商売敵、そして辛酸
第12話 魔法少女、ライバル現る
殺風景な部屋は、ミニマリストも真っ青なほどだった。
それくらい、生きている誰かが住んでいるとは思えない場所だった。
BGMもない空間で、黙り込んでいたサンゴが口火を切る。
「裏とれました。月影の貴公子なる魔法少年の背後にいるのは、サハラ・ユイです」
「サハラ……あの上級公務員のサハラか?」
「ええ。間違いありません」
「最悪じゃないか」
三○一号室、壁一面に文字や記号が書かれたシオンの部屋で、対策会議が開かれていた。
防音、対盗聴、その他もろもろの魔法スペルを書き込んだので、秘密会議にはうってつけ、らしい。
退去の時に揉めても知らないぞという現実的な突っ込みは、行う気力がなかった。
むしろ、新しく名前が出た人物のほうが気になる。呆れるくらいになんとかなるさのポジティブ思考の相棒が頭を抱えているなんて、枝里子が初めて見る光景だ。
「そんなに、悪い人なの?」
公務員という身分は、シオンと同じだろうに。
まさかの、悪徳公務員?
「まあ、俺たちにとったら、そうだな」
「職務に忠実ですからね。だからこそ相性が悪い」
サンゴが遠まわしに同意する。
あいかわらず、姿は見せない。
「彼女の専門は人心掌握魔法。および身体能力向上です」
穏やかじゃない単語が出た。
魔法って怖い。
「それだけ聞くと悪者じゃないの」
「とんでもない。魔法界きっての実力者です」
「得意分野が得意分野だけに、遵法精神が相当で融通が利かない堅物だ。情よりも実利をとるタイプだな。だからこそ面倒なことに」
前言撤回。悪者要素がない。
「でも、仕事ができるっていいことじゃない」
千歳みどりは別格として、担当編集者は仕事ができるほうがありがたい。
どちらかといえば、人がよくて仕事ができないよりは、人が多少悪くても仕事ができる人とやりとりしたい。
フリーランスならではの意見だが。
大仰なため息が、違うんだよなあとバカにされているみたいでかちんときた。
「よくはない。あの、月影の貴公子とかいうやつ、十中八九、操り人形になってるぞ」
「……え?」
確かに、太いメンタルの持ち主だとは思ったけれど。
あれをやらされているとでも。
たぶんそれなりに年齢はいっているはず。
少年、という単語をあてはめるには疑問符がつくようなレベルで。
「意に添わぬ魔法少女および少年化はグレーゾーンですからね」
「それ私のときはどうなの」
契約破棄は無効とか言われたし。
「一応同意したろ?そんでもって魔法少女のときは自我あるだろ。あいつ、魔法少年になってるとき、自我ないぞ」
「そんな……」
あんな恥ずかしいことをさせられてるなんて、かわいそう。
自分だったらあとで恥ずか死ぬ。
せめて録画や写真といった記録が一切残っていませんように。
「そして、ダーツを使っていましたが……カヘンの回収方法からして、被害者の心もあわせて奪っています。これは記憶喪失や性格の変化を生み出す可能性があります。我々は魔法世界の存在を知られないように動くのが原則。これはいただけません」
「……また、来るかな」
「おそらくな」
「じゃあ、あっちのほうが魔法世界に認められた人なんじゃないの?」
「そんなことはない」
シオンが珍しく声を荒げる。
「俺たちは、カヘン回収の特命係だ。今更他のやつらに出張られる理由なんてねえよ」
言葉を探していると、チャイムが鳴った。
音が少し遠い。
訪問者は枝里子の
「中から戻って、応対したほうがいいと思います」
「そうします」
部屋へ戻ると、またもチャイムが鳴る。
案外粘り強い。
「はーい」
「隣の、古城です」
「はい」
「実家から野菜が届いたんですが、一人では食べきれないので、おすそ分けにきました」
確かにカメラには、両手いっぱいの野菜が見える。
今どき珍しい近所づきあい。
「今出ます」
チェーンをかけたまま扉をあける。
目元のあたりの前髪が、表情を見えなくさせていた。
「急にすみません。実家が農家で。腐らせるのももったいないので、よろしければもらっていただけませんか?」
段ボールいっぱいの青物、イモ類。
ありがたい限りだった。
「あ、いただきます。ありがとうございます」
チェーンを外し、段ボールを受け取る。
「重たいですよ」
「なんのこれしき……」
それでもよろよろとしてしまう。
「おっと」
段ボールを下から支えられた。
「よかったら、半分先に中に入れてください。箱抱えてここで待ってますから」
「恐れ入ります……」
枝里子は言葉に甘えると、まずは重さのあるイモ類をキッチンに置き、玄関にとって返した。
「……じゃあ、僕はこれで」
「ありがとうございました」
段ボールを置く。
「サンゴ、どうだった?」
「魔力反応はありませんね……」
うきゃあと叫び出しそうになるのをこらえる。
二人がしれっと自室にいたからだ。
「な、なに?」
「隣人の調査」
「背格好が似ていたので、念の為」
今度はこっちがため息をつく番だ。
「ああいう背格好の人、多いよ?」
「まあ、今回は空振りだった。警戒するほうが、しないよりいいだろ?」
「それはそうだけど」
「……では、早速ですが、現場へ行きましょう。エリーさん、申し訳ありませんが、支度を」
枝里子はのろのろの立ち上がる。
「言っとくけど、バカなことは考えるな。俺たちには、エリーが必要なんだ」
シオンは謎のカードをポケットにしまいこんだ。
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