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 だとしたらあの薄汚い灰色の猫は、『僕の乗っている運命という列車の走るレールを切り替えるためのポイント』だったのかもしれない。

 僕はそのポイントをそうとは知らずに切り替えてしまったのだ。そんなことは産まれて初めての経験だった。人生とは、今と同じような(退屈な)毎日がずっと続いていくものだと棗は思っていたから、棗はそのことに少しだけ驚いていた。


 こんな運命の分岐点になるようなポイントが、これから先も自分の人生にいくつかあるのだとしたら、これはなかなかめんどうなことになるな、と棗は思った。僕は自分の人生に不満がない、とまではいかないけれど、今の生活を変えたいと思うほどではなかったからだ。できれば今の日常がずっと続いて欲しいと棗は願っていた。違う線路(違う運命)の上を走るつもりはなかったのだ。それが少しだけずれてしまった。


 ……できれば元に戻りたい。でも、それはもうできそうもない。


 あの猫が運命の列車の切り替えのポイントであるのなら、あの灰色の猫を元の場所に捨てれば(あるいは、誰か他の人のところに手渡せば)、僕は元の線路の上に戻れるのかもしれない。だけど棗は、まだ名前も決めていないあの猫のことが結構気に入っていた。捨てることなんてできそうもない。


 まったく。人生は本当に面倒だ。

 こうやって、(これからも、少しずつ、あの猫を拾ったことのように)余計な荷物がどんどん増えていくんだろうな……、と棗は思った。 

 ……やれやれ。嫌な感じだ。(人生は長い。そして、予測できないものなのだ)


「一ノ瀬くん。今日って暇? 暇ならさやかと二人で、これから久しぶりに一ノ瀬くんの家に遊びに行ってもいいかな?」と笑顔で亜美が棗に言った。

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