第五十三話 遥かなる東の大陸へ・前編(調査官ヴィーの私的記録、ラビエスの冒険記)

   

「案の定、貴様たちが、ここ水運都市スタトにやって来たという次第だ」

 私――ヴィー・エスヴィー――の言葉で、話は一区切りついた感じだった。

 正直なところ、捜索隊なんて本当に来るのか、半信半疑だったが……。もしも来るとしたら、このラビエスのパーティーだろうという予感はあった。

 あのウイデム山に詳しいのは、ラビエスたちだ。だから彼らが、冒険者組合から頼まれるだろう。そんな理屈もあるが、それとは別に、おそらく彼らが来るという直感のようなものもあったのだ。

 そして、実際に彼らが来た。風の魔王を滅ぼした、と主張している面々が。ラゴスバット伯爵家の手先かも知れない面々が。

 彼ら自身も、ある意味、私の調査対象だ。彼らと行動を共に出来るのであれば、なんとも好都合な話だ。だから、私は提案する。

「一応確認しておくが、貴様たちだって、東の大陸に戻りたいのだろう? ならば、私たちの旅に同行してほしい」

 大司教様の示唆していた通りに、ラゴスバット伯爵家が何かを企んでいて、このラビエスたちが関与しているのであれば。

 センの仲間だったステンパーやニューとは異なり、ラビエスのパーティーは、この水の大陸に留まり続けるというわけにはいかない。何が何でも、東の大陸へ帰還する必要があるはずだ。

「もちろんだ。先に来ている二人に同行するのは、俺たちとしても利のある話で……」

 私の予想通り、パーティーのリーダーであるラビエスは、私の提案を受け入れようとした。しかし、

「待って、ラビエス」

 ラビエスの仲間の一人、マールという女が彼を止めてしまう。

 先ほどの自己紹介にもあったように、彼女は、ラビエスの幼馴染だ。もともと二人だけで冒険をしていたという話もあったから、公私ともに深く結びついた相棒パートナーなのだろう。

 見た感じ、ラビエスという男は、しっかりした気の強いリーダーには思えない。むしろ弱気で優柔不断、仲間の意見に流されやすいタイプに見える。相棒パートナーである女性の尻に敷かれるような性格なのだとしたら、この集団を仕切っているのは、実質的には、このマールなのかもしれない。

「ヴィーさんの話は、確かに魅力的だわ。でも、二つ返事で頷く前に、一つ確認しておきたいの」

 彼女は笑顔を見せながら、私に向かって、穏やかな口調で冷静に問う。

「先ほどの『私たちの旅に同行してほしい』というのは、セン一人では護衛役として不十分だから、私たちも加えたいという意味よね。だったら、これは正式に私たちを警護の仕事に雇いたい、ということなのかしら?」

 ああ、なるほど。

 マールは、ただ一緒に旅をするだけなのか、あるいは依頼料が発生する仕事なのか、はっきりさせておきたいらしい。冒険者としては、大事なポイントなのだろう。冒険者には不慣れな、教会の人間である私にも、その点は理解できた。

「しっかりしているな。ああ、依頼として考えてくれて構わない。報酬は、無事に帰り着いてから払うという形で、前金なしの後払いになってしまうが……」

 苦笑しながら、私は答えた。

 どうせ、払うのは教会という大組織だ。私の懐が痛むわけではない。この程度ならば、私の一存で決めてしまっても、必要経費ということで認められるだろう。

 するとマールは、にっこり笑って、

「それならば、喜んで引き受けましょう。パラもリッサも、もちろん承諾するわよね?」

 仲間の意思を確認してから、右手を差し出してきた。

「よろしく、ヴィーさん」

「ああ、よろしく」

 私と彼女が握手する横では、センとラビエスが、小声で言葉を交わしている。内緒話だったのだろうが、私は、それを聞き逃さなかった。

「お前の仲間、ちゃっかりしてるな」

「女って、そういうものだろう? まあ、でも助かったよ。俺だけだったら、うやむやにされるところだった……」


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、センと軽い会話をした後で、今話題にしたマールの方を見る。彼女は笑顔でヴィーと握手をしていたが、そのヴィーが、俺の方に刺すような鋭い視線を向けてきた。

 もしかすると「女って、そういうものだろう?」という言葉が、気に障ったのだろうか。ならば、何か小言のようなものを言い放つのかとも思ったが、そうではなかった。彼女の特徴的な瞳――目尻の切れ上がった瞳――のせいで、俺が勝手に誤解しただけらしい。特に意味はなかったようで、同じ目つきのまま俺の仲間たちの顔を見回してから、話し始めた。

