第4話 魔法少女、出勤
魔法少女になってから変わったことがいくつかある。
「っしゃ、カヘン回収。撤収だ!」
戦闘で荒れ果てた現場からくるりとUターンし、脱兎のごとく走り去る。
思いきりのよさとスタートダッシュ、全力疾走は、社会人となって以来縁がなかったけれど、魔法少女になってからは日常茶飯事だ。
「クッション展開します!そのまま直進してください」
「了解!窓まで一気に行くぞ、エリー」
「もういい加減華麗に撤収したいんだけど~!」
「脱出といったらやっぱ窓からだし」
「あんたのロマンを持ちこむな!」
ダダダダダダダダダ。ガシャーン。
勢いに任せて割れる窓。重力に従って落ちる魔法少女とその相棒。
ケープとリボンが風にあおられる。ボトムスの丈は相変わらず短いものの、今日はカボチャパンツ。もう中身が見える心配はない。
シオンの長衣がはためいた。
「第一、テレポーテーションや空中移動は俺の専門外って何度も言ったろ?」
見えないクッションで、ぽよんと地表に着地する。
何度か仕事をする中で、互いに遠慮がなくなった。
「俺ができるのは憑依魔法。カヘンを金目のものに憑依させたり、自分がなにかに取り憑いたりするの。あとはサブで、サポート系魔法――今エリーが恩恵にあずかってるような、身体能力の向上。そりゃ使えたらカヘン回収任務に打ってつけだけどな。能力的に向いてないの!移動とか、防御とか」
「シオンが絨毯にでも乗り移って、空飛ぶ絨毯として私を運んでくれたらいいんじゃないの?」
例えばアラジンみたいな感じで。
もしくは箒でもいい。
「可能ですが、シオンの馬力に比例しますね。魔力量がもたなければすぐにもとに戻りますし、スピードも出ません。プラス、憑依した絨毯が傷つけられたらシオンの肉体も欠損します。以上のことから推奨しません」
ついうっかりカッターで端っこ切り取ってやろうか。なんて言わなくてよかった。
心の声のガラが悪くなった気がする。
「だから結局、今みたいに全力疾走した方が早い、ってわけ」
遠くからけたたましいサイレンが聞こえる。
追っているのは近頃世間を騒がせている宝石専門の強盗団だ。
つまりは自分たち。
世の中にはスリルを求めて犯罪をする人間もいるとかいないとか。
けれどこちとらそんなスリルは求めてない。
普通に生きる、平和が一番。だったのに。
「……ったく、なにが魔法少女だよ!」
「魔法少女らしからぬ暴言だよな」
「まあ、身体能力をフル活用して住居侵入、住人昏倒、必要とはいえ金目のものを奪って逃げてるんで実質押し入り強盗と変わりませんし」
「あんたほんと後方支援だからって言いたい放題だな!」
「せっかくのかわいい衣装が台無しですよ?――エリーさん、そこの角左に回って。警察車両とぶち当たらなくて済みます」
「了解!的確なナビありがとうございます!」
エリーとシオンが暗がりへ飛び込んだ瞬間、パトライトがいくつも走り去っていく。
ターゲットの選定、防御、逃走。全てサンゴのサポートなしにはできないことばかりだった。
機嫌は損ねたくない。
「っしゃ、じゃあ変身そろそろ解いとこう」
「あ、はい、望むところです」
言うが早いかイヤリングをむしりとり、魔法少女は片岡枝里子となる。
午後十時。
女一人で出歩いていても、夜食を買いに出ていたと言い訳はできそうな時間帯だ。
どっときた疲れを深呼吸で押し込める。
「というか、魔法少女って代名詞は十代までじゃないですか?」
「あ、うんそれは俺も思……」
頭を打ち付けた音がした。
余計なことは言うなと、頼れる後方支援者が遠隔から頭上に固めのバリアを張ったのだろう。シオンが頭をさする。
「サンゴ、任せた」
「任されました。まあ歩きながら話しましょう」
夜道にすたすたと足音が響く。
サイレンの音も、もう聞こえない。
あるのは日常だけだった。
「……さて、エリーさん。あなたは魔法を使うために必要な資格はなんだと心得ますか?」
片岡は魔法使いをテーマにしたベストセラーを思い返す。
あれは、魔法使いの家系に生まれるか、突然変異で魔法使いの力をもって生まれるかした人間が魔法使いとなる、という設定だった。
力が発現しないと、その後も魔法使いになることはできない。
「魔法の素養、とか?」
「いい推論ですね。では魔法の素養とは?」
魔力?純粋な心?霊的ななにか?
「……そんなのわかんないよ」
口をとがらせると、やや時間をおいて無機質な声が返ってきた。
「ではご説明します。単刀直入に言うと、純潔であるか否かです」
飲み込むまでにしばらくかかった。
「…………はい?」
「男なら童貞。女なら処女ということです」
「サンゴさん、そんなストレートに言われなくても意味くらい分かります!!」
暗がりでよかった。こんな顔を見られたくない。
「ほら、三十までに性的な経験がないと魔法使いになれるっていう言説、一部で言われてるだろ?あれもあながち間違いじゃないんだよなあ」
「そもそも誰しもが魔法を使う素養を持っていて、徐々に使える人数が減っていくってことですからね。……まあそれで、我々も魔法少女候補の年齢を、二十代までに絞っていたのです」
なんという露骨な年齢制限。
まあ、巫女の募集要項もそんな感じだから、有り、なのか?
「そこに現れたのがエリーさんというわけです」
いや、それにしてもだ。
「でも、まさか、私以外の二十代以下が全員その」
「経験済みかどうか気になるって?」
シオンにさらりと先に言われてしまう。
その先はどうしても自分では続けられない。
サンゴが助け船を出してくれた。
「まあ、違います。労基法にひっかかるので除外せざるを得ないだけです」
労、基、法。
…………そういうの、ないって言ってなかったか、最初。
モニターしてるのだろう。説明が入る。
「昨今十五歳以下の採用は厳格になりましたからね。魔法少女として活動しても倒れない程度の体力、勉強に遅れないための知力、家を抜け出せるかどうかの住居構造と家庭環境も審査に入ります」
「…………」
「十八歳以下はもうちょっと緩いんですが、部活だの受験だの、バイトだなんだで放課後はそれなりに忙しい」
「…………」
「じゃあ高校卒業したくらいかっていったら、それはそれで資格があったりなかったりします。そもそも少子化で地域によっては選択の余地がありません」
「…………はあ」
「つまりは人材難!そんなところに在宅ワーカーで時間の都合がつきやすい、魔法少女にうってつけなエリーさんが降って沸いてきた!」
「ストレートすぎぃ!」
「こっちだってなりふりかまってられないんですよ!」
サンゴが壊れた。
案外年齢は変わらないか、年下だろうか。
「まあそういうことだから。これからもよろしくってことで」
「無給で!?」
「ほかにはない経験ができます」
「やりがい搾取!」
こっちが欲しいのはやりがいじゃなくて、金だ。
NO MONEY. NO LIFE.
「なんとでもいえ。こっちは仕事ができる。そっちは魔法少女の経験を活かした文筆ができる。ウィンウィンだろ?」
「最初に守秘義務契約交わさせたのどこのどちらさまでしたかあ!?」
魔法少女になって、一番変わったこと。
独り言が減って、会話が増えた。
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