第五十四話 遥かなる東の大陸へ・中編(パラ、ラビエスの冒険記、調査官ヴィーの私的記録)

   

「でもなあ……。探検というには、あまりにも長い旅だぞ」

「まあ、リッサは、こういうの好きでしょうけど」

 私――パラ・ミクソ――の目の前で、ラビエスさんとマールさんが、そんな言葉を交わしています。

 北の大陸を経由して、東の大陸へと戻る……。

 確かに、考えただけでも気が遠くなりそうな、壮大な話です。

 あちらの世界で私が楽しんでいたRPGゲームでも、中盤あたりで全く別の世界へ飛ばされて、元の世界へ戻るために四苦八苦するという展開は、何度も経験しました。ゲームならば単なる娯楽ですし、長々とイベントが連続する場合は途中でセーブすることで、少しずつ楽しむことも出来ます。

 しかし、現実の冒険生活では、そうもいきません。一気に頑張って、なるべく早く、東の大陸へ戻りたいところです。

 ワクワク気分の強いリッサ以外、全員が同じ気持ちでしょう。特に、冒険を楽しむわけではなく、宗教調査官という仕事の途中だったヴィーさんは、私たち以上に「早く帰りたい」と思っているはずです。

 よく見れば、私たちに遠大なプランを提示したヴィーさん自身が、気を病んでいるかのような酷い顔色になっていました。

「ヴィーさん? 気分でも悪くなりましたか?」

 私が心配すると、彼女は「何でもない、気にするな」と返すだけです。

 まあ実際、私が気休めの言葉をかけたところで、ヴィーさんの気分がラクになるわけでもないでしょう。彼女のためにも、少しでも建設的な意見を……。

 そう思ったところで、私は閃きました。

「そうです! 私たちはワープさせられてきたのですから……。逆に、こちらから東の大陸へワープすることだって、あるんじゃないですか?」

「パラは何を言っているのだ? あの井戸にあった転移装置が一方通行なのは、すでに私たちも確認しただろう?」

 私の言葉に真っ先に反応したリッサは、意味がわからないという態度でしたが……。

「ああ、そういうことか」

 ラビエスさんは、わかってくれたようです。

「つまりパラは、別の転移装置を探そう、と言いたいのだな」


――――――――――――


 未知の大陸から、さらに別の大陸を経由して、元の大陸へ帰還する……。

 話を聞くうちに、俺――ラビエス・ラ・ブド――の頭に浮かんできたのは、元の世界で見た映画やドラマの数々だった。いわゆるロードムービーと呼ばれるタイプの物語だ。

 そして。

 パラの「こちらから東の大陸へワープ」という言葉を聞いて、頭の中の映像は、少し新しくなった。パラが『転移』ではなく『ワープ』という言葉を使ったせいもあるのだろうが、あるSFドラマを、俺は思い出したのだった。


 宇宙を舞台にした、SFドラマだ。

 人類が宇宙船で遠くまで行けるようになり、宇宙探索に勤しむ時代。人類の英知を超えた未知のテクノロジーによって、主人公たちの宇宙船は、遥か彼方の宇宙へワープさせられてしまう。地球へ戻るには、何十年だか何百年だかかかる、という距離だ。

