第五十一話 転移した先は(ラビエスの冒険記)

   

 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、白い光の中で理解した。

 これは転移の光だ。リッサの転移魔法オネラリで瞬間移動した時に経験した、あれと同じ光だ。

 ただし。

 転移魔法の場合は、自分たちを中心に白い光が発生した感じだったが、今回は少し違う。もともと存在していた光の中に、俺の方が引き摺り込まれた、という感覚だった。

 そして一瞬の後には、光の外へ弾き出されていた。

「……っ!」

 硬い地面の上に、軽く叩きつけられたような感触だ。

 体をさすりながら起き上がって、周囲を見回してみる。

 転移の光をくぐった時点で察していたことだが、そこは、もうウイデム山の頂上ではなかった。俺は強制的に、知らない場所に転移させられていたのだ。

 こじんまりとした、木造の小屋の中だった。俺の背後には、井戸らしきものがある。ちょうど俺は、この井戸から飛び出してきたような形なのだろう。

 俺の常識としては、井戸というものは屋外にある施設なのだが……。小屋の中にあるということは、よほど特別な井戸であり、それを守るとか祀るとかの意味で、井戸を囲むように小屋が建てられたのだろうか。

 とりあえず、井戸の様子を見てみようと、近づいたところ。

 急に明るくなった。井戸の底の方で、何かが強く輝き、その光が上まで漏れてきた感じだ。

 同時に。

「きゃっ!」

 井戸からマールが飛び出してきた。

 続いて、リッサとパラも。

 三人とも、おそらく俺を追いかけて来てくれたのだろう。

 起き上がろうとするマールに手を差し伸べながら、先に到着した者として、とりあえず俺は声をかけた。

「よくわからない場所へ、ようこそ」


 四人で井戸を調べてみると、底は浅く、水の気配すらない。完全な枯れ井戸だった。井戸を探索したところで、何も出てきそうにない。

 ウイデム山にあった銀色の池から、この井戸に強制転移させられたのは確かだが、その『転移』は一方通行のようだ。こちらからウイデム山の方へ戻る形で転移する仕組みは、ここには用意されていないらしい。

 ならば、この小屋から出て、外の様子を見てみようと思ったのだが……。

 小屋の扉には鍵がかかっており、開けることは出来なかった。

「どうする?」

 意見を聞きたくて、三人の顔を見回すと、

「どうするも何も……。このまま、ここに居続けるわけにもいかないでしょう」

「私たちの力ならば、こんな扉くらい壊せるだろう。あとで謝罪して弁償すればいいではないか」

「リッサ、それは……。さすがに乱暴ではないですか?」

 簡単に「あとで謝罪して弁償すればいい」なんて言い出すのは、いかにも伯爵家の姫様らしい。その部分には同意しかねるが、なるほど、扉を壊すというのも一つの考えだろう。先へ進まないことには、何もわからないのは確実なのだから。

