第五十二話 パーティー解散(ラビエスの冒険記)

   

「さあ、ラビエス。ここだぞ」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――たちがセンに連れて行かれた先は、井戸のあった小屋から百メートルも離れていない場所だった。

 センは「宿屋へ案内する」と言っていたはずだが、そこにあった建物は、大きなレンガ造りの会館。宿屋というより、むしろイスト村の冒険者組合『赤レンガ館』を思い出させる外観だった。

 中に入ると、すぐ目につくところに受付があるが、そこにいる女性も、宿屋の女将さんというより、冒険者組合の窓口のお姉さんという雰囲気だ。

「まずは、部屋を確保して荷物を置きたいわね」

「マールさんは、大きなテントを背負ったままですからね」

 俺の後ろで、マールとパラが、そんな言葉を交わしている。

 その通りだと思い、チェックインするために受付に向かおうとしたが、

「待て待て。まずは、冒険者としての登録を済ませろ。私が身元引受人として、身分を保証するから」

 宗教調査官ヴィーの言葉で、俺は足を止めた。

「……ん?」

 あからさまに怪訝な顔をした俺に、軽く笑いながら、センが補足する。

「悪かったな、ラビエス。俺の言葉が足りなかった。ここは宿屋であると同時に、冒険者組合の支部でもあるんだぜ」

 要するに。

 俺たちは東の大陸では正式に登録している冒険者だが、冒険者組合が大陸ごとに独立している以上、この大陸でも登録しておかないと、今後の活動に支障が出るかもしれないのだという。

「ここの人たちにとって、俺たちは、遠くの大陸の異国人だからなあ。俺とヴィーさんも、最初は苦労したってもんさ」

「その話は長くなるだろう、セン。まずは手続きが先だ。さあラビエス、行くぞ」

 センの言葉を遮るヴィーに連れられて、俺は受付へ。宿屋としても冒険者組合としても同じ窓口だから、どちらにせよ、俺の行き先は変わらなかった。


 まずは、この大陸でも冒険者として、俺たち四人を登録してもらった。続いて、部屋をとって、荷物を置いた後、一階の酒場兼食堂に集合。少し早いが、夕食をとりながら、センとヴィーの話を聞くことになった。

 俺たちのパーティー四人に加えて、センとヴィー。その六人が席に着いたところで、センが「全員揃った」と言わんばかりに食べ始めようとしたので、俺は気になって問いかけた。

「なあ、セン。仲間の二人は待たなくていいのか? 確か、センのところは、三人パーティーだったよな?」

 するとセンは、料理に伸ばしかけた手を止めて、ちらっとヴィーの顔を見てから、重い口を開くといった感じで、話し始める。

「ニューとステンパーか……。あいつらのことも含めて、まあ、順を追って話すべきだろうなあ」

「セン、まずは貴様が話せ。顔見知りの貴様の方が、説明しやすいだろう」

「そうだな。では、食べながら聞いてくれ」

 ヴィーに促されて、センが話し始める。

 ウイデム山に登って、怪しい銀色の池を発見。それを調べようとして、この水運都市スタトに転移してしまった。気づいたら井戸の小屋にいて、外に出ようとしたら、町の警備隊が現れた……。

 そこまでの経緯は、だいたい俺たちの場合と同じらしい。

「ここが水の大陸だと聞かされた時には、俺も驚いたものさ。東の大陸の外に出るなんて、考えたこともなかったからなあ。もちろん、ここには知り合いだって一人もいないし……」

 当然のことながら、センたちが来た時には、まだここには、東の大陸の人間は誰もいなかった。だからセンたちは、ここの者たちにとっては、正体不明の怪しい存在でしかなかったのだ。

「正直に話しても、なかなか信じてもらえなかったぜ。最初なんて、モンスター扱いだったからなあ」

 さすがに、それは酷いだろう。

 おそらく、俺の仲間も同じことを思ったに違いない。

 そんな聞き手の気持ちを察して、ヴィーが言葉を挟む。

「警備隊の者たちの話では、あの井戸は『封印の井戸』と呼ばれているそうだ。かつて井戸からモンスターが飛び出してきたという伝説があり、二度とそんなことがないよう、厳重に封印されていたのだとか」

