第13話 魔法少女の恋愛事情
「エリーの次は月影の貴公子とかいうやつが出てきたからほんっとうにこっちは迷惑してるんですよ!」
千歳みどりとの打ち合わせは、一段落すると大体こういう流れになるようになった。
担当編集かつ友人というような間柄なので、プライベートな話に移り変わるのは別にいい。
「大変ですねー」
本当に。かなりの間、交際相手である
朧下は警察官。いつもエリーの現場に詰めている。
そして、こちらも大変だ。
「ほんと、予定に支障が出まくりで」
デートもドタキャンとかなんだろうなあ。
曖昧にうなずいておく。
こっちも仕事に支障が出てたまらない。
月影の貴公子とやらとことごとくバッティング。カヘン回収の段階になってかっさらわれるわ、勝手に人の名前で予告状を出してかく乱させるわ混乱させるわ。
シオンやサンゴも頭を抱えていた。
本当に嫌なところをついてくる、というのがシオンの弁。
「っとに、早く捕まってほしい」
月影の貴公子に関しては同意。
ただし捕まったところで、なにも知らない一般男性Aが出現するだけの気もする。
「どっちも早く捕まってくれれば、大丈夫なのになあ」
「そうですねえ」
こっちは捕まりたくないけど。
というか捕まったら納品に影響ありあり。
「早く結婚したいのに」
とんでもない単語に頭がリセットされる。
「結婚……」
「そう。もうそろそろかなあって思ってるんですけど」
とんと縁がない話。
「はあ」
そこからは恋愛トークのオンパレードだった。
主に片岡が聞き役として。
――疲れきって帰宅する。
のろけも作品のネタの糧だ。
「あ」
「あ……」
集合ポスト前に、隣人がいた。
ぺこりと頭を下げると、下げ返される。
こういう時に、どういうふうに話せばいいか、枝里子はまだわからないままだった。
「ちょうどよかった」
なんだろう。こちらとしては特に用はないのだけれど。
怪訝な顔をしたことは気づいていないらしい。
「あの、これ」
封筒を渡された。真っ白い地の、何の変哲もないものだった。
「片岡さん宛のが混じってました」
「ありがとうございます」
裏返しても、差出人は書いていなかった。
それでも、いらないと突き返すのはマナーに反する。
「あ、この前は野菜、ありがとうございました」
「いえ。……処理できました?」
「あー……」
自炊が超のつくほど苦手なのだ。
イモはなんとかじゃがバターにして食べているものの、青物は冷凍庫に眠っている。
「よかったら、また声かけてください。自炊は一通りできるので、つくりやすいレシピ持ってきます」
「あ、はあ……」
ありがたい。ありがたいけれど。
この距離感はなんだろう。
「あ、いきなりごめんなさい。それじゃ」
古城の姿が見えなくなって、壁にもたれかかる。
新しい出会いなんて、魔法使いを除くととんとなかったから、身体がびっくりしているのかも。
「同性ならともかく、意外とぐいぐいくるよなあ、あいつ」
「そうですね」
姿を消していた魔法使いたちは勝手に評しているけれど、おおむね同意だった。
「同性でもないのに居候してる誰かさんには言われたくないけどね」
「だから隣に部屋契約してプライバシーには配慮してるだろ?」
変なお隣さんだ。
レシピについては前向きに考えたい。
けれど。
「様子見かな」
相手の考えが、読めない。
電気のついていない室内で、荒い息遣いのみが聞こえている。
「あの、ほんとに、ああいうのは、やめてほしい」
「あれ?引きこもりすぎて部屋から出るのも難しい人を出したのにその言い草はないんじゃないですか」
「恩着せがましい。気が、する」
「私たちは契約しましたよね?朔夜」
「それでも、こんなふうに、僕の身体を好き勝手に使ってもいいなんていってないよ、ユイ」
「……黙って指示に従っていればいいんですよ」
「……横暴……っ」
「ほら、仕事。変身しなさい」
薄暗がりで、長い前髪に隠れた瞳が青く光る。
「キレーサ、アヌサヤ、アーサヴァ。ウロよムロとなれ。月影の貴公子見参!」
黒の燕尾服に仮面をつけた男性が現れた。
「さーて、仕事に行こう」
ベランダの窓を開け放ち、ためらいもなく夜空へ飛んだ。
手紙は大事をとって、シオンが検分を行っていた。
「やっぱりこうしてよかったよ」
文面はなんの変哲もないダイレクトメール。
しかし、読み終えた後に痺れに襲われた。
時限性の魔法が組み込まれいる。そして月のマークが便箋にあることから察するに、月影、あるいはその背後の魔法使いからのメッセージ。
「っくそ……」
シオンは封筒をくしゃりと握りつぶした。
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