第3話 魔法少女、就業規則を確認する
「これ、魔法少女の就業規則的なものです。十代の子には見せてないんですが、エリーさんにはお見せしたほうがいいと思いますので」
自室になんとか帰るが早いか、なにもなかった空間から契約書のようなものが現れた。ちゃっかりと、長髪の魔法使いも部屋でくつろいでいる。
一応靴を脱いではいたから許す……じゃない。
問題はそこじゃない。
「え、ていうかなんでついてきてるの?というか声だけのあなたは?え、幻聴?」
「ちっげーよ!天の声」
「シオン、せめてサポート役って言ってくれませんか」
落ち着いた態度からして、こちらのほうが話が早そうだ。そんな心の声を察したのか、天の声、もといサポート役の咳払いが聴こえる。
「申し遅れました。私はサンゴ。そこにいるシオンと同じく、魔法界の公務員です。専門は防御魔法。および索敵。内勤のため音声のみのコミュニケーションとなりますが、以後お見知りおきを」
「さっきはいきなり実戦だったし、雇用契約の説明したほうがいいだろ?」
なに。このこれからもよろしくってなりそうな流れ。
「まずは、助けてもらって、ありがとうございます。でも私、魔法少女?になるなんて言ってないし、あれは突発的に助けただけで」
「それにしてはその恰好気に入ってるじゃん?まだ元の服に戻ってないし」
しれっと部屋にまであがりこんできた自称魔法使いのことは、一旦思考から外す。
自分を見ると膝が見えている。
コスプレみたいな衣装そのままだ。
たぶん誰にも見られてないとは思うけど、火が出るくらいに恥ずかしい。
「戻り方が!わからないのっ!」
わかってたら速攻で着替えている。脱ぐにしても元々着ていた自分の服はどこ行った状態であるし。
「ああ、耳に花のイヤリングついてるだろ?それ外して」
イヤホンにばかり気を取られていて気づかなかった。
いつの間にかついていた花のイヤリングを、慌てて外す。
煙に包まれて、見る間に本当の自分へ戻っていった。
本当に。夢じゃなかったんだ。期待していたのに。
「私が、なにに、なるって?」
「魔法少女だ。えーっと、片岡枝里子、三十歳、独身――」
「年がちょっと上過ぎませんか」
「年齢制限なしって建前なんだからいいだろ。魔法は使えたし」
さらっと失礼なことを連発されている気がする。というかいつの間にか個人情報を入手されているし。
「さっきから人の顔をちらちらと……!」
婉曲な抗議もちらりと顔をやっただけでスルーされた。
どうせ私は三十路にして交際相手なしの寂しい女子だ。
「……職業は在宅での文筆業」
「ほら、うってつけ」
こちらのことは無視して勝手に話し合っている。
仕方がないから契約書を見てみることにした。とりあえず条件には興味がある。
あくまでも好奇心として。
……読めない。
おのれ飾り文字。
「あ、翻訳しておきます」
ホログラムに日本語が映し出される。
――いわく。
魔法少女は力を受け取った場合、力の供給主の指示に従って行動しなければならない。
魔法少女は出動要請があった場合は二十四時間三六五日、いついかなる場合でも変身し任務にあたらなければならない。
魔法少女は無給とする。
……これが雇用といえるのだろうか?
きらきらした子供の夢の世界をぶち壊している契約内容は、そりゃ十代には見せられないわけだ。
「ちょっと待ってなにこのブラックな労働環境。労働基準法って知ってる?」
「そちらの世界で労働者を守る法律があるのは承知していますが、魔法少女という職業は実在しないため法律の保護範囲外かと」
姿が見えない声が端的にいう。
あちらの法務でも担当しているのかもしれない。物分かりがよさそうだと思ったさっきの自分の見立てを撤回。
これはめんどくさい。
「そっちの世界の法律的にこれはどうなの」
「適法です」
嘘だろ。おい。不平等すぎる。
「そんなの契約しないに決まって」
「ところがどっこい、もう契約しちまってるんだよなあ」
シオンの指さす契約書の末尾には、書いた覚えのない署名が踊っていた。
「こんなのサインしてないし、無効!」
「一度でも力を借りて変身したら、即契約となる。魔法世界ではスタンダードです」
「なら契約解除!クーリングオフ!」
契約方法も郷に入ったら郷に従え!
「両方の合意がないと解除できないんだよ」
「そんなでたらめ」
「ほんとほんと」
「横暴な悪徳業者、公文書偽造!仮にも公務員がこんなことしていいの?」
「こっちも手段は選んでられないんで」
ならこちらも言葉は選ばない。
「じゃあ働かない!期待には応えられない。だから契約解除!ほら、同意して」
「俺はする気がない」
にっこりするシオン。
冗談でも、夢でもないらしい。
これはてこでも動かなさそうだ。
「……なんで私なの」
もっとふさわしい人は、きっとどこかにいると思う。
自分でなくても、代わりはいる。
「そりゃあ、あのときそこにいて、出会ったからだよ」
運命、なんて。
信じる歳じゃあなくなっているっていうのに。
「そういう巡り合わせって思ってもらいたいんだけど」
こんな年で、こんなミラクル。
本当に、事実は小説より、奇なりだ。
必要としてくれるなら。
その思いに応えたっていいのだろうか。
「……基本、私は私の仕事を優先するから」
「了解しました」
「これからよろしく」
魔法使いは満足げに微笑むと、瞬時に掻き消えた。
「シオン、ほんっと口がうまいよね」
「別に?っていうか、サンゴが余計なことを言わなくて助かったよ」
「黙っていたほうが話が早く進むと判断したまでだよ。この街で魔法少女になりえる人材を見つける条件に、三十歳以上を含んでいなかったなんて、いい気はしないだろうから」
「まあ、次善の策だからな。それでも、実力は折り紙付きだ」
それに否定する声はない。
「俺は俺にできることをする。たとえ何を利用することになってもな」
ベランダで、花が揺れていた。
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