 そこから彼らは、遠い故郷を目指して出発する。遥かなる地球へ、という旅が始まるのだ。

 ただし最短経路ではなく、時には少し寄り道をすることで、宇宙船のスピードを増すような新たな技術を得たり、航路を一気に短縮できるようなワープ技術を探したりする……。

 そんな物語だった。


 舞台は宇宙ではなくファンタジー世界だが、俺たちの状況は、そのSFドラマと同じではないだろうか。

「つまりパラは、別の転移装置を探そう、と言いたいのだな」

 そう俺が言うと、

「そうです、そうです! さすがラビエスさんです!」

 我が意を得たり、という満足顔のパラ。

 この様子では、パラも俺と同じく、元の世界で見たテレビドラマか何かを、念頭に置いていたのだろう。

「おう、やっぱりラビエスたちが加わると、面白いアイデアも出てくるな!」

 センも嬉しそうな顔をしている。

 そしてリッサも、この提案には、興味を示したようだ。

「未知の転移装置を探索するのか……。確かに、無目的に歩き回るよりも、その方が面白そうだ。私も賛成だぞ」

「いやいや、リッサ。そもそも『無目的』じゃなくて、東の大陸へ、イスト村へ帰るという大きな目的があるからね? 忘れてはダメよ?」

 リッサに釘を刺すマール。特に口には出していないが、彼女の表情を見る限り、パラや俺の意見に賛成のようだ。

 しかし。

 この帰還の旅の主導権は、雇い主という立場のヴィーが握っている。

 だから俺は、彼女に尋ねた。

「ヴィーさんは……。この話、どう思う?」


――――――――――――


 私――ヴィー・エスヴィー――は、しばらくの間、冒険者たちが話すに任せていた。

 必要以上にたくさん話をすれば、どこかでボロを出す。それが人間というものだ。

 あるいは、はっきりとした失言ではなくても、口調や表情などから、読み取れる部分もあるだろう。

 これまでの宗教調査官としての経験から、私は、そう考えたのだった。

「つまりパラは、別の転移装置を探そう、と言いたいのだな」

「そうです、そうです! さすがラビエスさんです!」

 ラビエスとパラの言葉を発端として、彼ら冒険者たちは――ラビエスのパーティーの四人だけでなくセンも加えて――、盛り上がっているようだが……。

 ここで私が考えるべきは、彼らの真意だ。

 つまり、この転移装置の探索という話は、本当に、パラが今ここで思いついたものなのだろうか?

 もしかすると、事前に計画していた話を、さも「自分が今思いついた」という顔で持ち出しただけなのではないだろうか?


 少し前まで私は、リッサの態度――「西の大陸も北の大陸も探検しよう」と言って無邪気に喜ぶ様子――から、それこそがラゴスバット伯爵家の狙いだったのではないか、と考えていた。

 しかし。

 さらに深く考えてみれば、これはこれで、少しおかしい。東の大陸への帰還ルートを普通に旅するだけでは、寄り道して探検する暇など出てこないのだから。

 だから、何を調べるにしても、探る口実が必要になるだろう。その『口実』こそが、今言ったような『転移装置』なのではないだろうか?

 いや、あるいは。

 口実などではなく、本当に『転移装置』のような超技術を――東の大陸にいたままでは手に入らない技術を――獲得するという話こそが、彼らがここへ来た真の理由だという可能性もある……。

 そうやって私が考えていると、ラビエスが私に声をかけてきた。

「ヴィーさんは……。この話、どう思う?」

 ふむ。

 表面的には、冒険者を護衛として雇った私に対して、その冒険者たちが行動方針を尋ねている。という形だ。

 しかし、本当にそれだけだろうか。それにしてはタイミングが出来すぎている。彼らの企みに気付き始めた私に対して、どこまで気付いたのかを探っているようにも思える。

 とりあえず。

 もしも、互いの腹の探り合いであるならば……。

 ここは、頷いておいた方がいいだろう。

 どんな技術を獲得しようとしているのか、それを知るためには、実際に彼らが色々と探索する場面を見るのが、手っ取り早い。つまり、あえて彼らに、探索のための寄り道をさせてやるのだ。

 それに。

 裏の意味は抜きにして、表面的な話としても、この「転移装置を探そう」という提案は受け入れるべきだと思う。普通に進むだけでは、東の大陸に到着するまで、気が遠くなるような日数がかかるのだから。つまり、どこかで転移装置を発見して時間短縮できるならば、それは私としても大歓迎なのだ。

 そこまで考えた上で、私は慎重に答える。

「わかった。そうしよう。まずは北の大陸を目指しつつ、立ち寄った村などで情報を仕入れることで、転移装置のような時間短縮の手段も探す。それでいいな?」

 最終確認のように私が尋ねると、ラビエスたち全員が頷いた。

 思ったより時間を費やしたが、ようやく、これで旅の基本方針が決まったといえよう。

 私が軽くため息をつくと、

「では、少し具体的な話も聞きたいのだけれど……」

 マールが、話を進め始めた。

「……馬車の手配って、もう済ませてあるの?」

「ああ、それは俺も知りたいな。すでに馬車を確保してあるのかどうか、それは大きな問題になってくる」

 マールに追従する形のラビエスに続いて、

「そうですよね。三つの大陸を通る旅になるわけですから、大変です。いくつもの乗合馬車を、乗り継ぐ形になるのでしょうか?」

「それより、馬車自体を借り切れば良いではないか! また私が御者になるぞ!」

 パラとリッサも、意見を口にした。

 彼らの『馬車』という言葉を聞いて、私は少し、センと顔を見合わせる。ラビエスたち四人よりも先に水の大陸に来ていた私たちは、情報収集の過程で聞き知っているが、まだラビエスたちは、東の大陸の常識で考えてしまっているのだ。

