魔法少女の休息

第9話 魔法少女、本業をする

「はい、……はい、申し訳ありません。明後日までには必ず」

 電話を終わらせ、枝里子はため息をつく。

「どうかしましたか?」

 一人暮らしのワンルームで、問いかける声がした。

「締め切り破りました」

 当然のように、見えない人間に返答する。

別の声が、うめきながらも部屋の奥で笑った。

「ざまあねえな」

「そのセリフそのままシオンにお返しする」

「きっつ。けが人だぞこっちは」

 ――在宅ワーカー、片岡枝里子には、現在同居人がいる。

 魔法使いシオンは、先日の出動で重傷を負い、部屋で療養に努めていた。

 人のベッドを占領し、口だけは達者な自称魔法世界の公務員。

 こちらはこちらで積み上がった仕事と格闘中。今のところ、魔法少女として能動的に動くことは控えている。

 なにしろシオンから魔力を借りることもままならず、変身さえできない有様なのだ。生粋の魔法使いではない片岡としては、こんな状態で変身するとか無理。それよりも、滞った諸々がやばすぎる。

「魔法少女としての活動で、執筆時間が取れなかったということですか……」

「恥ずかしながら」

 サンゴの言った通り。

 在宅勤務は明確な休日がない。

 つまりは毎日ゆるやかな仕事状態なわけで、そんなところに魔法少女の活動が入れば、仕事ができる時間は減る。

 今まで締め切りを破ったことはなかった。

 不覚。

「そりゃあ、言い訳できない理由だしなあ」

 そんなことはわかってる。

 ここは魔法なんて、現実にあるとは認識されていない世界だ。

「この機会に遅れを取り戻す。っていうか本業は魔法少女じゃないし」

「なんてことを言い出すんだ」

「そっちこそなんてこと言ってるの」

 まずは仕事で担当さんたちの信頼を取り戻すのが先決だ。

 タイピングの音が響く。

 魔法少女は無報酬。時間だけとられ、警察に逮捕される危険性も冒す。そしてご飯を食べていくことはできない。

 なんて仕事を押し付けていったんだ、と思わないでもなかった。

 けれど、シオンやサンゴを恨んでいるかと聞かれれば、違う。

「……命に別状はなくてよかった」

 仕事ができる時間がとれたことはありがたいけれど、シオンが怪我をすることは望んじゃいなかった。

「ほんとにな。あの魔法薬がなかったらどうなってたか」

 当人はけろっとしているが――実際は危ない状態だった。

 この場にいる全員が、回復魔法を使えない。だからこそ、防御魔法でダメージを受けないようにするか、強化した身体能力で回避行動をとるのだ。

 つまり、重傷を負うと詰む。

 このままでは任務に支障がでると、サンゴが裏技を使って魔法薬を送ったらしい。

 その薬を使ったことで、シオンは意識を回復したのだ。

「っていうか、シオンはいつまで居候する気?」

「エリーはけが人を放り出すレベルの薄情者だったのか」

「うん、ここまで口が回るんだったら、それなりに元気だね」

「まあこの際にこちらで家を契約するのもありかもしれませんね」

 サンゴがとりなすように口を出す。

 正直そのほうが片岡にとっても助かる。緊急事態で家に置いているとはいえ、家族でもないのだし、四六時中同じ空間で過ごすのは気を使う。一人でホテルに泊まることも考えたが、自分の家なのに出ていかなければ駄目なのか、と思い、なんとなく出ていけば負けな気がしてしまった。

