第7話 メイド、ご主人さまに盾突く
「大体おふくろもうるさいんだよ。いい年こいてアニメにはまるなって……なにが趣味でもいいだろ、まったく」
掃除をしていると、ぶつくさいう声が聞こえてくる。
エリーは相槌を打つのをとっくにやめ、聞き役に徹していた。
「やっとオタクでいても迫害されない世の中になってきたってのに。ライトなオタクが増えてこっちはいい迷惑だ。なにが、オタクです。でも彼氏彼女がいるし友達もいるし容姿もそこそこ自信があります!だ。そういう奴らに浸食されたくねえんだよ」
雑巾を固く絞る。こびりついた汚れはなかなか落ちない。
「でも、すみれちゃんが来てくれてわかった。信じる者は救われる。ありのままの自分を受け入れてくれる人がいる。一人でも、きっといつかは一人じゃなくなるって」
雑巾をのばして水気をとる。
ああ、もういいだろうか。
「……そうやって、努力もせず、ありのままの自分を認めてと、身勝手にまわりに求めるの?」
ぴくりと宮内の身体が動く。
メイドであるすみれの口調はかなぐり捨てていた。
「確かに、ライトなオタクは増えた。コンテンツ提供者から考えると、ヘビーなオタクは大口のお客様だよ。でも、だからって、ライトなオタクを叩く権利はどこにもない」
宮中の顔が気色ばむ。
「誰が、支えてきたと思って……!」
「確かにお金が落ちないと、コンテンツは成長できないから、お金を落としてくれる人には感謝しないといけないのかもしれない。けれど、自分が持っていないものを持っているからって、相手ができないことを自分ができるからって、それを理由に見下すのは、私は違うと思う」
「黙れ黙れ黙れ!」
自分が正論を吐いているという自覚はある。
それでも。
「ここで黙ったら、あなたはこれからも一人だと思うから」
「黙れって言ってるだろ!」
宮中の身体が黒いもやに包まれる。
エリーは弾かれるように距離を取った。
みるみるうちに、宮中は異形の姿へと変わっていく。
「防御魔法、展開します!」
サンゴの声が部屋中に聞こえる。
もはや姿が見えない魔法使いの声は、宮中には聞こえていない。
「エリー、ステッキを出すんだ!」
この、どこにいるのか分からない相棒め。無茶ぶりばかり言いやがって。
「変身した時から、持ってなかったけど?」
「どこかにデフォルメされて身に着けてるはずだ。ペンダント、指輪、ブローチ……なにかないか?」
ステッキの形状を思い出す。ハート型の甘いフォルム。
ペンダントはない。指輪もない。
あるのは。
胸元のブローチ。
「あった!」
「それに手を当てながら、変身のときの呪文をもう一度言うんだ。そうしたらステッキが現れる!」
「わかった!」
振り払われる腕をよけながら、エリーはブローチに手を当てた。
「クレーシャ、アヌシャヤ、アースラヴァ。祓え煩悩、放て知慧!生きる楽しみはここに在り!魔法少女エリー、推参!」
ブローチが光り輝き、手元にステッキが現れる。
「やはり……メイド戦士ではなかったか」
「それは仮の姿です!真の姿は魔法少女、エリー!」
「どっちもどっちだけどな」
「そこ、余計な茶々入れないで!!ってかシオンはどこにいるのよ」
「なんでもいい、偽物なぞ消し飛ばしてくれるわ……」
腕を振り下ろされる。
前転をして避けるも、壊された家具の破片が背中を直撃した。
「っ……!」
「エリーさんしっかり!シオン、封印に必要なものはまだですか?」
「もうちょっとだけ待ってくれ!さっきの攻撃で埋まっちまった!」
痛みで動けないエリーのそばに、くしゃくしゃになった白い封筒が落ちてきた。
差出人は連名で、切手は祝用のものがはられている。
結婚式の、招待状。
「なんで俺はまだ一人なんだよ……」
怪物は動きを止める。
「仲間はいつの間にか結婚して、俺だけ一人で。なんでなんだよ……」
聴いちゃいけない。共感してしまったら、エリーまで引っ張られてしまう。
クリスマスケーキのように、女性が二十五歳を過ぎても独身だったら売れ残りだと言われた時代は過ぎ去った。けれど、それでも結婚が一人前の証であるという風潮は完全には消えていない。
実体化していたシオンが、瓦礫の中から真珠の首飾りを引き抜いた。
「あったぞ、魔法戦士すみれ、完全受注生産限定の、キャラクターコラボジュエリーだ!これに封印を」
「それに触るな!」
一気にシオンが跳ね飛ばされる。
間一髪で防御を張ったようだが、それでも直撃のダメージは計り知れない。
それこそ、エリーが背中に追った傷とは比べ物にならないくらい。
「シオン!」
「俺のことはいいから、早く封印するんだ」
床に転がっていた首飾りめがけ、エリーは走る。
「それに触るなと……」
怪物にフィギアが投げられた。
投げられたものの腕が取れる。
「おっと、お前の相手は俺だぜ?」
怪物は咆哮した。
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