16

「でも、それが大問題なんだよ。だって僕には、なにかに名前をつけるって習慣がないんだ。今まで一度も、なにかに名前をつけたことがない。だからすごく困っているんだよ。あの猫にどんな名前をつけたらいいのか、まったくわからない。なにもアイデアが浮かんでこないんだ」と棗は大げさに眉をひそめながら真に言った。

「そこで僕の出番ってわけだね」と真は言う。その通りだったから棗は満足そうに大きく一回、ゆっくりと頷いた。

「なにかいいアイデアはないかな? 雨の日に、ふとした気まぐれで拾った珍しい猫に、僕はどんな名前をつけてあげればいいと思う? そのことについて、いつものように佐伯くんの意見が聞きたいんだ」

 真は椅子の背もたれに背を預けて、人差し指を使ってメガネの位置を調整する。そうしてから真は「いつくか候補はある。だけど、それを君に教えることはできないな」と棗に言った。

「どうして?」と棗が聞く。

「だって猫を拾ったのは君でしょ? ならその猫の名前は一ノ瀬くん。君自身が責任を持って考えてあげなくちゃいけない。それは君の役目なんだよ。それが雨の日に猫を拾うってことだ。そういうことも全部含めて、君の責任なんだよ」と真は言った。

「そういうものなの?」と棗が聞くと「そういうものだよ」と真は答えた。

 実は棗はおそらく真ならそう言うだろうな、と事前に真の答えがなんとなくわかっていた。そして真も、おそらく棗が自分の答えに予想がついていることをわかった上で、棗にその答えを言った。

 それは、決して無駄なことなんかじゃない。これはつまり、言ってみれば、……決断の儀式のようなものだった。

 だから、そんな予定調和なやり取りを終えたあと、そこで二人はまたにっこりと笑って、笑顔になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る