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「でも、それが大問題なんだよ。だって僕には、なにかに名前をつけるって習慣がないんだ。今まで一度も、なにかに名前をつけたことがない。だからすごく困っているんだよ。あの猫にどんな名前をつけたらいいのか、まったくわからない。なにもアイデアが浮かんでこないんだ」と棗は大げさに眉をひそめながら真に言った。
「そこで僕の出番ってわけだね」と真は言う。その通りだったから棗は満足そうに大きく一回、ゆっくりと頷いた。
「なにかいいアイデアはないかな? 雨の日に、ふとした気まぐれで拾った珍しい猫に、僕はどんな名前をつけてあげればいいと思う? そのことについて、いつものように佐伯くんの意見が聞きたいんだ」
真は椅子の背もたれに背を預けて、人差し指を使ってメガネの位置を調整する。そうしてから真は「いつくか候補はある。だけど、それを君に教えることはできないな」と棗に言った。
「どうして?」と棗が聞く。
「だって猫を拾ったのは君でしょ? ならその猫の名前は一ノ瀬くん。君自身が責任を持って考えてあげなくちゃいけない。それは君の役目なんだよ。それが雨の日に猫を拾うってことだ。そういうことも全部含めて、君の責任なんだよ」と真は言った。
「そういうものなの?」と棗が聞くと「そういうものだよ」と真は答えた。
実は棗はおそらく真ならそう言うだろうな、と事前に真の答えがなんとなくわかっていた。そして真も、おそらく棗が自分の答えに予想がついていることをわかった上で、棗にその答えを言った。
それは、決して無駄なことなんかじゃない。これはつまり、言ってみれば、……決断の儀式のようなものだった。
だから、そんな予定調和なやり取りを終えたあと、そこで二人はまたにっこりと笑って、笑顔になった。
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