に赴きながらも、いまだに共に行動するシオンが異端なのかもしれない。

「月影は、あのダーツが、封印道具?」

「そう。魔法道具だな。投げたら発動するタイプ。俺たちみたいに同時詠唱が必要じゃない。だから、細かいことはサンゴみたいに遠隔で指示してるんだろ。もしくは操ってるか」

 ぴんと糸がつながった。

「じゃあ、魔法使いを叩けば、月影の動きも鈍るとは思わない?」

 シオンがはっとする。

「それ、名案!サンゴ!」

「成功確率の高い手段です、私としても推奨します」

「叩ける位置にいるか?」

「かなりの隠ぺい工作がなされていますが……おや、どうやら今回、サハラさんは現場にいるようです。月影とは別行動。ですが近い」

「どうしてだ……普通は行動を共にするだろ」

来なくてもいいのに来るなら、その必要があるということだ。

「――一人を陽動で。もう一人を本命で動かして、なおかつ確実性を期すために、警備の警察にサハラさん自らが人心掌握の魔法を使うためだとしたら」

「サハラは現場にいる!行くぞ!」

「もちろん!」

 スカートを翻し、エリーは進む。

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