第2話 魔法少女、初仕事をする

 剥き出しの腕、生足、色がついた現実離れした髪の色。

 一体ここは何次元。

「ねえちょっと待って待って待って」

「どうしたよ、魔法少女エリー」

「その恥ずかしい呼び方やめてください!っていうかこの服装なんなの!?」

 ケープ付きのブラウスには襟元のリボンにふんだんなフリル付き。手袋には薄紫色の花があしらわれている。

 ハイウエストのプリーツスカートのすそにもリボン。膝丈のおかげですうすうするし、全体的に装飾過多だ。

 いつの間にかハート型のステッキなんかも持っている。

「あー、魔法少女になったら自動で服が変わるんだよな。いわゆる変身ってやつ」

「せめて年相応な服装にしてよ!」

 この際本当に魔法少女として変身してしまったことは置いておく。変身したら見た目も変わるのはお約束っていうやつだし。だけどアニメにあるような十代の魔法少女と一緒にするんじゃない。少なくとも、服は!

「二人とも、きますよ!回避行動をとって!」

 耳にいつの間にかついていたイヤホンから、警告の声が飛ぶ。

「おっと」

 エリーはシオンに抱きかかえられた。

 お姫様抱っこ!太ももに手が!心臓が持たない!!

「とりあえず現場に行くから。話はそれからだ」

 人間離れした跳躍力で、ガラスが割れた四階の一室へと乗り込んでいく。

 そこへふらつくことなくすたっと着地した。

 見事だと感心する間もなく、モンスターはものの見事に追ってきた。

 悲鳴を上げる体力もない。

「サンゴ、頼む!」

「援護します!防御魔法、展開!」

 モンスターは見えない壁に阻まれた。

 そっとおろしてくれた人からは、笑みが消えていた。

「さて、エリー。俺はシオン・マノ。魔法界の公務員だ。目下の仕事は突発的に出てくる異形の怪物あれを封印すること。今はアシスタントのサンゴに食い止めてもらってるけど、長くはもたないし、対処療法でしかない。単刀直入に言う。人間が異形の怪物になってしまう『カヘン』の回収を、エリーにお願いしたい」

「ど、どうすれば」

「『カヘン』っていう魔法薬が、悪さをしている原因物質だ。それが人間を怪物にしているから、カヘン《こいつ》さえ人間から引きはがして別のものにつけてしまえばいい」

「それは、このステッキで?」

「いや。まずはカヘンを封印するものを探すんだ。サンゴ、あたりはつけられるか?」

「防御魔法の展開優先にしてるんで、現場判断で捜索してください!」

 余裕のなさは音声からでも十分わかった。

「了解。じゃあ金目のもの、とりあえず探すんだ」

 思わずずっこける。金目の物、という響きがもうアウトじゃないか。

「はあ?あなた、もしかして泥棒……」

「シオンでいい。あと泥棒じゃない。俺の魔法の特性上、カヘンはなにかに憑依させて回収しなくちゃいけないんだ。怪物倒してはい終わり、じゃねえの」

 埃を取るために使う雑巾みたいなものか。

「なら金目のものじゃなくても」

「カヘンは、人間の煩悩に反応する。だから、金目のものには食いつきやすい。宝石とかな」

 話しながらもシオンは飾り棚を荒らしまわることをやめない。

 エリーは一緒に探す勇気も持てず、怪物とシオンを交互に窺っていた。

 すると、シオンの手が止まる。

 お眼鏡にかなうものを見つけたらしい。ゆっくりと、一つの指輪を凝視した。

「小粒だが本物の宝石。……これにするか」

 エリーの耳に、みしみしと嫌な音が飛び込んでくる。

「シオン、エリーさん!防御魔法決壊まであと五秒!迎撃してください」

「はいよ、エリー!実践だ!」

「いきなりOJTとか無理ありません!?」

 見えない壁が破れ、モンスターが襲い掛かってくる。

 ――避けなきゃ。

 床を蹴った瞬間。

 思ったよりも遠くへ行けたことに驚いた。

「魔法少女になって、身体能力が一時的に向上したんだ」

 かすり傷一つ追わなかったことに、安堵する。後ろの壁は見事に粉々になっていた。

 自分でも、できる。

「早く封印を」

「どうしたら」

「ステッキに台座があるだろう、そこにこの指輪をセットして!」

 ふわりと投げられた指輪をキャッチして、吸い寄せられるように台座へと当てはめる。

 セッティング、完了。

 自分にも、できる。

「エリー、今だ!」

 ふと。

 できる、以外の選択肢は、頭から掻き消えた。

「……克服せよ。五つの束縛!」

 浮かんでくる。シオンとともに、唱えるべき呪文が。

「ウールドヴァバーギーヤ・サンヨージョナ!!」

 異形の怪物は苦しそうなうめき声をあげる。

 黒いもやが流れ出し、それらは寄り集まると、一目散にステッキにセットした指輪へと吸い寄せられていった。

 衝撃に立ちくらみそうになりながらも、踏ん張って耐える。

 異形の怪物は人間となり、意識を失って倒れていた。

「回収、成功……!」

「やったな、エリー!」

 ステッキの指輪はほの暗く光っている。それをシオンが、膜のようなものを張って回収した。

「二人とも、速やかに離脱してください!面倒なことになりますから」

 我に返ってあたりを確認する。

 見るも無残な室内の状況は、さながら押し入り強盗がたち去った後だ。

 もちろん容疑者はエリー他約一名。

 もしかしたら、シオンは他の人には見えないのかもしれない。

 となるとまずい。

「よっしゃ、逃げるぞ」

「え、逃げるってどこへ」

「とりあえず一緒に」

 そして窓からダイブした。

 スカートが見える、なんてもういい。

 とりあえず心臓が持たない。

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