23

「飲み物なににする? みんなアイスコーヒーでいい?」と棗はキッチンからリビングにいる三人の女の子に声をかけた。(手伝うという、二人の申し出は大丈夫と言って断った)


「私、炭酸がいいな」と亜美の声が聞こえる。棗は冷蔵庫を開けて中を確かめてみる。するとそこにはソーダ水の瓶があった。その隣にはミルク、アイスコーヒー、それに麦茶。ぱっと目に付く炭酸飲料はソーダ水しかない。

「ソーダでいい?」と棗は亜美に聞いた。すると亜美はこちらを見て「うん。ありがとう。一ノ瀬くん」と返事をした。

「谷川さんはどうする?」と棗はさやかに聞く。するとさやかは「じゃあ私も亜美と同じで、ソーダもらってもいいかな?」と遠くから棗の顔を見て返事をした。

「柚は麦茶でいいよね?」とそのあとで棗は妹の柚に聞く。すると柚は「うん」と小さな声で棗に返事をした。(いつもはいない人が二人もいるので、柚はソファーの隅っこで小さくなって、大人しくしていた)

 棗は丸い茶色のおぼんの上にソーダの瓶を二つと氷を入れたグラスを二つ、それに麦茶と自分の分の飲み物であるミルクで割ったアイスコーヒーを用意して、リビングに移動した。

 

 リビングではソファーの上に灰色の猫を抱いた柚と、その隣にさやかが座っていて、二人は昨日とは違いとても綺麗な灰色の毛並みをした(お風呂場で洗ってみると、まるで魔法が解けたみたいに、その小汚かった灰色の毛並みは美しい色に蘇った。でも、その綺麗な毛並みを見てますます、棗はこの灰色の猫が誰かに飼われていた猫だったのではないか、と言う考えを強くした)美しい海のような青い目の猫を中心とした空間を作り出していた。


 さやかの顔はとても柔らかくて(初めての場所なのに、緊張はしていないようだ)その横顔はとても美してくて、自然で、そんな表情のさやかをじっと見るのは、棗は今日が(当たり前といえば、当たり前なのだけど)初めてだった。柚も楽しそうだ。柚とさやかは今日が初対面で時間も出会ってから、まだ数十分くらいしか経っていないはずなのに、とても楽しそうにお互いに気持ちを打ち解けているようだった。


 さっきまで大人しくしていたのに、いつの間にかそうなっていた。(きっと猫の話で打ち解けたのだとは思うけど)


 繰り返しになるけど、柚は棗と同じで、すごく人見知りをする性格だった。

 それに谷川さやかは今も(教室でも)ずっときらきらとした顔で笑っているけど、普段は遠くにいる女の子で、棗はそんなさやかのことを、遠くからたまに、そっと見るくらいの距離感だった。

 授業中のさやかは、すごく真面目に授業を受ける生徒で、授業の間は、ずっと真面目な顔をしている女の子だった。(そんなさやかの横顔を何度か棗は見たことがあった)


 そんな二人が楽しそうに棗の拾ったあの生意気な猫に触りながら、見慣れた一ノ瀬家のリビングの上で、笑っている。

 それがなんだか棗にはとても不思議な光景に思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る