交換ノート

DTスカイウォーカー

虹の真実



 憧れと嫉妬は表裏一体である――マウンド上の美少女を見て、そんな風に思った。


 女性らしいしなやかな肢体からは想像もつかない豪快なワインドアップ投法。相手チームの打者たちをバッタバッタと切り捨てていく。まるでマウンドは彼女の独擅場。


 大和飛鳥……。そんな雅な名前の彼女は、うちの高校に通う二年生だ。


 長い手足、柔らかな線を描く体、肩ほどで切り揃えられた髪、キリッとした端正な顔。

 その外見とサッパリとした性格から人望が厚く学年でも人気な有名人だ。


 うちの学校には女子の硬式野球部が存在し、大和はそんな部のエースピッチャーである。

 実力は規格外といっても違いはなく、昨年の全国選手権大会では一年生ながら堂々としたピッチングでチームを準優勝に導いた。

 それほどの実力もあって、彼女は学校を代表する生徒の一人である。


 いつだったか、自転車を漕いで河川敷公園を走っていた時。そこのグラウンドで練習する大和を見て、その時から俺は彼女に憧れを抱くようになっていた。

 大和と同じ学年であるが、クラスも違えば直接的な面識もない。彼女は俺のことを知らないだろう。


 なぜそんな相手に憧れを覚えるのか。

 こうして休日に女子野球部の練習試合を見るためだけに運動公園へ来る、それくらい異常だ。


 大和が投げる。長い腕は綺麗な半円を描き、まるで虹がかかっているよう。多分俺は、あの姿といつかの自分を重ねているのかもしれない。

 飛び方を忘れた鳥である俺は、空にかかる虹を見て羨望を覚え、同時にどんどん遠くなるそれに嫉妬すら感じたのだ。





――





「飛鳥、あんた数学の時だけ楽しそうだね」

「え? いや、別にそんなわけでもないけど……」


 選択授業の数学2、私にとっての密かな楽しみ。

 友人に勘繰られたけど、適当に受け流した。

 別に数学が特別好きなわけではない――授業が始まり、机の中から一冊のキャンパスノートをこっそりと出す。


 交換ノート。いわゆる交換日記のようなそれを広げた。


 これが私の楽しみ。

 選択授業は移動教室で、普段は空き教室なこの場所。

 窓際の一番後ろ――その席にこのノートはあった。

 普段は使われることが滅多にない。だから、このノートの主はこの場所に隠したんだと思う。


 ノートの主、それが誰かは分からない。

 いつだったか、この席に着いた私はただ無意識のうちに机の中をまさぐった。その際にこのノートを見つけ、広げてみた。


 どなたでも、やり取りしませんか――1行目にはそう書かれてあった。


 最初はいたずらかと思った。でも「互いの名は明かさないこと」など、そのようなルールも明記してあったことから、どうやらいたずらでもないらしいと思い至り、何気なく書き込んでみたのが始まり。


 それからは他愛のない話や、互いの秘密などもやり取りした。

 SNSのような文字制限がないこと、相手の姿が見えないなどの特性もあって何でも書くことができた。


 そうして私は、新しい文言を付け加える。


(今度の試合、頑張ってきます。良かったら、グローブを持って応援に来て下さい)





――





 練習試合が終わり、野球部員たちはそれぞれ解散する。

 そんな中すっかりと人気のなくなった球場外の広場に、俺と彼女はいた。


「やっぱり君だったんだね、高梨くん」


 彼女――大和飛鳥は、まるで見知った友人のような態度で俺の名前を呼んだ。


「ノートの内容でなんとなく分かったよ。そんな噂、聞いたことあったから」


 中学三年生最後の大会。サヨナラ暴投で負け投手となった俺の噂だろう。

 その後俺は投げるという動作に恐怖を覚え、投げ方を忘れてしまった。そして野球から遠ざかった。


「キャッチボール、しよ?」


 俺の反応を待たず大和はグローブをはめて、ボールを俺へ手渡す。


「ノートにも書いたけど――私、憧れてる人がいるんだ」


 少しの距離を開き、彼女は一人語る。


「その人は豪快なワインドアップでバッターをねじ伏せる、そんな凄いピッチャーでね」

「……」

「まるで虹を描いているみたいに、鮮やかに投げるんだ」


 それはまるで、彼女のような。


「たまたま見に行った試合で、その人を見たのが始まり。あんなピッチャーになりたいと思って、その人の影を追いかけて、そうして今も投げてる」

「……」

「私はさ、高梨くんがどんなにおかしなフォームでも、どんなに暴投しても、絶対に笑ったり怒ったりしない。ずっと、ここにいるから」


 そう言って、大和はグローブを構えてみせる。


「だから、私に虹を見せてよ」


 何故だろう、自然に体が動く。

 

 大きく振りかぶり、足を上げ、そして……。

 

 今はただ無意識に、自然に体が動く。

 

 滑らかに、しなやかに、雛鳥が初めて大空へはばたくように。


「ナイスピー!」


 人気のない公園に、彼女の澄んだ声が響いた。


「今からでも再開したら?」

「……そんな大袈裟な」


 大袈裟じゃないよ――大和がそう言った時、僅かに風が吹き、それは彼女の髪を揺らす。


「私には見えるよ、虹が」


 そして、大和は屈託なく笑った。






 終



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