 まずは、それを教えてやらねばなるまい。

「いや、この大陸では、馬車を使うのではなくて……」

 そう私が言いかけた時だった。

「移動手段の話なら、専門家に任せてくれませんか?」

 私の背後から、やわらかな女性の声が突然、話に割って入ってきた。


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――には先ほどから、こちらに近く女性の姿が、なんとなく見えていた。視界の隅に入っていた、という感じだ。ただし俺は「おそらく彼女は俺たちの近くを通り過ぎるだけであって、このテーブルが目当てではないだろう」と誤解していた。

 今。

 声をかけてきた女性を、あらためて俺は観察し直す。

 年齢は、俺やマールと同じくらいに見える。くりっとした瞳が似合う、愛嬌のある丸顔。少し桃色がかった淡い赤髪で、長髪を頭の上で結い上げているようだが、左右それぞれ耳の横に一房ずつ、胸の辺りまで垂らしているのが特徴的な髪型だ。

 清楚な白いワンピースは半袖だが、裾は長め。ところどころに縁取りのような水色の模様が入っている。両手を覆っている指なしグローブも、水色の縁取りで飾られた白色手袋だ。

 こう細かく具体的に書いてしまうと、少しわかりにくいかもしれないが、全体的なイメージとしては、声をかけてきた時の、ほんわかとした声色に相応しい印象だった。

「……専門家? あなた、御者か何かなの?」

「いいえ」

 マールの問いかけに対して、ワンピースの女性は、ニッコリと笑いながら否定を返し、自己紹介を始める。

「私は水先案内娘、つまり素敵船ナイス・ボートの漕ぎ手です。レスピラトリィ・シン・シチアルと申します。どうぞ、レスピラとお呼びください」

 ぺこりとお辞儀する、レスピラと名乗った少女。

 だが、とりあえず彼女の名前よりも、気になったのは『素敵船ナイス・ボート』という聞き慣れない単語だ。移動手段の専門家として、話に加わってきたのだから、おそらくそれは……。

素敵船ナイス・ボートって、いったい何だ? この大陸で旅をする場合に使う乗り物か?」

「そうです。理解が早いですね」

 俺の質問に対して、今度はレスピラも頷いた。

「みなさんは、東の大陸からの冒険者でしょう? そちらでは、人々は馬車を使うと聞きましたが……」

「少し私に話をさせてくれ」

 せっかくレスピラが説明してくれそうだったのに、ヴィーが遮ってしまった。

「この大陸に関しては、私も話を聞いただけだが……。東の大陸の場合と比較するならば、東の大陸の人間である私たちの方が、ポイントを説明しやいはずだ」

 ふむ。それも一理あるかもしれない。

 俺はヴィーの言葉に耳を傾けるつもりになったし、実際、彼女は語り始めたのだが……。

素敵船ナイス・ボートというのは、どうやら、私たちの大陸における長行馬ちょうこうばに相当するものらしい。単なる船ではなく、モンスターを近寄らせない効果がある、という点も同じであり……」

「もしかして、このレスピラというのは、ヴィーが雇った女性なのか?」

 今度は、リッサが話の腰を折る。

「船で移動するために、ちゃんと手配しておいたのか? レスピラも、私たちの事情を心得えているようだが……」

「いや、違うぞ。私も初対面だ」

「ああ、すみません。みなさんの話、水先案内娘の間でも噂になっていましたから……。だから、先に声をかけておこう、と思いまして」

 ヴィーもレスピラも、律儀にリッサに答えるものだから、一向に話が進まない。

 ここで、おずおずと手を挙げながら、パラまでもが口を挟む。

「あのう……。話が進まないので、とりあえず質問も補足も後回しということで、まずは専門家のレスピラさんに語っていただきませんか? 素敵船ナイス・ボートとか、この大陸における移動手段とか……」

 ああ、よかった。

 パラは話に茶々を入れる側ではなく、議事進行を望む側だったらしい。

 強く賛同を示す意味で俺は、ぶんぶんと大げさに、首を縦に振って頷いた。


素敵船ナイス・ボートというのは……」

 レスピラの説明によると。

 そもそも、この大陸では水運が発達しているため、別の村や町などに移動する場合、馬車ではなく船に乗るのが一般的。ただし、何の処理も施されていない船では、当然のようにモンスターに襲われてしまうから、特別な船舶が使われる。それが素敵船ナイス・ボートなのだという。

 この大陸の集落は、必ず川沿いに存在しているのだが、まず前提として、陸棲のモンスターは水の中に入ってこない。川や運河などにいるのは、水棲モンスターだけだ。モンスターはモンスターで、きちんと住み分けをしているらしい。

