19
棗は亜美と、そして亜美の隣に立っている谷川さやかを見る。亜美はいつものように笑っているし、さやかも笑っている。
いつも通りのお気楽な表情をしている。その嬉しそうなさやかの顔は、これから僕の家に遊びに行くのをとても楽しみにしているような顔に見えた。それがすごく不思議だった。棗とさやかはそれほど仲がいいわけではない。学校の用事以外のことでは、話したこともあまりなかった。棗はさやかのことを亜美の友達として(だけ)認識していたし、さやかも棗のことをただの亜美の幼馴染として認識していたはずだ。友達というには、一ノ瀬棗と谷川さやかの距離は木下亜美一人分は遠かった。
だから、そんな楽しそうな笑顔を、さやかが自分に向けているのが、棗にはすごく不自然なことのように思えた。
「別にいいけど、突然どうしたの?」と棗は言う。
「猫だよ、猫。一ノ瀬くんの拾った猫をさやかと一緒に見に行きたいの? ね? いいでしょ? 一ノ瀬くん」と嬉しそうな声で亜美は言う。その言葉を聞いて、棗は、……ああ、なるほどね、と思った。(亜美は本当に猫が好きらしい)
「谷川さんも、猫、好きなの?」と棗はさやかを見ながらそう聞いた。
「うん。私も家で猫飼ってるの。真っ白な猫。とっても可愛いのよ。今度、一ノ瀬くんにも写真、見せてあげるね!」とさやかはにっこりと亜美の隣で笑って、棗にそういった。
棗はその亜美の申し出を承諾するのかどうか、少し悩んだのだけど、結局、「いいよ」と言って受けることにした。
女子と一緒に(それも亜美とさやかの二人と)下校することは少し恥ずかしかったけど、とくに断る理由もなかったので、棗はその誘いを受けることにしたのだ。(あと、妹の柚が久しぶりに亜美と会えて喜ぶかもしれないと思った)
帰り道、棗はさやかと昨日、拾った猫の話をした。
さやかは本当に猫が好きらしく、猫の話をするときはその表情がいつも以上の笑顔になった。そのことを棗がさやかに言うと「そうかな? あ、だけど、でもちょっとだけそれ、わかるかも。だって、一ノ瀬くん。今日はいつもよりも笑顔が多いもんね」と棗に言った。(その言葉を聞いて、余計なことを言ってしまったと棗は反省した)
……どうやら猫にはそういう(人を笑顔に、元気にする)力があるらしい。人の運命を切り替えたりとか、僕が今まで知らなかっただけで、猫には不思議な力がたくさんあるのかもしれない。
そんなことを晴れた(昨日、一日中降り続いた雨の)雨上がりの青色の空を見ながら、棗は思った。
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