「なるほど、それで『モンスター扱い』か」

 苦笑しながら、俺はそう言っておいたが……。

 実際には、別の意味でも「なるほど」と感じていた。あのワープポイントが風の魔王と関係している、という想定に合致する逸話だと思ったのだ。俺の想像通りならば、井戸から飛び出したモンスターというのも、ウイデム山から風の魔王によって送り込まれたモンスターだったのだろう。

「ともかく、俺たちは、最初そんな酷い目にあったわけだが……。ヴィーさんのおかげで、本当に助かったぜ」

 ヴィーは教会の宗教調査官だ。もちろん、東の大陸の教会組織と、ここ水の大陸の教会組織は、全くの別物だ。組織として、直接の繋がりはない。それでも、身分証や僧服など、共通しているものがあったようだ。

「こちらの大陸の教会に連絡をとってもらった結果、暫定的なものだが、私の身分は保証されたらしい。私には、これがあったからな」

 ヴィーは、胸に下げたペンダントを手にとって、俺たちの前に掲げてみせた。

 俺の目には、何の変哲も無い、銀色の金属製の飾りにしか見えない。十字架に何かギザギザしたものを組み合わせたような形状だが、これが『宗教調査官』という身分を示す証なのだという。

「私の宗教調査官という役職も、いくつか有利に働いた。大陸間の移動という、ありえないような話も『調査の一環だ』と言えば納得してもらえた。鬱陶しい質問攻めに対しても『調査内容に関わるから詳しくは語れない』ということで、抑えることができた」

 教会の権威というものは、大陸が異なっても、あまり変わりはないらしい。確かに、今回は『宗教調査官』が一緒で良かったと思える。

 これで、彼女が『身元引受人』になった事情も理解できた。

「まあ、ヴィーさんは調査の一環なんて言ったが……。実際のところ、俺たちが水の大陸に来ちまったのは、アクシデントでしかない。俺も仲間もヴィーさんも、東の大陸に戻りたいと考えたわけだ」

「しかしここは、右も左もわからぬ不慣れな場所。まずは、この水運都市スタトに二、三日滞在して、情報を集めようと私は提案したのだ」

「俺が受けた依頼内容は、ヴィーさんの警護。つまり、ヴィーさんを無事に送り届けることだからな。基本的にヴィーさんの方針には従うしかないし、そもそも『帰ろう』という話に異存があるわけもない」

 そこで、センたちは宿をとって、町で様々な人々と話をして、情報収集にいそしんだのだが……。

「その過程でなあ……。俺のパーティーは、解散することになってしまった。仲間の二人、ニューとステンパーが、パーティーから離脱しちまったのさ」


 ニューとステンパー。

 センがヴィーの警護でウイデム山へ向かった時に、一緒だった二人だ。そのうち一人は、あの時に一度目撃しただけだが、もう一人の方――緑色の装備で統一した狩人らしき冒険者――は、俺たちが魔王討伐から戻った日に、少し話をしたことがあった。当時は名前も知らなかったが、彼がニューという冒険者だったのだ。

「パーティーから離脱って……。何があったんだ?」

「あの二人はさ、冒険者を辞めて、ここの人間になっちまった。……この水の大陸の女とデキてしまって、所帯を持ったのさ」

 センの口から語られたのは、驚くべき話だった。

 まず、一日目。ステンパーは無口な大男だが、それでも、頑張って人々から話を聞き回っていたらしい。そして、その中で知り合った行商人の娘と、恋に落ちた。それこそ『一目ひとめ会ったその日から』というレベルの、一目惚れだったようだ。それも、お互いに。

「いや、俺もニューも、本当にびっくりしたんだぜ? 今まで長いこと、同じパーティーとして一緒にやってきたが、あいつが女性に興味を示すところなんて、一度も見たことなかったからなあ」