 そして、その水棲モンスターを防ぐ対策が、素敵船ナイス・ボートには用意されているのだが……。

「まあ、その『対策』の詳細に関しては、口で説明するより、実物を見ていただいた方がよろしいでしょう。だから今は説明を省くとして……」

 レスピラは、話を進める。

「そんな素敵船ナイス・ボートで旅を楽しむのは、ここ水の大陸に住む人々の娯楽の一つになっています。素敵船ナイス・ボートを漕ぐ水先案内娘にも、操船技術だけでなく、お客様を楽しませる観光ガイドのような役割が求められています」

 なるほど、だから『水先案内人』ではなく『水先案内娘』なのだろう。女性限定の職業らしい。俺は頭の中で「運転もできるバスガイド嬢のようなもの」と理解することにした。

 しかし、そうなると男性は何をしているのだろうか? 水運の発達した大陸であるならば、水運業界にも男向けの仕事があって然るべきだと思うのだが……。

 これは誰もが考える疑問なのだろう。聞かれるまでもなく、レスピラが説明する。

「ちなみに、人ではなく荷物を運ぶ船もありますが、そちらの漕ぎ手は水運夫と呼ばれており、男の仕事です」

 以上で、基本説明は終わったらしい。レスピラは「一段落ついた」という態度を見せた後、少し表情を暗くして、こう告げた。

「さて、そんな素敵船ナイス・ボートでしたが……。二年ほど前から、問題が発生するようになりました。モンスター対策が施されているはずなのに、時々、モンスターに襲われるようになったのです」


 素敵船ナイス・ボートがモンスターに襲われるというのは、俺たちの大陸で言えば、長行馬ちょうこうばの馬車が襲われるようなものだろう。確かに、旅の安全神話が崩壊するから、深刻な問題だ。

「では、どうするのだ? もう今は、移動手段も存在しないのか?」

「そんなわけないでしょう、リッサ。馬車の旅が、ある意味、徒歩の旅に変わるようなものよ」

 リッサの言葉に、いち早くマールが反応した。おそらくマールも、俺と同じように、素敵船ナイス・ボート長行馬ちょうこうばに置き換えて理解したに違いない。

 しかし、これでは、まだリッサに対して言葉が足りないだろう。俺はマールを補足するつもりで、口を開いた。

「要するに……。モンスターに襲われるならば、警護の冒険者を雇えば良い、ということだ」

「ああ、さすが冒険者の方々ですね。理解が早くて、助かります」

 リッサではなく、レスピラが俺の言葉に応じてきた。

「みなさんのおっしゃる通り……。今では、素敵船ナイス・ボートで一般のお客様が旅をする場合、必ず護衛の冒険者を同乗させることになりました。そんな面倒な状況で観光を楽しもうというお客様は少なくなり、残念ながら、素敵船ナイス・ボートの利用者の数は減少する方向性を示しております。もちろん、長期冒険旅行をなさる冒険者の方々は、相変わらず素敵船ナイス・ボートを使ってくださるのですが……」

 話が見えてきた。

 今や素敵船ナイス・ボートの水先案内娘は、主に冒険者相手の商売となってしまった。だから、俺たちのように他の大陸から来た冒険者なんて、ちょうどいい上客なのだろう。

 俺たちは、この大陸では、見るもの全てが新しいという状態だ。だからレスピラのような水先案内娘にとっては、観光ガイドとしての腕も振るえる、絶好の機会に思えるに違いない。

 そう考えた俺は、少し意地悪を口にする。

「ならば、俺たちから見れば、よりどりみどりだな。冒険者を乗せたい水先案内娘は、いくらでもいるのだろう?」

 ところが。

「そうとも限りませんよ、お客様」

 微笑みながら、レスピラが俺の言葉を否定した。

「だって、みなさんは、かなり長期の旅を予定しているのでしょう? みなさんのお話、私も遠くから耳にしていましたが……。ここから北の大陸へ行こうだなんて……」

 どうやら彼女は、俺たちの事情をすっかり心得ているようだ。

「……そこまで長い旅に付き合おうという水先案内娘は、そうそう存在しません」

 ああ、そうか。

 東の大陸で、馬車で長期冒険旅行をする場合の、御者探しと同じ問題点だ。

 そうやって俺が理解していると、レスピラは、目を輝かせながら、言葉を続ける。

「でも、私は違います。冒険者の話を、いつもワクワクしながら聞いてきました。長い長い冒険の旅に同行してみたいと、常々、思ってきました。ですから……」

 彼女は、憧れの色を瞳に浮かべて、その目を俺たちに向けながら、提案してきた。

「どうです? 私を、みなさんの旅の水先案内娘として、素敵船ナイス・ボートごと雇ってみませんか?」

   

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