「では、私から今後の方針を述べたいと思うが……。構わないな?」

 まず最初に、俺たちに確認するヴィー。

 俺も仲間も、首を縦に振った。

 今やヴィーは雇い主であるから、彼女に決定権がある。それに、俺たちが来るまでの間にセンと二人で情報収集をおこなっていたのだから、俺たち以上に「どうすれば東の大陸へ戻れるか」を理解しているはずだ。

「まず、この水運都市スタトは、この大陸の東側に位置している」

 おお、それは朗報だ。

 ここは水の大陸、つまり西の大陸だ。だから、西側より東側の方が、地理的には東の大陸に近いということになる。もちろん、大陸と大陸の間を移動するのは不可能と言われているので、そんな単純な話ではないのだが……。

「だから、ここから北東に向かって進み、北の大陸を経由して、東の大陸に戻ろうと考えている」

「そんな単純な話なの?」

 マールが、驚いたような声を上げた。いやはや、俺も同じ心境だ。

 そしてマールに続いて、おずおずと挙手しながら、パラが質問する。

「あのう……。北の大陸を経由するというのは、現在地を考えると南の大陸より北の大陸の方が近いから、という意味ですか?」

 確かに、ヴィーは「この大陸の東側に位置している」と言っただけで、南北に関しては何も触れていなかった。「北の大陸を経由して」という以上は、当然そちらが近いのだと俺は素直に受け取ってしまったし、それで問題ないと思うのだが。

 ところが、ヴィーは首を横に振った。

「いや、違う。北も南も、同じくらいだが、むしろ厳密には南の大陸の方が近いようだ」

「では、なぜ?」

 今度は、俺が尋ねた。

 これに対して、ヴィーは即答する。

「障害の数の問題だ」

 いやいや、素早く返してくれたのはいいが、これでは意味不明だ。

「……ふむ。貴様たち、わけがわからない、という顔だな。では背景説明のために、私の方から尋ねよう。大陸間移動の際に、何が最大の障害となる?」

「東の大陸を起点とする場合しか知らないけど……」

 俺たちを代表する形で、マールが答える。まるで、教師の質問に対して解答する生徒のようだ。そう俺は感じてしまった。

「北の大陸へ渡ろうと思ったら、海峡を遮る形で吹いている『海峡の魔風』が邪魔になるわ。狭いはずの海峡の向こう岸が見えないほどの嵐らしいから、とてもじゃないけど、渡航は無理ね」

 俺も、そう聞いていた。俺が頷くのをチラッと横目で見てから、マールは模範解答を続ける。

「一方、南の大陸へ向かう場合、今度は『悪魔の絶壁』が問題になる。文字通りの『絶壁』に加えて、恐ろしいモンスターが大量発生するのでしょう?」

「その通りだ。そして、この大陸を起点とする場合も、似たような状況になっている」

 ヴィーが、俺たちの知らない、西の大陸の状況を説明する。

 ここから北へ行く際には、灼熱の火山地帯が立ちはだかるという。常に噴火し続けている山々が連なる危険地帯であり、人々からは『魔の溶岩地帯』と呼ばれているらしい。

 そして南の大陸との間には、雪山地帯が存在する。猛吹雪ブリザードが一年中やまない、極寒の地だという。しかも頂上は凍りついて人々が足を踏み入れることすら出来ない、そんな山々が壁のように連なっており、こちらは『雪女の永久氷壁』と呼ばれているそうだ。

「つまり『海峡の魔風』と『魔の溶岩地帯』、あるいは『悪魔の絶壁』と『雪女の永久氷壁』の組み合わせ……。その二者択一か」

 自分の頭を整理する意味で、かつ仲間にも考えてもらう意味で、あえて俺は口に出してみた。

 そう、今の話を聞く限り、北の大陸を経由するにせよ南ルートを選ぶにせよ、どちらにしても障害の数は二つなのだ。『海峡の魔風』と『悪魔の絶壁』を比べたら、陸続きな分だけ後者の方が通行できそうな気がするし、『魔の溶岩地帯』と『雪女の永久氷壁』の比較でも、まだ後者の方がくみし易いと思えてしまう。俺たちのパーティーには、水の魔王が作り出した『氷の壁』に穴を開けたパラがいるのだ。『雪女の永久氷壁』だって壊せるはずと考えるのは、俺の浅知恵だろうか。

 そうやって俺が考えていたら、ヴィーが、きつい感じの目つきで俺を睨む。

「ラビエス、貴様の考えは、少し古い。私が先ほど『その通りだ』と言ったのも、厳密には現在の状況ではなく、昔の話なのだから」

 ……ん?

