第10話 魔法少女、開店休業

「シオン……?」

 返事はない。

「サンゴ?」

 カードは消えてくれない。

 こんな性質の悪いいたずら……。

「いや、もしかして」

 二人ではなく、空き巣かも。

 けれど。ぱっと見ても、室内に目立って荒らされた跡はない。

 貴重品も、PCも無事。

 収納場所を軽く確認しても、とられたものもなかった。

 異物はあのカードのみ。

 テーブルに触れ、恐る恐るカードに触れ、裏返す。

 ――お前の秘密を知っている。

「ひっ」

 思わずカードを投げ捨てた。

 ばたんとドアが閉まる音と、かちりと鍵がかけられる音、足音。

「おーす、エリー、部屋契約してきたぞ」

「鍵、開けっ放しだったので締めておきましたよ」

「ったく不用心にもほどが……」

 薄暗い部屋に戻ったシオンが見たのは、一人でうずくまる枝里子だ。

「おい、どうした?」

 シオンが肩に触れると、びくりと震える。

 恐る恐る振り返り、見知った姿にほっとしたようだが、目に見えて動揺していた。

「あれを、見て……」

 シオンは震えながら指差された方に近より、カードを見る。裏表を確認して、渋い顔をした。

 彼女の秘密なんて、思い当たることは一つしかない。

「……サンゴ、俺たちのことを知る誰かがいるか?」

「……そうでしょうね」

「由々しき事態ってやつだな」

 苦虫を噛み潰したような物言いに、片岡は口を開く。

「どうして、こんなことを」

「エリーには関係のないことだ」

「誤解を招きますよ、その言い方は」

 サンゴがたしなめる。

 枝里子の身体が暖かく包まれる。

 呪いや軽い体調不良を緩和する、変則的な防御魔法の類いだ。

「私たちは、カヘンの回収を行っています。ですが、機密任務のため、魔法世界でも限られた人間しか知りません。シオンがいないことを不審に思った同胞が、調べた結果ここに来たとしても不思議ではありません」

「どうして、こんな脅迫まがいのことを」

シオンは細く長い息をはいた。

「ただの人間を魔法少女にすることは、年々厳しくなってきてる。コンプライアンス的にな。それにいい顔をしないおえらいさんもいるんだよ」

 自分は、望まれない魔法少女なのだろうか。

「ですが、それにエリーさんは関係がありません。我々の勝手な事情に巻き込んだ。それだけですから」

「だから、俺たちはエリーを守る。なにがあってもだ」

 玄関のベルが鳴る。

 恐る恐るカメラを見ると、黒っぽい服装の男が手持無沙汰に立っていた。

 このタイミングでの訪問者は、偶然か。それとも。

「サンゴ、防御を」

「合点承知」

 目で促され、決意する。

 大丈夫。一人じゃない。

「…………はーい」

 平静を装いながら応答ボタンを押す。

「隣に引っ越してきました、古城ふるきです。引っ越しのご挨拶にうかがいました」

「今出まーす」

 玄関に出る。

 チェーンはしたまま、鍵を開ける。

 少しはねた黒髪に、目元にかかりそうなほどの前髪。

 清潔感がないわけではない。外見に無頓着なだけで。

「三○三号室に越してきた、古城です。これ、引っ越しのご挨拶で」

 軽めの箱を渡された。

 中身はタオルだろうか。

「三○二号室の片岡です。よろしくお願いします」

 互いにぺこりと頭を下げ、その場は終わる。

 扉を締め、かすかな足音と、隣の扉が開く音を聞き届け、枝里子は洗面所へ移動した。

 ここは三○三号室から一番離れている。

「ねえこれ、開けてもいい?」

「サンゴ」

「……魔力反応は、特に見当たりません」

「一応俺が開けてみる。防御、頼む」

「わかりました」

 箱をシオンに渡すと、慎重な手つきで開封する。

 まっさらの白のタオルだった。

「特に変なところは、ないな」

「こちらからも、異常は見受けられません。ただの引っ越しだったようですね」

 取り越し苦労に二人の手を煩わせてしまったことが申し訳なくなる。

「……二人とも、ごめんなさい」

「気にするな。あんなカードがあったんだ。警戒しすぎでちょうどいい」

「ええ、そうです。この部屋が不安なら、どうぞ、隣の部屋へ行ってください」

「隣?」

 あの引っ越してきた人の部屋のことだろうか。意味をはかりかねてしまう。

「三○一号室に人が入りました。契約者は真野紫苑まのしおん。シオンの名義です」

「今ならなんと!この部屋から直通で三○一号室に行ける扉付き!」

 頭が痛くなる。

 部屋の壁には、いつの間にか増えている扉。がちゃんとあけると、殺風景な部屋が広がっていた。

「いや、なに勝手に改造してくれちゃってんの」

 どうにもこうにも漫画みたいな展開に進んでいって、これからの行き先が現実なのか虚構なのか迷いそう。

「安心してください。プライバシーのため、シオンの側からは勝手に部屋を開けないように設計しましたから」

「ただし緊急時は除く!どきっ、生着替えを見ちゃうかも」

「最っ低だ!」

 両隣とも空室で、静かな住環境だったのに、これからどうなってしまうのか。

 それでも、今はこのにぎやかさがありがたかった。


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