サンゴに同意しようとした意識が通知音で途切れる。スマートフォンには、担当編集からの連絡が入っていた。

「この機会に担当さんと打ち合わせしてくる」

 久しぶりにまとまった時間がとれたのだ。

 片岡は必要書類をまとめ、家を出る準備をした。

「じゃあ俺たちも、リハビリがてら、家探すか。一緒に出る」

 部屋は無人になった。


 千歳みどりは、片岡枝里子が駆け出しのころから世話になっている編集者だ。

 新人作家に新人編集者が担当という形だったが、だからこそ、二人三脚でやってこれた。

 同い年で同性、しかも馬が合う。

 そんな彼女が、ご機嫌ななめだった。

 仕事にプライベートを持ち込むタイプではないのに。

「……どうかしたんですか?」

「あの魔法少女、エリーとかいう人のせい」

 カフェで投げやりな態度をとる千歳は、露骨にイラついている。

「私の交際相手、警察官なんですけどエリー担当みたいで、まともに会えない日が続いてるんです」

 初耳だった。なにより、色恋沙汰はこの歳になると聞かれない限り話さない。

 特に仕事相手には。

「それは……大変ですね」

「うん。本当に」

 世間に名をとどろかせている魔法少女エリー。

 目撃証言によると犯人はうら若い女性一人だが、単身で行ったとは思えないほどの大胆な破壊活動を行う異色の押し入り強盗だ。

「なんでも、模倣犯も多いらしくて。これ以上過激化したら死人が出るって警察も殺気立ってるって」

 それはそうでしょうね。今まで死傷者出てないことが不思議だし。

「早く、落ち着いたらいいですね」

「……本当に」

 ホットコーヒーが冷めていく。

「っと、ごめんなさい。打ち合わせ、入りましょうか」

 頭を切り替えようとして失敗する。

 一体、今までの日常には、どうやったら戻れるのだろう。


「もう動き回って大丈夫なの?」

 不動産屋から出てきたシオンに、サンゴが声をかける。

「ああ。サンゴの薬のおかげで。……俺のへまのおかげで、また難しい立場にさせたな」

「今更なに。この特命を受けたとき、一蓮托生だって言ったでしょう」

「それにしても、門外不出の秘薬」

「もし気にしているなら、二回目がないようにだけ、気を付けてください。それで、この話は終わりで」

 急に事務的な口調に切り替わると、そこが合図だったかのように音声は途切れた。

 シオンは友人でもある同僚に対して、一人ため息をついた。


――シオンがサンゴに出会ったのは、公務員として入局した年、新人研修の時だった。刑務課での集合研修日。サンゴは課長級に伴われ、隅で座学を観察していた。

座学が一段落する。

若手職員がなにか話すのだろうか。

そう漠然と考えていたときだった。

「収容者に逃亡の恐れがあり、実際に逃亡した際、きみたちはどうする」

「止めます」

課長級の問いかけに、誰かが答えた。

「では止めて見せたまえ。魔法あり、なんでもあり、多対一。わたしは手出しはしない。この者が部屋から逃げるのを全員で阻止しろ。ロールプレイング型実技、はじめ!」

あっけにとられたなかで、一人だけが悠々と部屋を歩いていく。

「なめてんのかよ!」

誰かの放った魔法。

いとも容易く弾かれて、別の誰かを昏倒させた。

「魔法が、きかない?」

「いや、あべこべに同じ魔法で攻撃されてた……」

「それでも同時に攻撃したらなんとでもなる!」

五人同時の攻撃魔法。

炎、水、水、炎、岩。

「やべ、打ち消しあっ――っ!」

岩が高速で跳ね返ってくる。

悲鳴があがった。

「……そうか」

防御魔法、あるいは反射。

であるならば。

シオンは走る。

勢いのまま背負い投げ。

そして、憑依。

「確保だ!!」

自分が発した知らない声に反応し、わらわらと何人かが捕縛する。

「終了!確保完了とみなす。身体や服装に異常がないか確認後、講評へ移る」

課長級の指示がとび、捕縛していた同期はすぐに拘束をとき、自席へと戻っていく。

もういいだろうと憑依をとくと、シオンは自らの肉体に帰っていく。そしてすぐに、驚いた顔が目に入った。隠しきれない感情は、無表情だった先程までとのギャップが激しい。

「…………憑依魔法か。まだあったんだ」

「それがどうしたと」

「いや、的確な処置だったから」

褒められるのは、素直に嬉しい。

「……お褒めに預り、どうも」

擦り傷や打ち身に簡単な手当をされた同期が戻ってくる。

そろそろ戻らなければ。

「……名前は?」

「シオン。シオン・マノ」

「そう…………共に働けるといいね」

答えずに、シオンは背を向けた。

席に着くと同時に、課長級の講評に入る。

いわく、相手の魔法を知ること。連携する場合はチームの得意分野を知り、戦法を組み立てること。

そして、強力な魔法使いほど魔法に頼る傾向があるため、力業も鍛えること。

「その点では、シオン・マノ。君の観察力、力業は刑務課勤務において及第点といえる。体術訓練も刑務課実習では毎日行うので、みなそのつもりでいるように」

講評が終わると、彼らは退室した。ロールプレイングをした若手職員は、名乗りもせずに。






「ただいまー」

 部屋は暗かった。

 枝里子は最初に帰ってきたらしい。

 鞄を置こうとして、見慣れないものに目を留めた。

 あなたはただの泥棒だ。

 そんなメッセージカードが、枝里子の部屋のデスクに置かれていた。

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