 一瞬、俺にはヴィーの言葉が理解できなかった。だが、すぐにわかった。どうやら、先ほどのマールの『模範解答』を「厳密には現在ではなく昔の状況」と言いたいようだ。

 では、現在は……?

 俺の頭に浮かんだ疑問に答えるかのように、ヴィーは宣言した。

「東の大陸と北の大陸との間を遮っていた『海峡の魔風』は、もはや消滅している。だから『魔の溶岩地帯』さえ乗り越えれば、私たちは北の大陸を介して、東の大陸へと帰還できるはずだ。これが最善策だと私は考えている」


――――――――――――


 わざわざ私――ヴィー・エスヴィー――が、やや回りくどい言い方で時間をかけて説明したのは、ラビエスたちの反応を見たいという明確な理由が存在したからだ。最初から「もはや『海峡の魔風』は消滅している」と言ってしまうのではなく「大陸間移動の際に何が障害となる?」と問いかけることで、どこまで彼らが知っていたのか、確認したかったのだ。

 彼らは今、完全に言葉を失っている。『海峡の魔風』が消えたなんて初耳であり、そんなこと想像もしていなかったという態度だ。

 しかし、そうした『態度』は演技かもしれない。私は宗教調査官として、多少は嘘を見抜く自信もあるが「自分が欺かれることは絶対にない」などと自惚れるつもりもなかった。

 もちろん、大司教様との謁見の場でも考えたように、『海峡の魔風』の消失は、辺境の村で暮らす一介の冒険者ならば知るはずもない出来事だ。しかし、このラビエスたちは、ただの冒険者ではない。ラゴスバット伯爵家という、地方領主がバックについているのだ。いや、むしろラゴスバット伯爵家の手先の者たちと考えた方がいいのかもしれない。ならば、これくらい事前に知っていてもおかしくはないだろう。

 いや常識的に考えれば、ラゴスバット伯爵家も『海峡の魔風』については知らないはず。しょせん小さな地方領主であり、教会レベルの優秀な魔法通信装置など、持っていないのが普通だからだ。

 しかし、私は宗教調査官だ。一般的な常識にとらわれず、あらゆる可能性を考慮しなければならない。今回の魔王討伐申請の裏に、何か大掛かりな企みがあるのだとしたら……。教会の魔法通信装置に匹敵するような、新たな技術が開発された可能性も、一応は考えるべきだろう。陰謀に備えて技術開発があったのか、技術開発の結果として陰謀を企んだのか、そこを議論するのは「卵が先か鶏が先か」みたいな話になるのかもしれないが。

 一応、今回の任務を受けてからの短い時間で、簡単に調べてみたところ、ラゴスバット伯爵家には前々から、ある噂があったらしい。一般には知られていない魔法を代々、秘密裏に管理している、という噂だ。

 そうだ。

 それならば。

 そうした魔法技術の応用で、彼らが独自に、高度な機器を開発したとも考えられるではないか!

 例えばニューが言っていたように――そしてリッサ自身が認めたように――、ドラゴン召喚などという秘術を使いこなす者までいるのだ。ラゴスバット伯爵家が、どんな驚くべき魔法を秘匿していたとしても、不思議ではない……。


 そうやって私が考えている間に、私の発言がラビエスたちの頭に浸透したらしい。彼らは、言葉を取り戻し始めた。

「『海峡の魔風』が消滅……? それって、いつの話だ?」

 ラビエスは曖昧な聞き方をしてきたが、リッサは、ずばりと核心に触れる。

「もしかして、私たちが魔王を討伐した影響なのか?」

 ああ、やはり、その件に絡めてきたか!

