17
お昼休みが終わり、棗は真と一緒に教室に向かった。棗はそのとき、図書室に向かう前には手にしていなかった余計な荷物をひとつだけ持っていた。それは図書室で借りた一冊の本だ。もちろんそれは『夏目漱石の我輩は猫である』だった。
棗は本をほとんど読まない。しかし、猫を拾うことだってあんまりしない。だからそれでいいのだ。(僕が図書室で本を借りることは、珍しいだけで)別に不思議なことじゃない。
「じゃあ、またあとで」
「うん。またあとで」
そう言って棗と真は廊下で別れ、それぞれが別の教室(棗は二組。真は一組だった)の中に入っていった。
棗は退屈な午後の授業を真面目に受けて、比較的有意義な時間を過ごした。そしてホームルームが終わって、下校時刻になった。
棗はいつものように学校鞄を手に取り、誰とも会話をせずに、一人で家に帰ろうとした。
「ちょっと待って」
しかし、その言葉で止められる。棗は声の主に目を向けた。棗に言葉をかけたのは棗の幼馴染の女の子、木下亜美だった。亜美は笑っている。そしてその隣には同じ二組のクラスメートの谷川さやかがいた。亜美とさやかは親友と言っていい友達同士だから、それは別に不思議ではない。でも棗とさやかは、別に友達と呼べるほどの仲ではなかった。(ただのクラスメートの関係だった)
だから棗と亜美が話をしているときに、亜美の隣にさやかがいるのは不思議だったし、それはとても珍しいことだった。
「おっす」
ぼんやりとした顔で自分を見ている棗に向かって谷川さやかは笑顔で言った。
なんだか、昨日から珍しいことばかりが起こるな、と棗は思った。案外、こういうことは連鎖するものなのかもしれない。昨日、僕があのとき、雨の中で珍しい灰色の毛並みをした猫を見つけて、そいつを拾って家に帰ったときから、『僕の知っている日常の世界は、少しだけいつもと違う、新しい世界に分岐してしまった』のかもしれない。
と、そんなことを谷川さやかの太陽のような明るい笑顔を見ながら、一ノ瀬棗は思った。
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