 そうやって俺が考えている間に、ドンドンと音を立てて、パラが扉を叩いていた。

「誰か、いませんか? 私たちは、ここにいます! 閉じ込められています! 助けてください!」

「そんなことをしても、誰も来ないのではないか?」

 リッサが、パラの行動に対して、懐疑的な意見を述べる。

「私のラゴスバット・クローか、あるいはマールの炎魔剣フレイム・デモン・ソードを使った方が、手っ取り早いだろう」

「それは最後の手段として……。もう少し試させてください」

 扉を叩き続けながら、リッサに反対するパラ。

 これはこれで、一理あるように思える。小屋の外にどんな人々がいるのか、わからないのだ。なるべく穏便に小屋から出られるならば、それが一番だろう。

 もちろん、先ほど心の中でリッサに同意したように、他に手段がないなら扉の破壊も仕方がないと思うのだが……。

「パラの言う通りだな。壊して出るのは、いつでも出来るだろう。まずは、平和的に小屋から出ることを考えよう」

「私もラビエスに賛成だわ」

 俺に続いてマールも、パラを支持する立場を表明した。

 三人がかりで説得されるような形になり、リッサは少し考え込む。

「ラビエスとマールまで、そう言うのであれば……。しかし『もう少し』というのは、どれくらいだ? いつまで試す?」

「うーん。そうだなあ……」

 リッサの質問に、どう答えるべきか。

 俺が考え始めた時だった。

「中の者たち! 聞こえるか?」

 外からの叫び声が、俺たちの耳に届いた。


「成功しましたね!」

 嬉しそうな笑顔で、パラが小さな声を上げた。

 それより、外の声に対応する方が先だろうに。

 そう俺は思ったのだが、パラは、俺に意味ありげな目を向けていた。パーティーのリーダーとして、俺に外と交渉しろと言いたいらしい。

 見れば、マールも同じような顔をしている。

 わかった、わかった。

 俺は、出来る限りの大声で応えた。

「聞こえています! 扉を開けてください!」

 すると。

「私は、町の警備隊の者だ! そちらは何者だ? 責任者の身分と名前を告げろ!」

 相手の言葉から、この小屋は『町』の中にあるということが判明した。

 嘘をつく理由もないので、俺は正直に返す。

「俺の名前はラビエス・ラ・ブド。イスト村の冒険者です。他に三人の仲間が一緒です」

「イスト村……だと?」

 相手の口調には、困惑の色が感じられた。耳をそばだてると、扉の向こうで人々がざわめいているのも聞こえた。小屋の外には、結構な人数が集まっているようだ。

「イスト村というのは……。風の大陸にある村の地名か?」

 今度は、こちらが困惑する番だった。思わず仲間と顔を見合わせたが、俺と同じような表情をしている。

 風の大陸というのは、おそらく東の大陸のことだろうが……。俺たちは普通『風の大陸』ではなく『東の大陸』という言い方をする。

 ならば、ここは俺たちの『普通』が通用しない場所ということだ。そもそも、ここが東の大陸であるならば、わざわざ「東の大陸か」と確認したりしないだろう。

 つまり。

 俺たちは、別の大陸に来てしまったと考えられる。

「そうです! ここは、東の大陸ではないのですか? どの大陸ですか?」

 詳しく聞き出すのは小屋を出てからで構わないのに、好奇心がまさって、そんな言葉が俺の口から飛び出していた。

 しかし扉の向こうの人間は、俺の質問に答える代わりに、

「わかった! 身元引受人を呼んでくるから、もうしばらく、そこで待っていろ!」

 そう言うだけだった。続いて、その場から立ち去るような足音が聞こえてくる。

 それっきり外は静かになってしまったので、俺たちは、言われた通りに小屋の中で待つしかなかった。

「ラビエスと相手の会話から考えると、ここは、東の大陸とは違う大陸なのだろう」

「そうね。今まで私は、大陸間の移動は無理なのかと思っていたけど……」

 リッサとマールが、そんな言葉を交わしている。

 確かに、俺もマール同様、別の大陸との行き来など不可能だと思っていた。

 俺たちが暮らす東の大陸は、北西部で北の大陸と、南西部で南の大陸と隣接している。同様に、他の三つの大陸も、それぞれ二つの大陸と近接した区域があるという。しかし、どの近接区域も、前人未到の難所だと言われていた。

 これが、この世界の常識だったはずなのだが……。

「大陸間を移動するための、ワープポイントが存在していたのだな」

 俺は、自分の意見を口にした。

 マールとリッサも、俺の言葉に頷いている。

「でしょうね。あの銀色の池に飛び込んだ時、白い光に包まれたもの。あれって、リッサの転移魔法で『炎の精霊』の洞窟から脱出した時と、同じ感覚だったわ」

「私もそう思うぞ。それにしても、あのウイデム山の頂上に、そんな転移装置があったとは……。偶然とは思えないな」

 そうだ。

 ウイデム山は、風の魔王が儀式を行い、俺たちに倒された場所だ。風の魔王が去った跡地にワープポイントが出来るというのは、偶然とは思えない。

 まるで、魔王という重しを取り除いたら、別の大陸へ行ける便利な手段が現れた、という感じだ。魔王を一人討伐するごとに、一つワープポイントが出現するのだとしたら……。

「もしかすると……。四大魔王を全て倒したら、四大大陸を自由に行き来できるようになるのかもしれないな」

「おお、ラビエス! その考えは素晴らしいな! それは世界が便利になるぞ! 私たちが魔王討伐に精を出すべき理由が、また一つ増えたではないか!」

 俺のちょっとした発想に、リッサが食いついてきた。いや、そんなに真面目に考えたわけじゃないから、これを根拠に『魔王討伐に精を出す』なんて、やる気を出されても困るのだが。

 俺たち三人がこうして話している間、パラは会話に加わらずに、扉に耳を押し当てるようにして、外の様子をうかがっていた。そのパラが、突然、俺たちの方に振り向く。

「みなさん、静かに! 誰か来たようです!」

 言われて耳をすませると、バタバタと足音が聞こえてきた。

 そして。

 ガチャガチャと解錠する音に続いて、バタンと扉が開く。

 そこには、俺たちを出迎えるかのように、一人の男が、大きく腕を広げて立っていた。その男とは……。

「水の大陸の水運都市、スタトの町へようこそ」

 俺たちも知っている冒険者、武闘家のセンだった。


 水の大陸。

 東西南北で言えば、西の大陸に相当するはずだ。つまり、俺たちが暮らす東の大陸から、最も遠い場所に位置する大陸ということになる。

 そんな新天地に来て、最初に顔を見たのが、知り合いの冒険者だなんて……。

 一瞬あっけにとられてしまったが、考えてみれば、彼がいるのは不思議ではない。教会からの調査官と共にウイデム山に向かったセンは、あの場で消息を絶っていたのだ。俺たち同様、あのワープポイントに飲み込まれたとしか思えない。ならば、俺たちより先に、こちらに来ているのは当然だった。

 しかし……。

「セン、お前が俺たちの『身元引受人』なのか?」

 先ほどの警備隊の者は「身元引受人を呼んでくる」と言っていたのだ。でもセンは、俺たちと同じく、東の大陸の冒険者だ。ここの人間にとっては、やはり身分の怪しい人間ではないのだろうか?