 しかも、それを口にするのがリッサ――おそらくラゴスバット伯爵の姪あるいは年の離れた従兄妹いとこ――というのも、意味がありそうだ。

 魔王討伐という申請の裏に陰謀があるなら、直接それに言及せず、遠回しな言い方をするべきなのに、はっきり「魔王を討伐した影響」と口にするとは……。伯爵貴族の血縁という高貴な人間には、そういう腹芸じみたことは難しいらしい。

 ならば、リッサの態度に注目すれば、色々と手掛かりが得られそうだ。

 そう考えた私は、リッサに向かって話し始めた。

「貴様たちがウイデム山で高レベルなモンスターを倒した話と、時期的には一致する」

「おお! では!」

 まるで踊り出しそうなくらいに喜ぶリッサだが、誤解されても困る。

「喜ぶのは、まだ早い。安易に結論づけない方がいい。まだ私は、貴様たちが魔王を討伐したという証拠なんて、全く見つけていないからな。魔王討伐なんて話、私は信じていないぞ」

 その点をはっきりと強調してから、話を続ける。

「とりあえず『海峡の魔風』がないから北の大陸を経由して東の大陸へ戻るということだけ、今は考えておいてくれ」


 彼らの頭にも、基本方針が叩き込まれたらしい。

 大きくため息を吐いた後、ラビエスが呟く。

「長い旅になりそうだな……」

「そうね。これまでで最長の冒険旅行だわ」

 同意を強調するかのように頷いているのは、彼の幼馴染であるマールだ。

 一方、残りの二人は、少し違う反応を見せていた。

「いいじゃないですか。私たちのパーティーならば、少しくらいの長旅も、楽しい旅になりますよ!」

 典型的な黒魔法士の格好をしたパラが、肯定的な意見を述べる。しかし口ではそう言うものの、私の目には、パラが心から自身の言葉を信じているようには見えなかった。むしろ、仲間を励ます意味で、無理しているような感じだ。

 そして、問題となるのは、ラゴスバット家のリッサだった。

「いいではないか! 西の大陸も、北の大陸も、私たちにとっては未知の大陸だ! 見知らぬ場所を探検してこそ、冒険者ではないか!」

 彼女は一人、無邪気に喜んでいる。

「でもなあ……。探検というには、あまりにも長い旅だぞ」

「まあ、リッサは、こういうの好きでしょうけど」

 ラビエスとマールは、リッサの言葉に、あまり納得していない様子。

 私は私で、リッサの態度に考えさせられてしまう。

 このリッサという娘が、私の推測通り、腹芸など苦手な人物であるならば。

 ここ及び北の大陸、その二つを探索することは、本当に喜ばしいことなのだろう。むしろ、他の三人の態度の方が、私を欺こうとしている可能性もあるのではないか?

 つまり。

 二つの大陸を探ることも、最初からラゴスバット伯爵家の計画に含まれていた、という可能性だ。

 そもそも、ウイデム山にあった銀色の『池』だって、ラビエスたちが最初に登った時点から存在していたのかもしれない。その存在を、ちゃんと彼らは知っていたのかもしれない。そこに調査隊として私のような者を送り込ませて、水の大陸へと転移させた後、捜索隊として自分たちもやって来る……。

 そこまで全て、計画のうちだったのではないだろうか? だから今、これほどリッサが喜んでいるのではないだろうか?


 そんな想像をしてしまった私は、心の中で首を横に振って、その考えを否定した。

 全てがプラン通りだとしたら、先に私たちを送り込ませた意図がわからない。ここや北の大陸で何を調べたかったにせよ、ならば勝手に自分たちだけで来れば良かったではないか。私がいることは、彼らにとっては邪魔にしかならず……。

 そこまで考えを進めたところで。

 私は気づいてしまった。

 この私の存在が『邪魔にしかならない』だと?

 とんでもない!

 ここでの私は、彼らにとって、重要なツールの一つではないか!

 今現在、ラビエスたちの身分を保障している『身元引受人』は、この私なのだから!

 もしも私という後ろ盾がなければ、ラビエスたちは、ここ水の大陸では、怪しい存在としてらえられていたことだろう。自由に行動するためには、教会のように別大陸でも信頼される者を、話に巻き込む必要があったのだ。

 この私の考えが、的中しているならば……。

 宗教調査官である私は、知らず知らずのうちに、ラゴスバット伯爵家の陰謀に組み込まれてしまったことになる。まるで自分が、見えない蜘蛛の巣や蟻地獄に捕捉された虫になったような気がして、背筋がゾッとするのだった。

「ヴィーさん? 気分でも悪くなりましたか?」

 パラが、私の顔を覗き込むようにして、声をかけてきた。

 いけない、いけない。

 あまりの想像に、恐怖が少し表情に出てしまったらしい。私の考えが正しければ、今この私を気遣っているような態度を見せる少女だって、腹の中では何を思っているのか、わかったものではないのだ。

「いや、何でもない。気にしないでくれ。私も『長い旅だな』と、少し気が遠くなっただけだ」

 そう言って私は、適当に誤魔化すしかなかった。

   

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