「それは……。男色家らしき兆候があった、という意味ですか?」

 少しニヤニヤした顔で、パラが変な茶々を入れた。

 いやいや、そういう意味ではないだろう。色恋沙汰に関して唐変木とか朴念仁とか、そんな感じだったのではないだろうか。

「おいおい、気持ち悪いこと言うなよ。全然そんな傾向なんかなくて……。まあ、それはともかく」

 一瞬だけ顔をしかめてから、それ以上パラの言葉なんて気にせずに、センは話を続ける。

「あいつにも春が来たっていうなら、祝ってやろうじゃないか……。とりあえず、俺もニューも、そう思ったわけだ」

 翌日、ステンパーは、娘さんの所属する行商隊キャラバンに加わって、この町から去っていった。

「まあ、あいつに商才があるとも思えないんだが……。戦士だった経験を活かして、半ば用心棒みたいな立場でやっていくつもりだろうなあ」

 ステンパーは、いつも担いでいたテント――パーティーの共同の所有物――だけは残していった。だが、彼個人の冒険者としての装備一式は、持っていったのだという。

「あいつが抜けて、俺たちのパーティーは、俺とニューの二人だけになっちまった。でもラビエス、あんたのところだって、もともとラビエスとマールの二人だったろ?」

 だからセンは、二人でも大丈夫だと考えた。ヴィーの警護という仕事の途中だが、二人だけで続行可能と思っていたのだ。

 ところが、その二日後の夜。

 それまでと同じく町で聞き込みをしていたはずのニューが、いつまでたっても戻ってこない。心配には思いながらも、センは先に就寝。ニューが宿屋に戻ったのは、翌朝、センが目覚めた後だった。

「帰ってくるなり、ニューの奴は、こう言ったんだ。『私もパーティーを抜けて、この水の大陸に骨をうずめることになりました』って」

 ニューは、狩人でありながら回復魔法も使えるという冒険者であり、回復役としてパーティーの必須要員だった。それに、回復の件は抜きにしても――単純に戦力的な意味でも人数的な意味でも――、セン一人となっては、もはや『パーティー』として成り立たない。

「ヴィーさんの警護という、現在進行中の仕事も、俺一人では継続困難になっちまう」

「話を聞いて、私も驚いたぞ。それに、引き受けた仕事を途中で投げ出すとは、なんと無責任な冒険者なのだ、とも思った」

 ヴィーが、センの説明に口を挟んだ。よほど、腹に据えかねたのかもしれない。

 それについては、センも反論できないのだろう。すまなそうな顔で、話を続ける。

「当然、俺はニューに詳しい理由を問いただした。あいつは真っ青な顔で『私は、若い女性と一夜を共にしてしまった。彼女を傷物にしてしまった。だから責任を取らないといけない』と言いやがった」

 要するに、ステンパーの場合と同じく『この水の大陸の女とデキてしまって、所帯を持った』ということなのだろう。しかし……。

 どうやら俺の仲間たちも、俺と同じことを考えたらしい。

「それって、最初のステンパーって人と似たような状況かしら?」

「でも『真っ青な顔で』というのは……。少し、事情が異なるようですね」

 マールとパラの言葉に、センは頷きながら、

「そうだ。ニューの場合ケースは、ステンパーとは明らかに違う。ニューは『大恋愛のすえ』って感じとは、ほど遠い。むしろ……」

 ニューがセンに語った話によると。

 雑多な情報が集まりそうだということで、その晩のニューは、比較的貧乏な庶民の集まる安酒場で飲んでいた。そこで知り合った噂好きの女性と話をするうちに、いつのまにか眠ってしまった。気づいた時には翌朝になっており、相手の女性の部屋で、同じベッドの中だった。しかも、二人とも一糸まとわぬ姿で……。

 なるほど、それで『彼女を傷物にしてしまった』という発言になるわけか。相手に対する好意云々ではなく、そうした行動の帰結として、相手と一緒になろうというのであれば、立派な話ではないか。仕事を放り出すという意味で冒険者としては無責任だとしても、男としては必要以上に責任感の強い人物だったのだろう、ニューという男は。

 俺だって軽い男ではないが、だからといって「一度でも婚前交渉があったら即座に籍を入れるべき」とまでは考えていない。それは相手次第だと思っている。もしもニューと同じ立場に置かれた場合、相手が深窓の令嬢か何かであったなら、責任を取るしかないと思うかもしれないが……。

「なあ、セン。そのニューの相手の女性というのは……。どこぞのお嬢様のような、身分の高い娘さんだったのか?」

「そんなわけないだろう! そんな高貴な女性が、あんな安酒場にいてたまるものか!」

 俺の言葉に対して、センは少し声を荒げた。その口調だけで、彼がどう感じているのか、よくわかった。

 まあ世の中には、伯爵家の一人娘なのに身分を偽って冒険者をやっている、リッサみたいな人間もいるくらいだ。だから安酒場に『高貴な女性』の一人や二人いても、不思議ではないと俺は思う。