 センは、俺の言葉に対して、少しニヤニヤとした顔で、

「いいや。俺に、そんな資格なんてねえよ。俺も『身元引受人』に身分を保障してもらってる立場だ。その『身元引受人』というのは……」

 さっと横に、センが移動すると、彼の背後にいた人物が姿を見せる。大柄な彼に隠れていたため、今まで気づかなかったが、青い僧服の褐色娘が、センと共に来ていたのだ。

「……このヴィーさんだ」

 あらためて、センが彼女を紹介した。

 宗教調査官ヴィー。俺が彼女を見るのは二度目だが、前回は、ただ遠くから眺めただけだった。それに、俺の仲間である三人は、彼女の顔を見るのも初めてだろう。

「私は、教会から派遣された宗教調査官、ヴィー・エスヴィーだ。貴様がラビエスだな?」

 彼女は、俺を一瞥する。俺としては、目尻の切れ上がった瞳で睨まれると、ぶっきらぼうな口調と合わさって、きつい印象を受けてしまう。

 相手が同じ冒険者であれば、初対面であっても、俺は『仲間』という接し方になる。しかし彼女は、教会の人間であって、冒険者ではない。俺は自然に、他人行儀な口調になった。

「そうです。イスト村の冒険者、ラビエス・ラ・ブドです。よろしく」

 握手のために俺が手を差し出すと、彼女は一瞬だけ顔をしかめてから、俺の手を取った。

 宗教上の理由で教会関係者は肉体的接触が禁じられている、なんて話は聞いたことないが……。もしかすると、ただ単に男嫌いだったりするのだろうか。

 俺の握手に続いて、仲間たちも自己紹介をする。

「私はマール・ブルグ。このラビエスの幼馴染よ」

 いつもマールは、名前の後に『ラビエスの幼馴染』と告げる。まるで肩書きであるかのような口ぶりで、時々、俺は奇妙に感じてしまう。

「パラ・ミクソです! まだまだ駆け出しの冒険者です」

 冒険者組合に登録して二ヶ月、すでに風の魔王とも戦ったというのに、自分のことを『まだまだ駆け出し』と言うとは……。まあ、パラの性格には、十二病らしくない控えめな部分もあるから、これもその表れなのだろう。

「リッサだ。以前はラゴスバット城で働いていたが、今はラビエスのパーティーの冒険者だ」

 当然ながら、リッサはフルネームを名乗ることは出来ない。冒険者の流儀に即していないが、相手は宗教調査官だ。冒険者ではないから、不審に思うことはないだろう。

 しかしヴィーは、マールやパラに対しては特に反応しなかったのに、リッサだけには、少し表情を変えた。

「ああ、貴様がリッサか。センの仲間から聞いたぞ。ドラゴンを召喚できるそうだな? 貴様たちの主張する魔王討伐においても、大活躍だったという話ではないか」

「おお、その話を聞いているのか! そうだ、私が召喚したモコラが頑張ってくれて……」

 リッサは、嬉しそうに語り出すが……。

 ここで長話をされては、たまったものではない。俺たちは、この小屋から早く出たいのだ。

「なあ、セン。色々と聞きたいこともあるのだが……。まずは場所を移さないか? どこか、落ち着いて話が出来るところへ」

「話が出来そうな、落ち着ける場所か……。ならば、俺たちが泊まってる宿屋へ行こうぜ。一階が酒場になってるから、ちょうどいいだろう」

 どうやら大陸は変わっても、そうした宿屋の基本構造は同じらしい。

 そんなことを思いながら、センに連れられて、小屋から出ると……。


「うわぁ!」

 声を上げたのはパラだったが、俺も同じ心境だった。

 スタトの町の景色を一目見た途端、思わず足が止まってしまったのだ。

 センは『水運都市』と言っていたが、その言葉に偽りはなかった。町のいたるところに水路が張り巡らされており、太陽の光が水面にキラキラと反射して、眩しいくらいだった。

 俺の元の世界で道路を行き交う自動車のように、その水路をたくさんの小舟が運行している。本当に船が自家用車のような感覚らしく、水路に面した家々には、歩道からだけではなく、水路からも出入り出来るように、水面すれすれのところに扉が設置されていた。家屋が半ばまで水没しているようにも見えて、一瞬ギョッとしたくらいだ。

 俺は写真でしか見たことがないが、ヨーロッパにあるという『水のみやこ』と呼ばれる町が、こんな感じだったと思う。

「どうだ、凄いだろう? 最初は驚くよなあ」

 この町に来た先輩として、どこか誇らしげに、センが俺たちに声をかけた。

「貴様たちが驚くのも無理はない。宗教調査官という仕事柄、私は様々な場所を訪問してきたが、このような都市は初めて目にしたからな。さあ、貴様たち! 立ち止まっていないで、足を動かせ!」

「ああ、そうだな……」

 ヴィーに言われて、俺たちは歩き始めた。

 異世界の『水のみやこ』とも呼ぶべき、美しい水運都市スタトの町並みの中を。

   

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