第11話 魔法少女、青春のはじまり
「で、今日はなに」
「ザ。女子高生」
「わかっとるわ!」
ブレザーにリボン、ミニスカートに黒のソックス。こげ茶のローファー。
スクールバックにはステッキ型のストラップがついている。
花のイヤリングが隠れるように、髪型は耳が隠れるセミロングだった。毎度のことながら、コスチュームはいちいち細かい。
スカートはミニ丈だけれど、中に黒のスパッツをはいているからまだ許す。
「で、今日のターゲットはどんな人?」
「不登校になったまま三十路を迎えた女性みたいですね。なまじ家が金持ちだったので社会に出なくても困らなかったと」
「ああ、そういう」
魔法少女になったときの服装が相手の心の闇のキーになっていることは、なんとなく理解した。
「この服装になったってことは、楽しい学校生活を送りたかったのかな?」
「さあな。とりあえず金目のものには不自由しなさそうだなっと……」
止める間もなく蹴破られる玄関。
ザ・正面突破。
鳴り響く警報。
「なにやってるのシオン、隠密行動!」
「こうしたほうが、あぶりだせるってもんよ!」
「ちょっとー!いきあたりばったりー!」
どごん。
怪物が壁を壊してやってきた。
憤怒の感情か、湯気がしゅーしゅーと吹き出ている。
「私の中に、入ってこないで!」
そりゃ怒るわな。住居不法侵入だし。侵入の時にパーソナルスペースである家を壊してるし、ごもっとも。
「……ご立腹だよ」
「そりゃあ好都合だ。じゃあ俺、金目のもの探しておくから後はよろしく」
相棒は家捜しのため、どろんと消えた。
「くそったれがあ!」
こちらの都合はいざしらず、あちらは当然のように侵入者を迎え撃つ体勢だ。
スカートをはためかせ、回避行動、また回避。
「そんな服で、私の家にくるな!自慢しやがって」
でしょうね。どう考えても刺激しかしないもんなこの服は。
ただし口は、冷静な考えとは裏腹に感情をたたき出す。まさか自分からノリノリで着ているだなんて思われたくはない。
「私だって、三十路になってまで学生服着たくなかったわ!」
「このやろう!皮肉にしか聞こえねえんだよ」
「ほんっとに受け取り方がぶっ壊れてて話が通じないな、セーラー服とかだったら普通に売ってるんだから着たかったら買えっての!」
「いまさら着たところでだろうがよ!」
いまさら無理やり着せられてる身にもなってみろや。
「くそめんどくせえ!」
『シオン、金目のもの、まだかかりそうですか?』
「なまじ多いからなあ……エリーのピンチか?」
『いえ、私の耳によろしくない罵詈雑言がとびかっているので』
「もうちょっと頑張れ」
『薄情者』
「どっちが」
エリーが戦闘兼舌戦を繰り広げているとき。
「うーん、美しくないなあ」
涼やかな声がエリーの耳朶を打った。
ダーツの矢がきらめいて、怪物に命中する。
部屋の片隅に、ホスト風の男が立っていた。
全ての時が止まる。
「……あんた、だれ?」
「通りすがりの貴公子です」
外からの風が破壊された壁から吹き込んできた。
寒い。
セリフが。
「美しくないよ、君のやり方は」
流れ落ちてきた汗を袖で拭う。
少なくとも、ぽっとでのよくわからない人間になにかを言われたくない。
「魔法少女らしくない」
息を吸う。
「あなたは?魔法を使うの?」
黒い衣装がはためいた。
「月影の貴公子といいます。以後お見知りおきを」
……。
…………。
耳が悪くなったのかもしれない。
「……ホストなの?」
「心外ですねえ、エリーさん。……いや、片岡枝里子さんって言ったほうがいいかな?」
背筋が凍る。
エリーが片岡枝里子だということを、誰にも話してはいなかった。
ただのふざけた輩ではないことは分かる。
「あんた、何者……」
「まずはあの怪物をどうにかしましょうか」
視界の隅では動き始める怪物の姿があった。
そして放たれる第二のダーツ。
「魔力反応有り……」
サンゴのつぶやき。
「ってことは、魔法使いか?」
シオンの声が警戒を帯びる。
被っている仮面から、表情はうかがえない。
「あの仮面、こっちのサーチを無効化してきます」
謎の第三勢力に、リズムは狂わされっぱなしだった。
「誰か知らねえけど、邪魔してくれたな」
「邪魔?」
新たなダーツが現れる。
きらきらと輝く特別なもの。
「スマートに処理したと言ってほしいですね」
ぞわりとした。
「……五上分結断ち給え。ウッダンバーギヤ・サンヨージョナ!」
声とともに投げられて、怪物に直撃した。
光とともに消えていく。
かつんと、矢だけが地面に落ちる。
「………」
「…………あのダーツに、カヘンが回収されています。……おそらく、被害者の感情ごと」
シオンがするりと姿を現し、止めるまもなく掴みかかった。
「心を、奪ったのか!」
「アフターサービスって言ってほしいですね」
言葉は、噛み合わない。
「役所の、差し金か」
「答える必要はありませんよ」
気にする様子もなく、マントを翻す。
次の瞬間、ホスト風の男は消えていた。
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