 しかし今のセンの気持ちを考えると、とても口には出来なかった。そもそも、リッサの件は秘密であり、具体例として述べるわけにはいかない、という事情もある。

「私も、センと同意見だな。どう見ても、あれは単なる酒場女だ。生きるためには平気で体も売ってきた、というタイプの人間だ」

 ヴィーが冷たく言い放った。彼女とセンは、ニューが「彼女の故郷で暮らす」と言って町から去る際に、ニューの相手の女性を目にする機会があったらしい。

「……もちろん、あくまでも私のカンに過ぎないのだが。しかし、もしも彼女が既に身ごもっていたとしても、私は驚かん」

 つまり。

 誰のタネとも知れぬ子供を宿してしまった女が、責任感の強くて騙されやすい男をつかまえた……。そんな可能性を、ヴィーは述べてみせたのだ。

 あまり嬉しくない想像だ。しかし女性としての直感というだけでなく、ヴィーには、宗教調査官としての『人を見る目』もあるのかもしれない。そう考えると、彼女の言うところの『あくまでも私のカン』にも、それなりの信憑性があるように思えてしまう。

 だが、二人がニューの相手に対して、そう感じたというのであれば……。

「……それなら、ニューを引き止めたら良かったのに」

 俺の呟きを耳にして、ヴィーが面白くなさそうな顔で、意見を述べる。

「私としても、私の警護をするはずだったパーティーがセン一人になってしまうのは、嬉しくなかった。だが、それは私個人の感情だ。ニューという一人の冒険者の選択に対して、私が口を出す資格はない」

 つまり、ヴィーはニュー個人の意志を尊重したということだ。特に『ニューという一人の冒険者の選択に対して』という言い方から考えて、「自分は冒険者ではないから」という意味合いもあるのだろう。

 では、同じ冒険者、それも仲間であったセンは、どうなのか。そう思ってセンに目を向けると、センは悲しそうに首を横に振りながら、

「俺は一応、思ったことを言ったさ。騙されてるんじゃないか、ってな。ところが、あいつは……」

 最後に引き止めるような言葉を投げかけたセンに対して、ニューは、こう言ったのだという。

「他人を疑うのは、あまり気が進みません。それに、もしも私が騙されているのだとしても、その場合、私一人が馬鹿を見るだけです。しかし、彼女が本当に傷ついているのだとしたら、それを癒すのは私の責任です。少しでも可能性がある以上、私は、そちらの想定に従います」

 話を聞く限り、なんともお人好しな男だ。よくそれで今まで冒険者なんてやってこれたものだと、俺は少し呆れてしまう。それだけ、パーティーを仕切っていたセンが上手くやっていたということだろうか。

 また「私一人が馬鹿を見るだけ」という言葉に関しては、少しニューの思慮が足りないように、俺は感じる。実際、ニューがパーティーから抜けたことで、センとヴィーは、この町に足止めされていたのだから。

 俺だけでなく、仲間たちも、今の話を聞いて、それぞれ何か考え込んでいるらしい。その場が静かになった。ただ、料理を口に運ぶ音だけが聞こえる。

 少しの沈黙の後、センは再び口を開いた。

「ともかく、そんな感じで、俺は二人の仲間を失ってしまった。俺もヴィーさんも東の大陸へ戻りたいけれど、見知らぬ大陸を横断するのに、二人だけでは少し危険だ。だから……」

「捜索隊を待つようにと、私が提案した。一週間で戻らない場合、イスト村の冒険者組合から捜索隊が派遣される手筈になっていたからな」

 センの話を、ヴィーが引き継ぐ。

「捜索隊も山頂であの銀色の池を見つけて、そこに引き摺り込まれる可能性が高い、と私は予測していた。そして……」

 ヴィーは、俺たちのパーティー四人の顔を見比べながら、言い放った。

「案の定、貴様たちが、ここ水運都市スタトにやって来たという次第だ」

 こうして。

 センとヴィーの二人は、俺たちが来るまでの経緯を語り終えたのだった。

   

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