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 道中、拗ねていた亜美の機嫌はこのときにはすっかり良くなっていた。それは棗の予想通りのことだった。すぐ怒るが、すぐに機嫌が直るのが、木下亜美のいいところだった。あれこれためこない。すぐに外に出してすっきりする。単純とも言えるが、爽やかとも言える。感情の流れが淀まないからだ。(温和な見た目からではそうは思えないけど、本当にそうなのだ)

 そんな亜美の性格を棗は素直に羨ましいと思っていた。(棗はその真逆の性格であり、あれこれと頭の中で考え込んでしまう性格だった。たとえば、拾った猫の名前を決めることができない、と言った風に)


「綺麗なお家。こんな素敵な家に一ノ瀬くんは住んでいるんだね」と棗を見てさやかが言った。それがお世辞なのか(確かに綺麗に住んでいるとは思うけど、一ノ瀬家は普通の建売の住宅だった)さやかの本音なのか、あまり付き合いのない棗にはその判断できなかったのだけど、とりあえず棗の(一ノ瀬の)家はそれほど綺麗でも素敵でもない、どこにでもある、とても普通の家だった。


 ドアには鍵がかかっていなかった。

 どうやらゆずはもう小学校が終わって、家に帰ってきているようだ。

 棗はドアを開けて家の中に入った。そこから後ろに並んで立っている同い年の中学生女子二人に「どうぞ」と声をかける。二人は「お邪魔します」と言って、一ノ瀬の家の中に入ってきた。

 複数の人の気配を察したのか、リビングのドアが開いて、そこから妹の柚が顔を出した。柚はいつもはいないはずの二人の人間(それも女子)を見て、びっくりした顔をする。そんな柚に、棗よりも先に亜美は声をかけた。


「柚ちゃん、久しぶり。亜美だよ」と亜美は柚に手を振った。人見知りの柚は「こんにちは」と小さく声を出して亜美に挨拶をした。(兄の幼馴染の亜美に対しても、柚は人見知りをしていた)

 それからおどおどしながら、柚は廊下に姿を現した。(柚は初等部の学校制服から普段着に着替えをしていた)その胸には頭から尻尾まで、全身灰色の毛並みをした猫を抱いている。

 その珍しい猫の姿を見て、亜美の隣にいた谷川さやかの瞳が輝いた。

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